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その9
 遊子たちが尸魂界に来て、早くも一週間が過ぎた。

「むううー」
 赤いリボンをつけた大猪を前に、うなっているのは遊子。それを岩鷲の手下達が取り囲んでいる。
「おい、なにしてんだ?」
 やってきた岩鷲が声をかけると、遊子は丁度いいところにきたというように、彼に笑顔を向けた。
「あ、岩鷲さん。見ててね。ボニーちゃん、お手!」
 サッと猪が右前足を遊子の手の上にのせた。
「おかわり!」
 こんどは反対の前足をのせる。
「ふせ!」
 ぷいっ。猪がそっぽを向いた。
「もおー、どうして伏せはやってくれないのー?」

 ゴン! ガン! ズン!
 遊子と猪、そして岩鷲の頭にゲンコツがおちてきた。

「誰が猪に芸仕込めって言った? ああん?」
 そう言いつつ、握りこぶしを振り上げているのは、やはり空鶴。
「何で、俺まで……」
 岩鷲と猪のボニーちゃんが、恨めしそうに空鶴を見上げる。


「遊んでいる暇なんてねえぞ。今日からは破道の三十番代だからな」
 岩鷲の仲間達に手を振って、いつも鍛錬に使っている裏の草地に遊子は駆けて行った。

 実際のところ、遊子は実に飲み込みの良い生徒だった。 
 勘がいいのだ。
 まだまだ一つずつの技の威力は弱いものの、今まで習った鬼道の術のほとんどをその日のうちに覚え、
次の時には、応用や、詠唱破棄にまですすむ。
 性格的なものか、破道より縛道を得意としたが、とりあえず身を守るには十分なレベルにすでに達している。
 しかし、ある意味虚より厄介な兄と妹を持つ彼女には、更なる鍛錬が必要になるだろう。


 苦手な破道の練習に励む遊子を、少し離れた場所から見つめている影に、空鶴は気づいていた。
 ここ三日ほど毎日やってくる、近くの村の子供達だった。
 遊子は日々のほとんどを鬼道の鍛錬と、(まかないの手伝いに費やし、遊んでいる暇もない。それなのに、この子供達は遊子を覗き見るためにここに通っているのだ。
 色恋という歳でもないだろうに。
 空鶴は覗うように頭を出したり引っ込めたりする子供達にクイクイと指を動かしてこっちに来いと合図した。
 子供達は散々もめた挙句あげく、そろりそろりと空鶴に近寄ってくる。
 遊子はと言うと、岩鷲との鍛錬に集中していて子供達に気づいていない。

「あいつに何か用か?」
 空鶴が聞くと、四人の子供の中で一番気の強そうな少年が
「あの姉ちゃん、死神になるの?」と逆に尋ね、
「こいつにも魔法を教えて死神にさせてやってくれよ」と隣にいた小柄な少年をぐいっと押し出す。
 
 おどおどと空鶴を見上げるその少年は、他の子たちに比べ、小柄なだけでなくおそろしく痩せていた。
 霊力のある魂魄は、普通の魂魄と違って「腹が減る」。
 だから生きる糧を得るために、霊力を持つものの多くが死神になりたがる。
 この少年の霊圧は確かに高いが、死神になるには気弱すぎるきがした。
 空鶴の表情を読んだのか、苦しげに俯いた少年を見て兄貴分の仲間は
「こいつ、こう見えて魔法は得意なんだぜ。あそこの姉ちゃんから教わったおまじないでゲンタの怪我を治したんだから!」と主張した。
 それを聞いて空鶴が眉をひそめる。
(治癒能力があるなら四番隊に入れるが、遊子に習っただと? 
 あいつには対虚用の鬼道しか教えていないはずだが……)

「信じてねえのか?」
 兄貴分の少年は必死だった。
 突然空鶴の背に担がれていた刀に手を伸ばし、抜き取る。
(しまった)
 子供相手と油断していた。
 とっさに縛道を放とうとする空鶴の目の前で、刀は少年自身の腕に突き立てられた。
 ひいっと、子供達が悲鳴を上げる。

「ショウちゃん! なにしてんだよ!」

「この間の奴やれ!」
 ショウちゃんと呼ばれたガキ大将は、痩せた子供に向かって叫んだ。

 その騒ぎで遊子や岩鷲たちが気づき、走りよってくる。
 それを空鶴が片手で制した。
 これが芝居であっても、たいした度胸だと思う。
 下手して腕の腱でも切ったら、このガキ大将も流魂街で生きてはいけないだろうに……。
 その心意気に免じて、この痩せた子供の能力を試してやろうと
「おい、おまえ。早くしないとこいつの腕が駄目になるぞ」と声をかけた。
 
