きっかけは、『ホワイトデー☆哀ちゃんを労り愛でよう会』で呟いた快斗の一言だった。
「オレ達って、家族みてーじゃねぇ?」
◇◇◇
春休みの阿笠邸。桜もちらほら咲き始め、柔らかな陽光が射し込むリビング。新一はソファに腰掛けながら優しい眠りに誘われそうになる────そう、これがいつも通りの日常だったならば。
新一はようやく意を決して、傍らの少女に話し掛けた。
「……なぁ灰原」
「なにかしら」
「オメー何か悪いモンでも食ったのか────いや、今度は一体何を企んでんだ」
哀はひたすら動かしていた手を休め、ただ一点を見つめていた視線を上げた。新一を上目使いで軽く睨む。
「人聞き悪いわね。この私のどこをどう見たら、そんな言葉がでてくるのかしら?」
「いや、今のオメーを客観的に見た上での、核心をついた発言だろ」
ソファで寛ぐ新一は幾分薄気味悪そうに、哀と床に散らばった色とりどりの球体を見比べる。ふわふわもこもこした球体。渋めの色合いで統一されてはいるが、どちらにせよカラフルな事には変わりはない。赤青緑茶黒白────その華やかな花畑の中心には、先程から両手以外は固まった様に微動だにしない、精神年齢不詳の女。
このクールな美少女を知る人物ならば誰もが感じる、ある意味正気の沙汰とは思えない、その行動。
「オメーが、一心不乱に編み物してるっつーのは、異常事態以外の何物でもねーだろ」
「あら、そうかしら?」
新一に向けて上げられていた顔はすぐに手元の物体に落とされ、哀の指先は超人的なスピードでサクサク動いている。その動きは速すぎて素人目にほとんどわからない。最早人間業ではないと、新一は心の底から断言できる。
(なんだそれ、編み物ってそんなサイボーグみてーな動きで編める代物なのかよ!?)
「…………オメー本当に人間か?────イテェっ!」
高速いや音速で、カラフルな球体が飛んできた。意外と痛い。しかも今、哀は視線も上げずに毛糸玉を投げてきた。スナイパー顔負けだ。
「馬鹿なコト言ってないで、その毛糸の糸端を探して頂戴」
「へーへー」
サクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサク………
哀の神がかった動きが織り成す音だけが、暫し空間を支配する。
「………大体、なんでオメーが編み物なんて出来るんだ?聞いた事ねーぞ」
「あら一度知識として刻み込んだら、化学式みたいで意外と簡単よ?基本と手順と完成図と幾何学模様を脳裏にイメージして、後はひたすら反復作業だもの」
「…………………いや、絶対オメーだけだよ、そんな人間離れしたヤツは」
新一と会話を交わす間にも、哀の手は至るところに伸びている。これぞと思う毛糸玉を手にとり、絵柄の色を増やし、複雑な模様を描いていく。手の届かない位置に求める毛糸玉がある時などは、新一に『アレとって、ソレとって』と落ち着き払った声をかける。その姿はまるで年季の入った夫婦だ。
新一は半ば恐れ半ば感心しながら、驚異のスピードで編み上がっていく物体を見つめる。
「…………なぁ」
「……なに?悪いけれど見ての通り手が離せないの。相手なら後でしてあげるから待ってなさい」
「ちげーよ!ガキかよオレは!そうじゃなくてだなぁ………オメー一体同じマフラー何本編むんだ?」
新一はソファの背もたれ越しに後ろを見た。そこには下手な既製品より出来の良いマフラーが、整然と積み重ねられている。全体の色合いは全て違うが、模様は全て同じマフラー。
「どうすんだよこんなに。学校でバザーでもあんのか?」
「貴方まさかそれウケ狙い?」
「バーロォ真面目に言ってんだ!服部のくっだらねー冗談と一緒にすんな!どう考えても、ひーふーみー…五本目?多いだろいくらなんでも。まぁこの出来なら間違いなく売れるだろうけど…」
そこで哀がようやく顔を上げた。新一を見つめるその表情は、心底呆れ顔だ。
「そこまでわかっておきながら、本当に貴方は変に鈍いのね……貴方達のよコレ全部」
「へ?」
「貴方達毎日事件や大学やらで忙しくて、今年は寒さも酷くなかったから結局買わずじまいだったでしょう?ちなみに今編んでいるのは貴方用」
綺麗な深みのある青い毛糸を掲げ、哀は言う。
「………オレの?」
「ええ。────迷惑なら博士に二枚巻いてもらうけれど」
「いや!貰う!寒い時困ってたんだよ!」
