見られた少年
土曜日、朝食の後片づけが終わると、哀は、ちょっと仕事があると言って地下室へ降りていった。
コナンは哀を見送ると、博士のいる書斎へと向かった。
「なあ博士、ちょっと相談があるんだけど」
「ん、なんじゃ?」
博士が振り向くと、コナンは妙に真面目な顔をしていた。
「…どうした?」
「それが、実は、変な夢を見るんだ」
「変な夢?」
「ああ…その、夢の内容はともかく、毎週金曜日の夜に限って、同じ夢を見るんだ」
「ほう、どんな夢じゃ」
「それが…その…」
下を向いてもじもじするコナン。
博士は優しそうに笑った。
「なるほど、エッチな夢でも見たか」
コナンは軽く首を縦に振った。
「ははは…別に心配はいらんじゃろう。お前の精神は思春期真っ盛りじゃが、体は第二次性徴もまだじゃからのう。自分では気が付かない欲求不満が、どこかにたまっておるんじゃよ」
「でもよう、毎週金曜日の夜、毎回だぜ。他の夜にはまったく見ないんだ。しかも、毎回毎回内容は同じなんだ。灰原が俺を…」
ますますうつむいて真っ赤になるコナン。
微笑んでいた博士も少し思案顔になった。
「ふむ…ちょっと脈を」
博士はコナンの手を取って脈をみた。
「脈なんかみてどうするんだ?」
「脈をみれば万病がたちどころにわかるんじゃ」
「アーユルヴェーダか?」
「ほう、良く知っとるのう」
博士の顔に疑問の表情が浮かんだ。
「…何か病気なのか、俺?」
「いや…」
博士はコナンを真剣な表情で見た。
「ちょっと見せるんじゃ」
「え? 何を」
「ズボンとパンツを脱いで」
思わず後ずさりするコナン。
「お、おい博士、冗談だろ」
「何が冗談じゃ。いいからちょっと見せるんじゃ」
博士は非常に真剣な表情だった。
不安になるコナン。
「…な、何かそっちの病気なのか」
「わからんから、見せろと言っておるんじゃ。わしは医者だぞ。お前も知っとるじゃろう」
コナンは博士から古い医師免状を見せてもらったことがある。博士は工学博士号の他に医学博士号も持っていたのだ。
「あ、ああ…わかったよ」
コナンは恥ずかしげにズボンのパンツを脱いだ。
博士はじっと見つめた。
「お、おい…博士…」
「動くなよ」
博士は手で触れた。
そして、顔を近づけて、くんと臭いをかいだ。
「うわあ!」
大きく後ずさり。
「なな何やってんだよ、博士!」
博士は真剣だった。
「何って、恥垢の臭いを確かめたんじゃよ」
「ちちちこう?」
博士はじっとコナンを見た。
「新一、お前、射精しとるな」
「しゃ、射精?」
「そうじゃ。昨夜風呂に入っておるから、その後じゃな」
コナンはぶんぶん横に振った。
「ち、違う…俺はそんなことしてねえぞ」
「今朝、夢精しとらんかったか?」
「そんなことしてねえ!」
「ふむ…」
博士は一寸考え込み、そして顔をあげた。
「新一、本当に何も心当たりがないのか?」
「ない! 絶対にない! だいたい、射精できるなんて今の今まで知らなかったんだぜ!」
「本当に本当じゃな」
「本当だよ!」
「ふむ…となると、考えられることはただ一つ」
博士は卓上の電話機に手を伸ばした。
「哀くん、すまんがちょっと話がある。書斎に来てくれんか」
「ちょ…おい、何で灰原を呼ぶんだ? …まさかアポトキシン4869がらみで何か!」
コナンはあわててズボンをはき直した。
「いや…」
そういう博士の表情は、コナンをますます不安にさせるほど真剣そのものだった。
やがて、白衣を羽織った哀がやってきた。
「おお、哀くん…ふむ…座って話そうか」
博士はそう言うと書斎を出て居間に向かった。
哀はコナンを見た。
「どうしたの? 何の話?」
コナンは恥ずかしいような怯えるような、変な表情をしていた。
「俺にもよくわからない」
「どういうこと?」
哀は露骨に怪訝な顔。
「早く来なさい」
博士の呼ぶ声。
二人が居間へ行くと、博士はすでにソファに座っていた。
「さ、二人ともそこにかけて」
哀とコナンは並んで博士の正面に座った。
博士は真面目な表情だった。。
「哀くん、君は地下の冷却システムで君自身と新一の血液サンプルを保存しておるの」
「ええ」
哀は自分自身とコナンの血液を毎週一回採取して分析の上保存していた。アポトキシン4869投与後、体がどう変化しているのか追跡調査するためである。
