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その2
 黒崎家の子供部屋。
 壁際に左右対称に並んだ二つのベッド。
 そのひとつに寝かされた酷く顔色の悪い遊子の傍らに座って、井上織姫はその寝顔を見つめていた。
「ん……」
 苦しそうに眉を寄せた遊子の前髪を、そっとかきあげると、額に手をのせる。
 彼女の苦痛を消してやることはできないが、少しでもそれを一緒に負ってやりたかった。


 たつきいわく”ウソみたいに綺麗だった”と言う母に似て、遊子は花のように可愛らしい少女に育ちつつある。
 まだまだ子供の域を脱してはいないが、他の中学からも告白にくる勇者が何人もいて、一護は気が気ではないようだ。
 明るい栗色の髪が柔らかく肩の辺りまで伸びて、顔つきも体つきもずいぶん女性らしくなってきたし、何よりも一番の魅力は春の日差しのような笑顔だ。
 世話好きで人懐こく、彼女が笑うと周囲の空気が和む。

 かたや双子の妹、夏梨のほうは、黙っていればそれなりに可愛いのに、別の意味で近隣の学生に知られている。
 あの黒崎一護の妹と言うことで、目をつけられやすかったこともあるが、売られた喧嘩は必ず買うし、一人の者に複数で取り囲む連中や、下級生や女子を相手にすごむ輩には、売られなくてもかかっていく。
 それでも周囲への受けが悪くないのは、夏梨いわく「一兄と違って、わきまえてるから」らしい。

 その夏梨が隣の一護の部屋で言い合っている声がする。
 織姫と一緒に遊子を見守っていた石田が業を煮やして一護の部屋に乗り込んだ。

「君たち! 少しは静かにできないのか! 遊子ちゃんが目を覚ますだろう!!」

 石田の一声で一護と夏梨はぴたりと言い合いを止めるが、
「だってこいつが」、「一兄が」と小声で反論。
 一護の部屋には、ルキアとチャドもいる。
 呼び集めたわけでもないが、学校に近かったこともあって霊圧の異変に気づいた仲間たちが、自然と現場に集まり、そのまま黒崎家にやってきたのだ。

「遊子、どう?」
 一護に手当てしてもらいあちこちに絆創膏を貼られた夏梨が石田に尋ねる。
「大丈夫。井上さんの治療が必要なほどの怪我はしてないよ。
 ただ酷く体力を消耗しているから。静かに休ませて上げないと」
「そう」
 遊子の話になると、夏梨は途端にしゅんとしてしまった。
 ルキアが夏梨の肩に手を乗せ、心配するなと笑顔を向ける。

「それよりも、話してくれぬか。あの時何があったのだ?」
「……、私も良くわからないんだ」
「だから、わからないってどういうことだよ」
 思わず大きな声を出した一護をチャドと石田がベッドにしずめる。
 ルキアが冷めた目で一護を一瞥し、再び夏梨に視線を移した。
「わかるところだけでも話してくれぬか?」
 ルキアに促され、夏梨がうなずいた。
「今日は部活がなかったから、遊子と一緒に帰ってきたんだ。
 川の近くまで来たときに遊子が急に立ち止まって、どうしたのかと思ったら空に割れ目ができて、そこからあいつが出てきた」
「あいつと言うのは虚か? 遊子のほうが先に気づいたのか?」
 こくんとうなずく夏梨を、皆信じられぬ思いで見ていた。
 遊子よりも夏梨のほうが霊力が強い。
 霊圧探査は霊力の有無より個人の資質によるところが大きいから、遊子が夏梨より優れていてもおかしくはないのだが、今の夏梨の霊圧探査能力はかなり死神レベルに近づいている。
 その夏梨が虚が現れるまでその気配に気づかなかったこと。
 今までそういった兆候のなかった遊子が先に虚に気づいたと言うこと。
 どちらも俄かには信じがたかった。

「それで、虚が出てきてどうしたんだい?」
 石田が優しく尋ねる。
「あいつ、いつもの奴より体は小さかったけど凄く強そうだった。
 だから、遊子に逃げろって言ったんだ。一兄たち呼んできてって。
 でも、あいつ遊子ばっか狙っていくから、なかなか遊子も逃げられなくて。
 私の力じゃ足止めにもならないんだ」
 夏梨の顔が悔しげに歪む。

「これじゃ、だめだって、遊子を守れないっておもったら悔しくて、情けなくて。
 そしたら目の前が急に白くなって、遊子の声がして……」
「遊子が、なんと?」
「だめって。行っちゃだめって、言ってた気がする」
 何かに憑かれたように夏梨の顔から表情が消える。
「行くってどこへだよ」一護は訳が分からず尋ねた。
「目の前に凄く大きな扉があったんだよ。その扉が開いて何かが呼んでたんだ。
 でもその扉を『だめ』って言って遊子が閉めたんだ。
 あれ? でも、遊子は私の後ろにいたはずなのに」
 夏梨は混乱しているように頭を振り、思いだそうとしている。

「斬魄刀の呼びかけか?」
 一護がルキアに尋ねてみる。
 夏梨の話を聞く限りそれが一番近そうだが、ルキアは首をひねった。
 それに遊子が干渉したと言うのが解せない。
 斬魄刀は死神自身の魂魄から生まれるもの。
 いくら双子と言えど、斬魄刀の呼びかけに他人が介入などできるはずはないのだ。

「その扉の向こうの声はなんと言っていた?」
「何を望んでる? って聞かれた気がするな。
 そいつに遊子が何か叫んでた。 ……良くわからない、なんて言ってたのか。
 遊子は、なんだかそいつをとっても怖がってたみたいだった。
 遊子が扉を閉めた後、私の手の中が光って、体中が熱くなって。その後……」
 夏梨が何かに怯えるように体を震わせている。
「虚を倒せばいいはずだったのに、自分で自分が止められなくなったんだ。
 体の中から凄い勢いで力が湧いて来て。 熱くて。 周りにあるもの全部壊そうと……」
 夏梨がはっと、一護を見た。その顔が今にも泣き出しそうに歪んでいる。
「怖いよ、一兄……。
 わたし、もう少しで遊子を殺してたかもしれない……」
「夏梨」
 一護は座っていたベッドから立ち上がり、夏梨の頭を乱暴に抱え込むと、自分の胸に押し付ける。
 その一護の胸元を夏梨の小さな手がぎゅっと掴んだ。
「大丈夫だ。 ……大丈夫だから」

 自分のせいなのかも知れないと、一護は自分を責めていた。
 自分が近くにいたせいで、チャドや織姫のときのように、妹たちの潜在能力を引き出してしまった。
 夏梨も遊子も死神ではない。まだ、十三歳の普通の少女なのに……。
 一護は黙って夏梨を抱きしめてやることしかできなかった。

 診療時間が終わって明かりが落とされた黒崎医院の待合室。
 二階の気配を感じながら、父親の黒崎一心は白衣を脱ぐと、出入り口から、ふらりと外へ出て行った。

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