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ひきつづき捏造設定多し。
その19
 庭に配した小川の水音が、涼を感じさせる。
 簾戸越しに、わずかばかりの風が入ってきていた。
 サラサラと筆を動かしていた手を止めて振り返ると、獅子に似た霊獣に体をもたれさせ、人形のように愛らしい少女がすうすうと寝息を立てている。
 先ほどまで遊んでくれと、駄々をこねていたが、無視しているうちに眠ってしまったらしい。
 この曳舟家の主、呼比古おとひこは、薄物の羽織を脱ぐと少女の上にかけてやった。



「呼比古様」
 戸の向こうから、困りきった様子の侍女の声が聞こえてきた。
「どうした」
「お客様がお見えなのですが……」
「客?」
 呼比古は、いぶかしげに眉根を寄せた。
 客が珍しいわけではない。侍女の狼狽振りが常とは違っていたのだ。
「誰だ?」
「はい、四楓院家の夜一様と、志波家の空鶴様でございます……」
「塩をまいて追い返せ」
「いえ、あの、それが……」
「ずいぶんな言い草じゃのう、呼比古」
 声とともに、すっぱーんと大きな音をたてて戸が開く。
 その向こうに、彼の最も苦手とする昔馴染みが、二人揃って立っていた。
「お二方ともあちらでお待ちくださいと申し上げましたのに」
 今にも泣き出しそうな侍女の声を尻目に、
「なに、構うな。勝手知ったる曳舟こやつの家じゃ」と夜一が手を振った。
「そうそう。
 なにしろ俺らは、ここの御当主が姉上の袖から離れられなかった頃から、よーく知ってる仲だからな」
「ウォッホン!! ゴッホン!!」
 空鶴たちの話を阻むように、盛大な咳払いをした後、そばに眠る子供が目を覚ましていないか確認し、
「話ならば、あちらで伺おう」と呼比古は、しかたなく立ち上がる。


 応接間に通されると、夜一たちの前に先ほどの侍女が、茶と水菓子を運んできた。
 まるで自分の家のようにくつろいでいる夜一と空鶴は、確かに呼比古とは昔馴染みであった。
 いずれの生家も瀞霊廷の四大貴族であり、家同士の交流も深かったし、年の近い子供同士、幼い頃はよく一緒に遊んだものだった。
(いや、呼比古が一方的に遊ばれていたというのが実状だったが……)

 しかし……。
 いまや、空鶴の志波家は没落。四楓院家は家名廃絶こそ免れているものの、当主である夜一は瀞霊廷を追われている。
 この曳舟家の敷居をまたぐことなどはばかられる身であるはず……。
 なのに!
 何故このいかず後家どもは、我が物顔でこの屋敷の奥までも踏み込んでくるのか!

 それでなくとも、先日も突然、得体の知れない子供を、真央霊術院の分院に入れろとゴリ押ししてきたばかりだ。
(まあ確かにあの子供は才があった。トリとして育たなくとも、鬼道衆にはなれるかもしれない。)

「今日は何の用だ? ただ、茶を飲みにきたわけではあるまい?」
「やれやれ、無粋な男じゃ。
 こうして久方ぶりに顔を合わせたのじゃ、昔語りの一つもするものじゃろう」

(思い出したくない古傷をえぐりたいだけだろう……)
 こめかみに青筋を立てながらも、呼比古はその言葉を飲み込む。
「実はな、今日はおぬしに頼みたいことがあってのう」
(そらきた)と呼比古は思った。この連中の頼みごとなど聞いているときりがない。
「申し訳ないが、お断りする」
「まだ何も話しておらんぞ?」
「話を聞いてから断るのは心苦しいので、先に言わせていただく」
 甘い顔をしてはいけないと、毅然と言い放ったのだが、
「まあ、そう身構えるな。たいしたことではない」と呼比古の放つ険悪な雰囲気などまるで気にする様子もなく夜一は続ける。
「そなたらの頼みは聞かぬといっているのが、聞こえぬのか? もう、耳が遠くなられたか」
 嘲る様に言ったものの、明らかに余裕のないのは呼比古の方だ。口元がヒクヒクと、ひきつっている。
 ふう、と夜一が困ったようにため息をついた。
「しょうのない奴じゃ。
 姉君が家を出て行かれて、ベソをかいておったおぬしを慰めてやったのはこのわし……」
「しっ、四楓院殿の頼みでは断るわけにもいかぬ!
 私で力になれるのならば、喜んでお手伝いさせていただこう!!」
 夜一の言葉を断ち切るように、半ばヤケクソで叫んだ後で、呼比古はがっくりと肩を落とし、うなだれた。
「最初っから、そうやって気持ちよく肯いてりゃいいのに、学習能力のねえ奴だぜ。なあ、夜一」
 空鶴がそういって茶をすする。
「空鶴、あまりこやつをいじめるな。案外、気の小さい男なのじゃ」



 空鶴と夜一が客間に通されている間、二人の共をしてきた志波家の者たちは、炊屋かしきやの方で、よく冷えた茶を振舞われていた。
 金彦も、銀彦も、まだ志波家が四大貴族だったころから仕えていたために、曳舟家の使用人とも顔見知りである。
「あら? ずいぶんと可愛らしい子がいるじゃないの」
 金彦と銀彦の間に隠れてしまいそうな少女の姿を見つけて、茶を運んできた女が声をあげた。
 若い頃はそれなりに美人であったろうと思われる中年の女は、話し好きで、少々口が軽いの難だが、気立ては悪くない。

