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第七章
7-31:extra_episode/美姫は空を征き、英雄は地を逝く



 古都シティ・オブ・サウスゴータ攻略戦は、異様な雰囲気の中で進んでゆく。

 朝日と共に連合軍兵士達が目にしたモノは、まるでお伽話のような光景であった。
 サウスゴータの城壁と攻城戦の為の陣を組む連合軍の間には、約一リーグ程の距離が横たわる。
 昨夜に連合軍の戦列艦による砲撃を行った為か、城壁は所々が崩れかけており今もあちこちから黒煙が上がっていた。
 城壁に設えられた大砲を潰す為の砲撃であったのだが、サウスゴータの街には未だ市民が暮らしている為、大々的な砲撃を行う訳にはいかなかった結果である。
 そんな城壁と連合軍の陣の間に、たった一人でぽつんと立つ者がいた。
 連合軍の先陣から城壁側に約三百メイル程の位置に立つその者は、黒髪の若い剣士。
 うっすらと光る左手に片刃の長剣を携え、右手には槍を持ち、何処から持って来たのか同じような槍が彼の周囲の地面にいくつも突き立っている。
 端から見れば連合軍側の作戦か何かだろうと皆思うであろう。
 しかしそれも連合軍側から高級士官らしき人物が彼に向かって、早く陣に戻るよう叫んでいる事から、彼自身の意志によりそこに立っていると伺えた。
 遠く少年と対峙する城壁の上には、大小の巨人達が無数に立ち並び、人では扱うどころか、持ち上げることさえ困難な巨大ボウガンを構えて連合軍の攻撃に備えている。

「もどれ“バックラー”! 君は重大な命令違反を犯している!」

 士官の叫び声は朝の空気によく通った。
 艦隊戦で消耗したとはいえ、ここまでほぼ無傷であった連合軍六万の兵達は誰一人として言葉を発せず、固唾を呑んで成り行きを見守っていた。
 なぜならば、“バックラー”と呼ばれた少年の事を皆既に知っていたからだ。
 只一人で敵の艦隊を打ち落とし、障害となる城を破壊する力を持つ者。
 魔法も使えないただの平民の出自でありながら、メイジですら肩を並べられぬ程の功績を上げた者。
 つい数刻前も後方にて待機するようにという命を無視して、自分達の為に前へ出て来て戦い、多くの戦友の命を救った者。
 そう、彼は間違いなくこの戦において英雄と呼ばれる者であろう。
 英雄は合流したアルビオン軍に所属し、軍内では“黒騎士”と呼ばれているようであるが、トリステイン軍人からは“バックラー”とも呼ばれたりもしているようで、その正体は不明である。
 そんな彼が何故サウスゴータ攻略戦では後方での待機を命じられていたのか。
 兵達の間に流れている噂では、先の艦隊戦やウォリクサー城での戦いで“王党派”に属する彼が只一人大きすぎる戦功を上げ続けたものだから、“戦後”を想う幕僚達が自分達の手柄を確保する為、皇太子に圧力を掛けて彼を後方待機にしていた、というものであった。
 事実、本来は皇太子が率いる兵は遊軍として扱われ、その身分はトリステイン女王アンリエッタによって保証されていたはずである。
 よって総司令官であってもこれに圧力など掛けられないはずではあったが、実際の所“王党派”の軍はいくら強力であっても寡兵であり、占領や補給といった任務はどうしても連合軍に頼らざるを得ない事情もある。
 そこに“交渉”の余地があった為、連合軍司令部は“トリステインの虚無”の一時返還と“黒騎士”の後方待機を勝ち取っていたのだった。
 しかし、連合軍司令部はこの“交渉”の結果、いくつかのミスを犯してしまう。
 一つは“黒騎士”こと平賀才人が、彼らの切り札である“虚無”の使い魔であることを知り得ず、トリステイン人であると主張しなかった事。
 もう一つは才人の人となりをたかが平民の出であると目を曇らせ、見誤った事であった。
 兵士達が命を散らす戦場に、司令部が己の立場や功名を考えた政を持ち込んでいるのは誰の目からも明らかである。
 そんな命令に対して、才人がとった行動は。

