うららかな陽射しが窓から降りそそぐ午後。
俺は、ぽっかりと物のない棚を前にしていた。
手には三つの物がある。
手帳程度の冊子は、今となっては高校時代の総てを物語る写真がたくさん並べられていて、俗にいう卒業アルバムというやつだ。
そこには、彼女と俺との写真も張られていた。
今思えば恥ずかしく、だけど微笑ましい、恋の初心者だった俺と彼女との、今では顔から火が出てしまいそうな毎日――アルバムにはない想い出の数々を思い出して、切ないような、暖かいような、どうも表現できない感情を俺は抱いていた。
二つ目は、点線から先が切り取られた二枚の使用済みチケット。
彼女との初デートを果たした映画館で観た、こっ恥ずかしい青春物。肩と肩が触れ合うような位置だったことに、どぎまぎとしていたっけ。
彼女はもうおぼえていないだろうか……いや、彼女も未だ覚えていることだろう。だけど、彼女は驚いてくれるはずだ。ぶっきらぼうな態度しかとれなかったあの頃の俺が、大事に大事にこのチケットを保管しているだなんて知ったら。
映画の内容よりも彼女を待っていた時間のほうが記憶に残っている、そんなどきどきの一日。
三つ目は、三人で撮った一枚の写真。
俺、彼女、そして俺たちの子ども。
彼女の震える手をグッと握り締め、彼女と信じあってすごした時間、愛の結晶という言葉に初めて共感をおぼえたのもあのときだった。
その先で、すくすくと育っていった愛の結晶とはじめて撮ったスリーショット。夫なり始めの俺とは違い、なぜか彼女は大人びていたな。
すこし彼女が遠くなったような気もしたけれど、だけど彼女は俺を愛してると言って抱きしめた。そのときの彼女の笑顔は、俺の告白をOKしてくれたあのときの笑顔とそう変わらない。
俺は他の誰でもない"彼女"の手を握っていて、俺のエンゲージリングは彼女としか対になれない他ならないもので、何も不安がることなんてなく、すべては俺の勘違いで。
やっぱり恋と同じように初心者だったから、あんなにも迷って、あんなにもがむしゃらになって、あんなにも一生懸命になって、あんなにも幸せだったのだろう。
さて、どうしようか。
できれば棚にこれらを終いたくはない。終ったものにはいつしか埃がたまっていってしまうし、気軽に見れなくなることでもっと遠い過去となってしまうだろうから。
忘れたくはない、甘酸っぱかったあの頃を。今の今まで忘れかけていたけれど、だけど、想い出にひたることをやめたくはない。
――振り返れる過去があるからこそ、これからも彼女と歩んでいられる。
よし、決めた。
俺は立ち上がり、彼女を呼ぶ。
三つのどれをも欠かさず、しっかりと腕に抱えて。
今日という時間の残りで思い返し終えられるかを心配しながら。
そうしながら、もうひとつ決めたことがある。
――俺たちの子どもにも語って聞かせよう。
アルバムの総てを、写真の総てを。
俺と彼女がどう歩んで、どう涙流して、どう微笑み合って、どう手を取り合ってきたのか。
そして、こう締めくくろう。
迷って迷って迷ってでも――
応える彼女の声に続いて、近寄ってくる足音が聞こえる。
もうひとつ、聞くだけで頬が緩んでしまいそうになるわが子の声も。
窓から降りそそぐ光は、まだほのぼので暖かだった。
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