新一は慌てて言い募る。純粋に嬉しい。知らない女が編んだ(昔うっかり受け取ったら、黒髪がところどころ埋め込まれていた)モノは丁重にお断り申し上げるが、哀の手編み───まさしく既製品も目じゃない出来映えのマフラーならば絶対誰にも譲れない。自然と新一は頬を緩ませ、同時に疑問を抱く。
哀の持つ特技や資格や特許は、年々増え続けている。新一も───いや新一だけではなく阿笠邸に頻繁に出入りする者達は皆、とんでもない特技や経歴を持っていたりするのだが、それでも哀の其れは異常だ。今まで研究へと注がれていた全ての知識と能力と時間を、少しずつ他へと向けているのか。それともただ単に暇を持て余す事が嫌なのか。
「でも突然どうしたんだ?別に誰の誕生日ってワケでもねーだろ?」
「………ホワイトデーに、貴方達ったら揃って奮発しすぎたみたいだし。このままだと釣り合わないから」
哀の言葉に、新一はあの壮絶な一日を思い出した。
新一は悩んだ挙句、哀が欲しがっていた絶版の専門書と海外専門誌を優作のツテで入手して阿笠邸を訪れたのだが。
其処に広がる光景に絶句した。
白馬の用意した高級フレンチ(博士の分はローカロリー)がテーブルに溢れんばかりに並べられ。快斗が披露する何時もより派手なマジックの数々(ちゃっかり哀の指には馬鹿デカイ指輪がはめられていた)は秒単位で炸裂し。平次は間違っても一般人が着る事のない子供用ブランドドレス一式(来週パーティーに連れて行くらしい)を哀に着せて悦に入っていた。
………ちなみにバレンタインデーに哀から貰ったのは、他よりちょっぴり豪華で博士よりちょっぴり小さい『義理チョコ』だった。新一を含め、一体何倍返しのプレゼントだったのか考えるだに恐ろしい。
「スッゲー嬉しいけど。使えるのは次の冬になっちまうな」
哀の手で完成されつつある青いマフラーにそっと触れ、少し悔しそうに新一が呟く。季節はもう春だ。
「大丈夫よ。明日からしばらくは大寒波だから」
「は?天気予報はンな事言ってねーぞ」
「天気図を見た感じだと、今晩から大荒れね」
ホントどれだけ特技持ってんだ────新一は空恐ろしい気分になる。そして同時に、脳内をある疑問がスパークした。
(まさか………いやまて。なんか今。ふとした疑問が)
嫌な予感はみるみる大きくなり、確信に近いモノへと変わる。新一の顔色が瞬く間に青ざめていく。
(まさか。まさかコレってまさか!)
「あのハイバラサン。コレって『オレ達に』って言った?」
「ええ。言ったわね」
新一はもう一度、ソファ越しに後ろを見る。緑、黒、白、茶色の同じ模様が描かれたマフラー。そして哀の手でサクサク編まれ続ける、完成間近な青色のソレ。そこに浮かび上がる模様はどう見ても、誰が見ても、それは明らかに──────
「………………………お揃い!!!?」
「家族みたいで嬉しいでしょ?」
哀は実に胡散臭くにっこり微笑んだ。どうやら新一のマフラーが出来上がった様で、糸の始末を終えている。
「マジかよ…………アイツ等と?お揃い!?」
「何か文句でもあるのかしら?」
「いやだって!オメーだって『お揃い』とか『ペア』とか嫌いだろーが!」
「そうね。でも貴方達は好きみたいだし?────おままごとの様な家族ごっこが」
新一は続く言葉を呑み込み、冷ややかに自嘲う哀をしばし無言で見つめた。
哀の口調は明らかに新一達を責めている。心当たりが咄嗟に思い浮かばず、新一は暫し考え込んで────ふと、先日快斗の呟いた言葉が脳裏に閃いた。多分間違いない。原因はあの一言以外に有り得ない。
『家族みたい』
その場にいた男性陣全員が同意したその台詞────一体何が哀の気に障ったのか。
常日頃から家族の様に恋人の様に哀に接する四人の男達を、本当の家族になんかなれる訳がないと言いたかったのか。
それとも別の理由か。
新一は、深い溜め息をつく。手を伸ばし、目の前に転がっていた深紅の毛糸玉を拾い上げ、哀を見据えた。
「…………オメーの分も編め」
「は?」
哀は手渡された毛糸玉を見て、不機嫌に眉を寄せた。『ホワイトデーのお返しを自分に贈ってどうするのよ?』と素っ気なく突き放してくる台詞を、新一は完璧に無視をして。いっそ冷淡ともいえる哀の視線を絡めとりながら、真剣な言葉を口にする。
「じゃねーと完成しねーだろ…────『家族』」
そうして新一は不敵に笑って見せた。
◇◇◇
エイプリルフール。
予想通りこの冬最後の大寒波がやってきて、時折舞う雪が灰色の空を淡く彩る。
大学生の彼等にとっては春休み最終日。当然の如く四人揃って阿笠邸を訪れ、騒がしい掛け合い漫才を披露して平穏な日常を壊していく。
そんな彼等に、哀は完成したマフラーを一人一人手渡した。