「はっ! 相棒、あいつらとって付けたかのように相棒のことを“バックラー”って呼び始めたな! よほど、相棒が嬢ちゃんの使い魔だって事を見逃したのが惜しいらしいや!」
「俺としては“黒騎士”よりかはマシなんだけどな」
「いいじゃねえか。“神の左手”、“神の盾”、“我らの剣”と豪勢なもんだ」
「その上“アルビオンの黒騎士”だぞ? 恥ずかしいったらねぇよ」
「ははは、ちげぇねぇ! でもよ、嬢ちゃんは満更でもないようだったぜ? 鼻歌交じりに相棒が羽織ってるマントによなべして“魔法陣”を縫い込んでたし」
「ルイズの前じゃ言うなよ? 気にしてるんだから。宥めるのも大変なんだぜ」
「わはは、とっとと押し倒さねぇからだよ、相棒!」
「そ、それがどうしてそうなるんだよ!」
「そりゃおめ、相棒がいつまでたってもイッパツがつんとヤんないから、嬢ちゃんも色々と溜め込んじまうんだよ。結果、癇癪も酷くなる」

 才人は六万の視線と一人の士官の怒声に晒されながら、彼らに背を向けたままじっと城壁の方を睨み、デルフリンガーの言葉に口をへの字に結んだ。
 ルイズの事をよく知る彼にとって、デルフリンガーの指摘は遠からず真実であると理解出来ていたからだ。
 ただし、ヤったらヤったで宥めやすくなるかわりに、嫉妬も更に酷くなる事も知る才人でもある。

「押し倒したいのは山々なんだけど、なまじ何時でもオッケー! な空気だとヤり辛いもんなんだぞ? まあ、タバサの母親の事もあるんだけど」
「何いってんだ相棒。もう随分と相棒の言う未来ってのが変わってるんじゃねえのか?」
「いや。まだ、大筋じゃそうは変わってないよ」
「そうなのか? まあ、俺にはどっちでもいいや。しかしなぁ、相棒。だったら尚のこと、目立つような真似はしない方がいいんじゃねえのか? “前”はこんな、派手に注目を浴びたりはしなかったんだろ?」

 デルフリンガーの言い分はもっともであった。
 才人としてはタバサの母親の救出にどんなイレギュラーが発生するかわからない為、あまり先の未来を変えたくは無い事情がある。
 又、そもそも“今回”はルイズ只一人を愛する為に戻って来ており、その際、妻であったルイズから迂闊に歴史を大きく変えるとその流れからはじき出されてしまうかも知れない、と警告されていた経緯もあった。
 その為、ルイズを愛し他の女性と関係を持たないようにする事以外は全て“前回”と同じ歴史が紡がれるよう、一時はウェールズの死すら容認しようと決心していた才人だったのだが。

