「は?」
朝食(才人の分はエサと呼べた外観であるが)を食べ終え、授業を受けるべく教室へ向かっている時に、才人は愛しいご主人様にはじめてのおねだりを試みていた。
「いや、俺剣士だろ? 剣とは言わないけど、短剣でも持たせてもらえないかな?」
「何言ってんのよ? メイジがそんなもの持ってるわけ無いじゃない」
「でもイザって時にご主人守れないとなあ……」
「カラスにすら負けそうなあんたが私を?」
「信用してくれよぅ。俺、結構強いんだってば」
「いいから、行くわよ」
取り付く島もない、とはこの事であろう。
――まずい。ものすごくまずい。
一人焦る才人。
このままではギーシュにボロボロになるまで殴られてしまうからだ。
正確には、ギーシュが作り出す青銅製のゴーレムによって、だが。
只でさえ老衰から寝込んで以来、剣を握る事から遠ざかっていた才人であったが、それこそ若い時分は3国の王太子の父親として、結構な数の暗殺者に狙われ、その度に返り討ちにしていたので腕には自信があった。
過去、ハルケギニア最強と言われた時期さえもある。
しかし、老いと各国の政情安定化を理由に実戦から遠ざかり、肉体は若返りはしてもすっかり鈍っていた。
体が動く間は剣の素振り程度は行っていたが、それも八十歳の時に腰を痛めてやらなくなっていた。
晩年では自力では動けず、ガンダールヴのルーンを発動させないとトイレにも立てない有様だったのだ。
――とりあえず体は鍛えなおすとして、記憶が正しければ今日の昼にギーシュと決闘を行うはずだ。
……ここは是非ルイズにいい所を見せておきたい。
そう思う才人であるが、しかし、武器がない。
武器がないとルーンが発動しない。
ルーンが発動しない今の才人はいわば只の犬、ドットクラスのメイジどころかカラス以下なのだ。
という訳で、ルイズに再度武器をねだってみる才人であったのだが……
「なにボサっとしてるのよ! 早くきなさい!」
取り付く島が無い。
――ああ、やっぱり俺はボコボコにされないとダメなのかなあ……
決闘始める前にギーシュをおだてて剣でも作らせるかな?
などと考えながら、才人はルイズの後を追う。
歩く廊下は懐かしい学舎であるが、その背は不安と焦燥で小さくなっていた。
◆
「ご主人、マントもって来たぞ。ここは俺がやっとくからとりあえず部屋に戻って着替えてこいよ」
それほど時間が経ってはいない、とある教室。
ルイズは無言で才人からマントを受け取り、ボロボロになった服の上から羽織った。
教室はルイズの魔法により、派手に破壊され半壊している。
授業の一環として、錬金を行うよう教師に命じられたルイズの魔力が暴発したのだ。
教師は一命を取り留めたようであったが、罰として教室の修復を命じられた二人であった。
「まあ、気にすんなよ。ご主人の魔力は扱いが難しいんだよ」
マントを羽織ったとて、その中の服はぼろぼろである。
ルイズは部屋へ着替えに戻ろうともせず、悔しそうに俯いて唇を噛んでいた。
才人は少しだけ、この勢いでタバサ並に無口でおとなしい子になってくれまいか、と考えたがそれはそれでルイズでない気がして頭を振った。
そんな才人の言葉に反応してやっと口を開いたルイズの声は低く、冷たかった。
「あんたに何がわかるのよ? 魔法も使えない平民のあんたに」
「わかるよ、ご主人の事は。ほれ、知識としてあるからな」
ルイズははっと顔を上げ、才人を見つめた。
そんな彼女に才人はニカッと笑いかける。
「俺にはわかるんだよ、ご主人は最高の魔法使いになるってな」
「――っ、何を根拠にそんな事言うのよ! あんた知ってるんでしょ?! 私の不名誉なあだ名の意味を!」
「根拠ってのはほら、使い魔になった時に得たご主人についての知識? それに、ゼロって言われても魔力が無いわけじゃないんだしさ」
「じゃあ、何? どうすれば私が魔法を使えるようになるのか知ってるわけ?」
「……知ってるよ、俺」
才人の言葉にルイズは胸に手を当てた。
トクン、と小さな胸が大きく高鳴っているのだろう。
その姿は実に愛らしく、つい見とれてしまう才人である。
が、小動物のような愛らしさは次の瞬間には霧散し、まるで猛獣のようにがばと才人の肩を捕まえたルイズは凄い剣幕でまくし立て始めた。