 ごくりと喉を鳴らし、少年が傷を負った友に近づいて、刀をその腕から抜く。
 その瞬間だけ、わずかに顔をゆがめたものの、ガキ大将は引きつった口元に笑みを浮かべて見せた。
 痩せこけた少年は、彼の傷口に手をかざすと、泣きながら呪文のような旋律を唱え始める。
 空鶴と岩鷲の顔色が変わった。
「これは……」
「しっ」

 少年の声にあわせて、ガキ大将の腕が光に包まれ、傷口はみるみるうちに消えていく。
 ほんの十分ほどで治療は終わり、腕には傷跡一つ残らなかった。

 これは四番隊の治癒能力とは違う。
 死神の鬼道とは似ていながら異なるものだ。
 旋律と言霊の詠唱によって行なわれる、きわめてまれな鬼道。『真言』という。
 額に汗を浮かべながらも、どうだといわんばかりのガキ大将と、力を使ってへたり込んでいる痩せた少年、そしてそれを見つめる遊子を、空鶴はかわるがわる見渡した。
「遊子、今のはお前が教えたのか?」
「あの、教えたっていうか、この間山菜を取りにいった時、フィーバーさんの怪我した足に、お母さんから教わったおまじないをしたんです。それをたまたま見られていて……」
 戸惑ったような遊子の言葉が終わらぬうちに、ガキ大将が得意げに空鶴を見上げた。
「そのときの歌をこいつが覚えてて、ゲンタが怪我したとき、姉ちゃんみたいに治したんだ。
 なあ、こいつもそこの姉ちゃんみたいに死神の訓練させてやってくれよ。いいだろ?たのむよ」

 はあ、と空鶴はため息をつく。
 ここは瀞霊廷から離れた流魂街のはずれだからと、遊子を野放しにしすぎていた。
 遊子は、あの一護の妹だ。
 その出自を考えれば、もう少し配慮すべきだったのかもしれない。

「おい、良く聞けよ。こいつが能力を活かせる学校っていうのがある。そこに紹介してやってもいい」
「ほんと?」
 四人の子供達の顔に喜びの笑みが広がる。
「ただし、ひとつ約束だ。さっきの歌のこと、こいつのこと。絶対に誰にも話さないって誓えるか?」
 空鶴は痩せた子供に視線を合わせた。
 他の子供には記憶置換が出来るだろうが、この子の能力を思えば効かない可能性が大きい。
 少年は、こくりとうなずいた。
「お前、名前は? 俺の手の上に手を乗せて答えろ」
 差し出された空鶴の手の上に、枯れ木のように細く、荒れて汚れた少年の手が乗せられる。
「村松雄太」
「もういちど名前を言って、誰にも話さないと誓え」
「ボク、村松雄太は絶対に話しません」
 少年がそう答えた瞬間に二人の手の間から火花が散った。
「今のは誓いのまじないだ。もしお前が誓いを破れば、お前のその手は消えるぞ。いいな、忘れるなよ?」
 うなずいた少年に残りの子供達が飛びついた。
「よかったな雄太!」
「がんばれよ」
 しかし、そう言ったそばから、子供達が次々とその場に崩れ落ちていく。
「ショウちゃん!?ゲンちゃん、てっちゃん!?」
 雄太は驚いて、倒れた仲間達の体を揺さぶった。
 空鶴はその傍らに膝をつき、少年と目をあわせる。
「安心しろ、こいつらにあの姉ちゃんのことを忘れてもらうだけだ。
 坊主、明日の昼もう一度ここへ来い。さっき言った学校に紹介してやる。
 そこに入ったら、しばらくこいつらには会えねえが、奴らがせっかくここまでして手に入れてくれたチャンスだ。無駄にするんじゃねえぞ」
 空鶴の言葉に少年が力強くうなずくと、その頭を撫でて空鶴が立ち上がる。
「岩鷲、この坊主に飯を食わせて、あとで村まで送ってやれ」
「わかったよ、姉ちゃん」
 岩鷲は三人の子供を左右の腕に抱えると雄太に
「ほら、ついて来いよ」と呼びかけた。
 少し歩いて雄太は振り返り、空鶴のところまで駆け戻ってきた。
 そして遠慮がちに空鶴の着物をひっぱる。
「どうした?」
「ありがとう……、おねえちゃん」
 そういって空鶴を見上げた少年は初めて笑顔を見せたのだった。

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