博士は哀をじっと見た。
「それだけか?」
「…それだけって?」
「新一の精液を採取して保存しておらんか?」
あまりのことに、息さえ止まるコナン。首をゆるゆると哀に向ける。
哀は真面目な顔をして、視線をやや下に向けたまま黙っていた。その様子が全てを物語っていた。
「は、灰原、お、お前!」
「ごめんなさい」
哀は顔を動かさないまま、つぶやくように言った。
続く言葉も出ないコナン。
「なぜ、新一が射精できる体だとわかったんじゃ?」
博士は平静に質問した。
「血液中に、成熟した精巣からしか分泌されないホルモンが存在したから」
「ふむ…他のホルモンとのバランスを欠いておる、ということじゃな」
「ええ」
「だ、だからってな、お前!」
とは言いかけたものの、言葉が続かないコナン。
「まあ待て、新一。これはとても重要なことなんじゃ」
博士は真剣そのものだった。
「いいか、新一、ホルモンの異常というのは命にかかわることもある重大なこと。仮に命にはかかわらんとしても、こと男の精巣に関するものだとなると、将来子孫に影響するかもしれん…それどころか、子孫を残せん、ということもあり得る」
「そ、そうかもしれねえけど、その、やっていいことと悪いことってのがあるだろ!」
博士は興奮するコナンから視線を外して、哀に向けた。
「哀くん、新一の精液に精子は含まれておったのか」
「ええ…数的には受精するに充分…精子も健康そのもので受精能力にも問題なかったわ」
「なるほどな」
「だ、だったら一回調べれば終わりだろ、何で毎週毎週…」
「新一、今現在お前の精液が正常なものであったとしても、体の他の部分は第二次性徴以前の状態…これから第二次性徴が発現してくると、精巣がどうなるか、まったくわからんのじゃ…それで継続して採取しておったんじゃな」
哀は小さくうなずいた。
「ふむ…仮に今後新一の精液に異常が現れたら、保存してある精液の中から最も状態の良いものを選んで人工授精するつもりだったんじゃろう。新一にはないしょで」
哀は黙っていた。それが彼女の答えだった。その答えの中に含まれる大きな大きな前提、コナンはすぐに理解した。
「ふむ…そうか…」
博士は目を閉じた。
哀は深くうつむいたままだった。
「ごめんなさい、工藤くん…殴って気が済むのなら私を殴って…私のも見せろって言うなら…」
ふっとコナンは笑った。
「今さらそんなことしたってどうにもならないよ…ただ驚いただけだ…ふふ…やっぱお前はすごいやつだな」
博士は目を開けてコナンを見た。
「新一…」
「博士、コーヒーで一服でもしないか?」
コナンは普通の明るい表情に戻っていた。
「ん? ああ…そうじゃな」
「よし…じゃあ、お前も手伝え」
哀の手を引っ張ってコナンは立ち上がった。
「あ、ちょっと…」
逆に驚く哀。
「いいから、来いって」
コナンはいつもと同じ手慣れた手つきでコーヒーミルのハンドルを回していた。
哀は、コナンの表情を気にしつつ、カップとソーサーを戸棚から取り出す。
「正直言って驚いたよ」
挽かれたコーヒーをネルに丁寧に入れるコナン。
「俺のことより自分のほうがデリケートだろうに…そこまで俺の事を気をつかってくれるなんてさ」
「怒ってないの?」
「怒ってどうなる…そりゃまあ、かなり恥ずかしいけどな」
「本当にごめんなさい」
「もういいよ…気にするな。その代わり、今後は自分でやるから、道具を貸してくれ」
哀もようやく笑顔を少し取り戻した。
「ふふ…あなたって…」
「何だよ?」
「いいえ…あなたのことばかりじゃ不公平だから私のことも言っておくわ。私の卵巣と子宮は平均的な七歳児の状態。ホルモンにも特段の異常はみられない…これからどうなるかはわからないけれど」
「そうか…それで、俺のことが余計に心配になったってわけだ」
哀は黙ってうなづいた。
「カップ、暖めてくれ」
「え? …ええ」
コナンはネルをいつものようにポットにセットすると、手際良く湯を注ぎ始めた。
哀はそんなコナンを頼もしげな目で見ていた。
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