「な、なななななななんでそんな大事な事言わないのよ! お、お、おおおおおこらららないからさっさといいなさい!」
「いっでえ! ルイ……ご主人、いだい! 髪引っ張らないで! 五十まではちゃんと残る予定なんだから!」
「ほほほほほほら! ここここの口?! この口がもったいぶってるの?!」
「は、はにゃふぃへ!」
ルイズの動きは俊敏で、つい避けきれなかった才人は為すがまま暴行に近い折檻を受けてしまった。
なんとも極端な行為ではあるが、長年連れ添ってきた経験がそうさせるのか、それとも美少女に組み伏せられて悪い気がしないのか。
才人は痛がりはするものの、乱暴な行為その物には特に何とも思わず、言葉の上で辞めるよう言い続けているだけであった。
やがてひとしきりじゃれ終えた(?)ルイズは息を荒げながらも才人を解放し、気を取り直して発言を促した。
「はぁ、はぁ、とっとと話しなさい!」
「いつつ……わかったよ。別にもったいぶってる訳じゃないぞ?ル……ご主人が止めてくれないのがっ……!? わかったよ、わかったから蹴らないで! ……じゃあ、話すぞ?」
「ええ」
「まず、ご主人の魔力ってのは特殊なんだよ」
「……どういう意味よ?」
「ある条件を満たさないとコモンマジックすら発動できないようになってるんだ」
「条件?」
「うん。特定の魔法を発動させる事、それが鍵となっているんだ」
「……ふぅん。で、その魔法は何なのよ?」
「そこまではわからない。俺、メイジじゃないし、魔法には詳しくもないから」
――流石に今の段階で“虚無”と教えるのはまずい、だろうな、やっぱ。
才人はそう考え、あえて肝心な所を濁した。
そうするならば最初から話さなければ良いのだが、改めてルイズが傷ついている姿を見ると、どうにも希望を示したくなるのが人の情という物である。
しかしルイズにはそんな才人の心情など伝わる筈も無く、示された希望と肝心な部分がわからない苛立ちで、頭に血が上ってしまい再び声を荒げさせる結果となった。
「なによそれ! 肝心な所がわからないんじゃ意味ないじゃない!」
「いてっ! やめ、やめろ! こ、こら! 飛びついて来るんじゃない! わわ、噛みつくな! あいだ、あだあ!」
更に激昂し、才人に飛びかかりヒステリックに暴行を加えてくるルイズ。
余程興奮しているのか、その勢いに才人は“以前”、結婚した後に義父と“魅惑の妖精亭”へコッソリ通ってた事がバレた時の事を思い出すほどであった。
流石にこの調子ではたまらず、ルイズを取り押さえようかと考えた才人であったのだが。
抵抗する才人を組み伏せようと絡めてくるふとももの感触に、思わず抵抗する力を弱めてしまう。
しかしルイズとしても基本的には非力な女性である為、すぐにスタミナが切れて暴れ続けることができず、程なく頭に登った血もすっかり冷めてしまった。
「ふーっ、ふーっ、ふーっ」
「いってて……お、落ち着いたかルイズ?」
才人の呼びかけに、ルイズはギロリと睨んで応答する。
どうやら闘志はまだ些かも衰えては居ないらしい。
その様子は体力さえ戻れば再びお前を攻撃してやる、という意思が垣間見られて、才人はあわてて対話を促した。
「とにかく!と にかくだな、と、特定の魔法が鍵となっているってわかっただけでも良かったじゃないか!」
「その魔法が成功しないから苦労してるんじゃないのよ!」
「大丈夫だ。“その魔法”については失敗はしないみたいだから」
「だから、なんでそんな事があんたにわかるのよ!」
「俺は魔法のことは詳しくない。名前も、な。だけど、ソレがどんな物かはなんでか知ってるんだよ」
「……なんか怪しいわね。あんた、私をバカにしたくてそんな適当な事いってるんじゃないの?」
「ウソついてどうすんだよ。俺、ルイズからみれば能なしに見えるかも知れないけどさ、結構従順だろ?」
「それは……そうだけど。……とりあえず信じるとして、早い話が今の私でも成功する魔法があって、それを見つければ魔法がちゃんと使えるようになるって事なのね?」
「そ。ルイズの魔法使いとしての才能が開花して、コモンマジックから使えるようになるはずなんだ」
「……ふん、まあ、いいわ。ところで……」