「……そういや“前”にデルフに話した時も、こんな感じの状況だったな」
「あん? なにがだ?」
「いやな。俺、前に……そう、ずっと前にさ。破落戸に絡まれているお婆さんを見たことがあって。その時、見て見ぬフリをしたんだ」
「ふむ?」
「そん時は何の力も無いガキの頃でさ。自分に『力があれば』って思いつつも、ホっとしててさ」
「そりゃお前さん、相手は大人だろう? ガキに何ができるんだってんだ。いや、大人であっても、力がなけりゃその婆さんの代わりにブッ殺されるかも知れねえ。見て見ぬフリしたって責められやしねえよ」
「ああ。だけどな? 今の俺は力がある。なんたって“ガンダールヴ”だ。言い訳は出来ねぇ」
「まあ、な」
「だけど“前”の時は俺、力だけあっても怖くてさ。まあ、状況もずっと悪くて今とは違うんだけど。柄に無く誰かを――ルイズを守る為に覚悟もしないまま、震えながら命を投げ出したりしてさ」
「相棒はてんで義理がてぇからな。その話も俺は信じるぜ?」
「ありがとよ。で、だ。“今”はこの通り、力がある。死ぬ心配が無い位に“前”よりもずっと強い力だ」
「まあな」
「心も強くなったし、こっちの世界の事だって“前”の時とは違い大分理解出来てる」
「だな。それで、そいつがどうしたってんだい?」
「だけどなあ、デルフ。俺、やっぱり柄じゃねえ。“同じ”ような流れにしようと欲張っても、やっぱり目の前で殺されそうな奴が居れば助けてしまうし、手の届く所でドンパチ戦争をやられたら味方にも、敵にだってなるべく死なれたくねぇよ」
「相棒は甘ぇからなあ」
「そりゃ、俺だってこんな綺麗事を言えるような人間じゃ無いさ。手だって血まみれだ。だけどさ」

 才人はそこで一旦言葉を切り、右手の槍を握りしめた。
 強く握りしめたからか、左手のルーンが更に強く輝き始める。
 いや、握りしめたからで無く、才人の心が強く震えて居る為か。
 槍は馬上槍であり、円錐状の槍身はかなり長い。
 その槍を才人はゆっくりと構え、徐に遥か彼方にそびえるサウスゴータの南城門に向けて投擲した。
 手から槍が離れた瞬間、槍を中心に雲で出来た輪が幾重にも広がって、後を追うように耳をつんざくような凄まじい音が轟く。
 遠目には水面に小石を投げ入れたかのような綺麗な波紋に見えたであろう。
 やがて一拍置き、恐ろしい速度で飛んだ槍は正確にサウスゴータの巨大な南城門に命中し、派手に爆砕したのであった。
 その様はまるで砂山を蹴飛ばしたかのようなあっけなさで、僅かな静寂が戻ったのもつかの間、背後の六万の兵達が一斉に歓声をあげた。
 会話もままならぬ程の六万の歓声を背にしながらも、才人は元の調子のまま、デルフリンガーに再び語りかけるのである。

「……だけど、俺が精一杯暴れてそれで片が付くなら……俺一人が派手に汚れてそれで済むのならきっと、俺は戦うべきなんだ。なんたって俺にはそれだけの力を持っちまってるからな」
「割にあわねえ性分だな、相棒。損すぎる」
「まったくだ、デルフ。俺もそう思う」

 才人はそう言いながら苦笑を浮かべ、脇に突き立てた槍を一つ取った。
 城壁を守る敵に得体の知れない剣士の脅威がハッキリ伝わった為か、城壁の上から無数の矢が才人目がけて射掛けられて、既にそこかしこに巨大な矢が突き立ち始めている。
 矢は大小、才人が立つ位置まで届く届かないなど考慮されてはおらず、かなり城門に近い場所にまで突き立っていた。
 やがて時をそれほど置かず、地に突き立つ矢が大地を覆いまるで藪のようになってきている事から、城門を守る亜人の部隊は恐慌に陥っていることが伺えた。
 その矢が突如、凄まじい強風になぎ倒されて木の葉のように宙に舞う。
 追随する爆音は、才人が槍を再び投擲した事を示してやはり一拍置き、城壁の一部が吹き飛ぶ光景を作り出した。
 そして背後の歓声は更に熱狂的な物へと変わって行く。
 才人に後方へ戻るよう説得に当たっていたトリステイン軍の士官も、兵達に混じり熱気にあてたれたように杖を振り上げ英雄を讃えていた。
 対照的に才人は興奮とは対極の位置に気持ちを静め、心の底に意識を集中させた。
 繋がるのは、司令部の命令により予めサウスゴータに潜入している彼の主の心である。