────素直じゃない女からの、ちょっとしたお礼を込めた、可愛くない嫌がらせ────
真っ先に博士が嬉しそう首に巻き、『せっかくだからこのまま出かけたい』と言い出した。
博士が喜んでくれるのは、哀の予想の範疇内。その喜びように、哀も素直に嬉しく思う。他の四人は────哀がほくそ笑みながらチラリと視線を移すと、四人の男達は『そうだなちょうど雪も降ってるし』と全員あっさりマフラーを巻いていた。
博士は茶色、新一は青、平次は深緑、快斗は黒、白馬はベージュ。どこからどう見てもお揃いの、彼等のマフラー。
哀は驚きに目を見開く。半ば嫌がらせの様に大きく目立つ模様を描いているのに、彼等は逆に嬉しそうに身につけているのだ。お揃いなんてこんな恥ずかしい事、喜ぶ彼等では絶対なかったはずなのに。
「ほら灰原」
新一が、呆然と佇む哀の襟元にどこから取り出したのか赤いマフラーを巻く。いつの間に。こっそりリビングに隠したはずの、彼女のソレ。
新一の目線に圧され、言われるがまま渋々編んでしまったが、勿論身につける気はなかった。お揃いなんて冗談じゃない。忘れたフリをしようと隠していたのにどうして。
哀は、ぐるぐる乱暴に巻かれてちっともお洒落じゃない自作の赤いマフラーを見る。彼等と同じ模様の入った、彼等と同じモノ。
「行くぞ」
新一が視線をあわせて微笑み促す。平次が当然のように哀へと手を差し伸べ、快斗と白馬はお互い『オレのマフラーの方が愛情こもってる!』『僕に決まってます』と言い合う。
そんな戯れる五人を、早くも外に出ていた博士が目を細めて見守る。
その襟元に優しく触れながら、博士は本当に幸せそうな笑顔を浮かべた。
────哀は温かく泣きたくなるような気持ちを抱えたまま、名残雪の舞う世界に、躊躇うように足を踏み出した。
◇◇◇
何時もの如く、出かけた先で事件は起こった。
せっかくだから遠出しようと、他県の大型テーマパーク『夢とおとぎと魔法の国』で起きた難事件。
偶然居合わせた名探偵三人+α+保護者役二人が、大勢の野次馬が集まる中で見事な推理を披露した。………正直この面子で出掛ければこうなるだろうと予想していた哀は、溜め息をつきながらも彼等の推理に協力した。たまたま専門的な薬を使った殺人だったせいもあるのだが。そして事情聴取を終え、帰宅したのが深夜1時過ぎ。
とんでもない一日だった………哀は手にした赤いマフラーを見つめ、一人呟いた。一瞬切なげな笑みを浮かべて、しかしそれを吹っ切る様にそのままベッドに転がり込んだ。
────そして翌朝、哀は彼等の決意と意図を知る事になる。
いつもの時間に目が覚めたのたが、寝不足が祟ったせいか全く調子が出ない。哀はぼんやり寝惚け眼でコーヒーを入れ、とろとろと朝食の支度をする。ふと手にした新聞を見て、哀は一気に覚醒した。あまりの事態に愕然とし、その手が震える。
「………なによコレ」
紙面の半分を割いて大きく載った記事の見出しは────
『仲良し家族!鮮やかに難事件解決!』
事件の詳細と、彼等の写真がでかでかとカラーで載っている。それはいい。それはいいのだが。
『家族全員でお揃いのマフラーをなびかせて』事件を解決する六人の姿がバッチリ写っている────四人ではなく、六人。
図らずも全国紙で『仲良し家族っぷり』を披露した事実に哀は愕然と固まり、次の瞬間崩れる様にソファへ腰を落とした。
「…………………やられたわ」
本来であれば、超有名人である彼等の名前が紙面を華華しく飾る筈だったのだ。なのに『今日は大事な“家族サービス中”なので、僕達の“名前は”出さないで下さい』などと爽やかに告げていた彼等を、哀は疑うべきだったのだ。結果、彼等は見事に『家族』宣言に成功した。それも全国紙で。
新一が赤いマフラーを編めと言ったあの時から、きっと彼等は、『あの言葉』をいつかは叶えるつもりだったのだ。
気付いてたのだ彼等は。
彼等が微笑み手を差し伸べる度に、永遠に得られない『家族』がそこに在ると勘違いしてしまいそうで────それを必死に否定する、この素直じゃなく可愛くもない女の心を。
彼等には全てお見通しだったのだ、きっと。
哀はソファからゆっくりと立ち上がり、世界に6本の『家族の証』を手にとる。天気図を見て寒波の終息を予測した哀は、唇を噛み締めながら赤いマフラーと芽生えた気持ちをそっと地下室に封印した。
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