そう言ってジロリ、と睨んでくる視線からは、敵意に近い物が未だ消えない。
才人はやや慌てながらも、すこしおどけてその真意を問うことにした。
なんとも、我が儘で、気むずかしく、それでいても嫌いになれぬ主人であった。
「な、なんでしょう、その目は。僕、なにかオイタしちゃいました? いや、ははっ、褒めて貰えるんだよな、ルイズ?」
「私の魔法の件はいいわ。なんお取り柄も無さそうなあんたでも、一応は使い魔だし“それ”が能力かも知れないから一応、信じてあげる。いえ、素直に褒めてあげましょう。でもね……」
「ひっ?!」
「な・ん・で、さっきから"ルイズ"って呼び捨てなのよ! ご主人様に向かって呼び捨てって何よ!」
「ひゃ、こへんひゃひゃい! ひはいひはい! ひゃへへぇぇぇ!」
「どうやらまだ、ご主人様への敬意が足りないようね?! あんた今日はゴハン抜きだからね!」
――ひどい。
折角ヒントあげたのに……あぁ、でも今のルイズじゃしょうがないか。
理不尽な仕打ちを受けながらも、才人は健気にルイズへの理解を示し、しかし肩を落としてしまった。
何せ、“今”のルイズはハルケギニアの貴族観に強く影響うけており、このような態度も“常識”の範疇であるのだ。
むしろルイズの場合、平民に対して“同じ目線で”組み付いたり怒ったりする辺りかなり“優しい”部類であると言えた。
これが才人の知る一般的なトリステイン貴族であったならば、荒い言葉遣いや呼び捨てにした時点で手打ちになっているだろう。
――でもま、メシ抜きの方が都合いいか。
この後シエスタと会って、ギーシュにボッコボコにされる“予定”なんだし。
……やだなあ、怪我するの。
才人は肩を落としたままそう考えて、なんとかギーシュとのトラブルを避けるべく記憶を手繰ったのである。
しかしなぜか、ギーシュとのトラブルは思い出される物の、そのキッカケは思い出せず一人首を傾げる才人であった。
そんな才人をルイズは少しバツの悪そうに盗み見しながら食堂へと足を運び、高鳴る胸の内を悟られていないかと気をもむ。
確たるものは無いにしても、己の使い魔が只の平民ではないのではないか、と考え始めていたからだ。
そう考え出すと妙に愛着を感じ始めてしまい、やたら慣れ慣れしい言動や、使い魔として連れて歩くにはすごく恥ずかしい風体や、どこか自分を軽く見ているような態度や、あろうことか地が出ると自分の名を呼び捨てにする所も含めて、つい、許してしまいそうになるのである。
――案外、きちんと躾をすればいい話し相手位にはなるかも。
それに、こいつは決して私を蔑ろにせず、たまにはっとするような事を語りかけてくるし。
特殊能力として『私の事を私の知らない事まで(程度はあるようだけど)識っている』事があるようで、さっきも私の魔法についてすごく大事な事を示してくれた。
その知識はウソだという可能性もあるけど、試す価値が十分にある。
……そうだ。
こんなカラス以下のような奴でも、サモン・サーヴァントで呼び出せたのだ。
私に魔力が、魔法の才能がゼロだというわけではないはず。
魔法が成功しないだけで、平民のようにまったく使えない訳ではないのよ。
ルイズはそう考えながら一人納得して、それまでの辛い毎日を思い返したのだった。
振り返ると、生まれてからずっと魔法が使えない事に苦しんできたような気がして心が沈んでしまう。
それでも魔法学院に入れば教師が導いてくれると希望をもった時期があったが、それもすぐに打ち砕かれてしまった。
そして、絶望は少しずつルイズの心を蝕んでゆく。
しかし今日、生まれて初めて成功した魔法によって喚び出した(冴えない)使い魔が払拭したのである。
――魔法さえ。鍵となる魔法さえ、見つければいいのよ。
そう考えると、自然とルイズの心は弾んだ。
それからすぐに、ある事について思い至る。
それは、貴族として、メイジとして、良い行いをした使い魔の犬にご褒美を上げなければならない、というものだ。
貴族たるもの、信賞必罰はしっかりと行わなければならないのである。
“お痛”をするならば先程のようにごはん抜きにするし、その逆もしっかりと評価してこそ、人の上に立つ者である、と幼い頃よりしつけられたルイズであった。
――でも、どんな“ご褒美”がいいんだろう?