『ルイズ、そっちはどうだ? 大丈夫か?』
『うん。サイトの攻撃に気を取られてて、路地の警備どころじゃ無くなってるし大丈夫よ。――あっ!』
『ルイズ?!』
『ううん、違う。大丈夫よ。サイト、敵の司令部の位置がわかったわ。大通りに面した大きな古い宿を使っているみたい。そこだけ人間のメイジが出入りしてるから、多分間違いないわ』
『場所、わかるか?』
『えと、南門から北門の方へ大通りを進んで、東西の大通りと交差する所の角。その近辺だけ亜人じゃなくて人が警備してるからわかりやすいわ』
『わかった。じゃあ、その建物の中で合流しよう。“今からまっすぐ、そこまで行くよ”。それまで無茶はするなよ?』
『うん。サイトもね』
「相棒?」

 表面上は黙り込む才人にデルフリンガーが声をかけた。
 才人は何でも無い、と返してまだ脇に幾つも突き立つ槍を掴み、立て続けにすべて投擲する。
 六万の歓声を轟音が打ち消し、槍は正確にすべて強力なボウガンを扱うトロル鬼へと命中し城壁の一部ごと粉砕した。
 やがて予め作り出していた槍を全て投擲し終えた才人は、デルフリンガーを強く握り一度空を斬りつける。
 長剣はまるで木の枝のように軽やかに振るわれ、切っ先からはピゥと音が鳴って朝日に剣閃が煌めく。

「いくぞ、デルフ。街の中じゃ槍を使うわけにはいかないからな、頼りにしてるぜ」
「ふん、やっと俺様の出番かよ」
「とっておきってのは勿体ぶって出すもんだろ?」
「へっ、調子の良いもんだぜ。……なあ、相棒?」
「うん?」

 先程までの才人の話に何か感想があるのか、デルフリンガーは拗ねたような口調を突如変えた。
 愚痴が良い足りない、というわけではないらしい。
 才人は左手を輝かせたまま、今にも地を蹴らんと足に力を溜めたまま愛剣の言葉を待つ。

「まあなんだ、どうせならかっこつけな相棒」

 それは、デルフリンガーがいつか死を覚悟した才人に言った言葉であった。
 思い出深い言葉は不思議と才人の心を激しく揺さぶる。
 懐かしさとともにかつての勇気を思い起こした老人は、ふと今の自分はあの時のような勇気を今も同じように持ち合わせているのであろうか、と自問した。
 あの時。
 七万の敵軍に単騎で挑んだあの時。
 間違いなく死ぬであろうあの状況で、しかし己はその命を投げ出して戦うことが出来た。
 今はどうか。
 今ならば敵が幾らいようとも、死ぬ事は無い。
 力だって当時よりもずっと強くなっている。
 では勇気は?
 心はどうであろうか。
 才人は当時の自分を振り返り、名誉の為に命を投げ出すことを否定しておいて、ルイズの為、己の信念の為に命を投げ出した自身の心を尊い物であったと確信している。
 しかし、今の自分が抱えている勇気はどこか、それとは違う物であると思えた。
 ――そっか。
 違うのは、勇気の向かう先だ。
 俺は今、あの時のように想いを貫く為に勇気を出しているんじゃ無くて、覚悟を貫く為に勇気を振り絞る必要があるんだ。
 それは“前”とは比べものにならない程、己が血で汚れてしまうことを意味する。
 なぜならば、“前”のように成り行きで戦争に駆り出されるのではなく、自ら進んでその中に入っていく事を選んだのだから。
 自問に答えを得た才人は、デルフリンガーにかつてと同じように尋ねた。
 デルフリンガーの答えはわかっていたが、どうしてもその言葉をもう一度聞いてみたくなったからだ。
 新たな勇気を絞り出す為に。

「なんで?」
「もったいねえだろ」

 言葉は“前”と同じように、英雄の背を押すのであった。



※現在暫定的に復帰中です。


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リンクはこちら→ガンダールヴは夢を見る。/1(一章~四章)
リンクはこちら→ガンダールヴは夢を見る。/2(五章~八章)
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