ご飯の量を増やして上げる?
ううん、それじゃあ“罰”が疎かになるわね。
さっきご飯抜きにしたし、それは撤回するべきじゃないわ。
……そうね、剣がほしいって言ってたわね。
お父様からもらった短剣があったから、あとであげよう。
あれ、たまにお父様の声がするから気持ち悪いのよね。
思考は身勝手で、地球の価値観からは受け入れられぬ程傲慢ではあった。
しかし、ハルケギニアの貴族として産まれ、育ってきた者の価値観としては破格なほど寛大かつ公正な物と言え、“以前”の才人ならばそれでも反発し、更なるトラブルの引き金となり得たであろう。
が、“今”の才人にしてみればその対応は当たり前で、一度経験していると言う事実と惚れた弱みも相成って、巧く噛み合って行くのである。
「ねぇ、サイト」
「ん、何?」
「その……魔法の事なんだけど」
「あ? ああ。ウソじゃないぞ。どの魔法か特定できないのは申し訳ないけど……」
「ううん。それはもういいわ。ヒントだけでも十分役に立ちそうだし。だから、ね?」
「う、うん……」
「ご褒美をあげる。食堂に行く前に私の部屋に行くわよ」
「え?!」
「あによ、嬉しくないの?」
「い、いや……すっげぇ嬉しいんだけど……その、俺達まだ、会ったばかりだろう? あいや、俺はいいけどさ。久々だし」
「な?! なな、ななななに勘違いしてるのよ! このバカ犬! わわ、わたしをあのツェルプトーと一緒にするんじゃないわよ!」
意外な才人の反応に、ルイズは耳まで赤く染めて全身を震わせた。
まさか、人畜無害のように思えた使い魔がそのような反応をするとは思ってもおらず、想像して嫌悪感と羞恥に混乱したためだ。
必然、未熟なルイズは言葉よりも手が先に出てしまうのである。
「あいでっ! ご、ごめん! ごめんって!! ご主人様からの初めてのご褒美でつい……」
「もう! 調子に乗るんじゃない!」
「ごめん、ほんと、ゴメンって! 今のは俺が悪かった! もうしません、あいだぁ!」
「……わかればいいわ。ああ、もう! またぶっちゃったじゃない! そんなつもりないのに」
「いや、今のは俺が悪かったし、いいよ」
「……じゃ、これ以上の罰はいらないわね。えっと、そう、ご褒美。ご褒美の方の話だけど、あんたにね、短剣をあげる」
狼狽えつい、暴力に訴えてしまったルイズはどこか羞恥の余韻を残しながらもそう言った。
その言葉を聞いた才人はしばしキョトンとしていたが、武器を手に入れられると理解して大いに喜んだのである。
ルイズはその様子を見て気を取り直し、先ほどの不埒な勘違いも忘れる事にした。
が、……さっき「久々だし」と才人が言っていたことを思い出して、再び頬を染め上げるのであった。
――こ、こいつ、けけけ、経験があるのかしら?
喜ぶ才人の顔を盗み見して、ルイズは頭を振る。
明らかに同年代であるはずのその横顔は、やけに大人びて目を奪われそうな錯覚を覚え、意味不明に胸を高鳴らせてしまったからだ。
しかしルイズはそれに居心地の良さを覚えて、こうやって使い魔を可愛がるのも中々いいものかもしれない、と一人納得したのであった。
何しろ公爵令嬢である自分は身分こそ高いが、心から敬ってくる者などここでは皆無なのだ。
歳も近いし会話も可能である上、なかなかに忠実なその態度は至らぬ部分はあれど気安いものであろう。
ルイズはそう考えて、この時無自覚に、己の使い魔に興味を持ち始めた自分を受け入れたのであった。
※現在暫定的に復帰中です。
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リンクはこちら→ガンダールヴは夢を見る。/1(一章~四章)
リンクはこちら→ガンダールヴは夢を見る。/2(五章~八章)
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