「これは、四楓院家の縁者で、当家に見習いに上がったばかりの娘でしてな」
 金彦は、チラリと自分の横に座っている少女を見た。
 それは遊子だった。
 今朝、突然空鶴に「一緒に来い」といわれ、遊子は空鶴・夜一の供として、金彦たちと一緒に再び瀞霊廷に足を踏み入れた。
 夜一たちが訪れたのは、大きな家々が立ち並ぶ一角の中でも、ひときわ立派なお屋敷だった。
 しかし、そこが誰の家なのか、何故ここに連れてこられたのか、誰も教えてはくれない。
 空鶴たちは、遊子を金彦たちに任せ、屋敷の奥に行ってしまい、何も分からぬまま、遊子は金彦たちとここで空鶴たちを待っているのだ。


 大男二人に挟まれて、借りてきた猫のように、身を縮こまらせている遊子を見たこの屋敷の女は
「それはまあ。あそこの姫様も、お宅の姫さんも、あんまり見習わないほうがいいんじゃないかい?」と笑って、奥の戸棚から懐紙の包みを持ってきた。
「よかったら、おあがりなさいな」
 そう言って、握らされた懐紙の中には、綺麗な打ち菓子が入っていた。


 志波家では食事は山のように出るが、甘いものはほとんど出たためしがない。
 いままでそんなことを気にもしていなかったが、尸魂界に来てから菓子を口にするのは初めてかもしれなかった。
「ありがとうございます」
 お礼を言って、食べてしまうのが惜しいような可愛らしい形の菓子を、手にとり、眺めていると。
 銀彦が、それを一つつまんで、ぽいと自分の口に放り込んだ。
 辮髪べんぱつの大男は目を閉じて、口を動かすこともなく黙り込む。
 どうしたのかと遊子が覗き込んだ瞬間、かっと目が見開かれ、
「うまい!!」という大きな声に、遊子は飛び上がりそうなほど驚いた。
「実に美味ですぞ! 阿刀あと殿!」
「あたりまえだろう? アンタみたいな無骨な男の食べるもんじゃないよ。
 さあ、お嬢ちゃんも、全部食べられちまう前におあがり」
 銀彦と金彦も、肯いて遊子を見ている。
 遊子は流水をかたどった菓子を一つ口に入れた。
 砂糖よりも素朴でやさしい甘さが、口の中で、すうっと溶けていく。
「おいしーい」
 遊子が、甘い菓子一つでこれほど幸せそうな顔をするのを見て、体力的にも、精神的にも、やはり、相当無理をしているのだろうと金彦たちは実感していた。

 阿刀という女と金彦たちが、瀞霊廷と流魂街の他愛もない話に花を咲かせている横で、菓子を食べていた遊子は、誰かに呼ばれて顔を上げた。
 しかし、金彦も銀彦も、自分に声をかけた様子はない。
「あの」
 話に熱中している女に、遊子が声をかける。
「なんだい?」
「すこし、外を見てきていいですか?」
「ああ、そこの裏庭にも藤扇や日追花が咲いているよ。ただあんまり奥に行くんじゃないよ。
 ここのお屋敷は特にうるさいからね」
 女はそう答えると、再び金彦たちとのおしゃべりに没頭していった。


 遊子は勝手口から裏庭に出る。
 現世の家の小さな庭にも、母の大事にしていた花壇があって、花木の世話は遊子の毎朝の日課になっていた。
 朝の忙しい時間の合間だが、母の残したものだと思うと、水遣り一つも母との対話のような気がして、遊子の心を和ませてくれた。
「お兄ちゃん、ちゃんと世話してくれてるかなあ」
 現世では見たことのない珍しい花々を見ながら、遊子が呟いたとき、またあの声が聞こえてきた。

 やはり女の子の声だ。
(もしかして夏梨ちゃん?)
 遊子はふと、双子の妹を思い浮かべた。
 もしかして、ここに夏梨がいるのだろうか。
 空鶴はあのときのことを心配して、夏梨と会わせようとしてくれているのだろうか。
 遊子が辺りを見回していると、柴垣の木戸の向こうから、さらさらと木の枝が風に揺れる音が聞こえてきた。
 萩のような低木の細い枝には、オレンジがかった黄色い小花が咲きこぼれ、わずかな風にその花びらを散らしていく。
 その美しさに見とれていた遊子は、そのむこう、広く、長い縁側に小さな女の子が立っているのに気づいた。
 小さな少女は、人形が立っているかのように瞬きすら忘れ、大きな瞳でじいっと遊子を見つめている。

━ゆ……ず……?

 また、声がした。囁くようなかすかな声。
 この距離であんな声が届くはずはない。
 理屈ではそうわかっているが、あれが、あの女の子の声であるという不思議な確信があった。

━ゆず

 さっきより、はっきりと聞こえたその声は頭の中に直接響いてきた。
 遊子は思わず木戸を押してその向こう側に歩を進める。
 オレンジ色の花の向こうに見えた少女は、まだ五歳くらい。
 名も知らぬ花よりも淡い、山吹色の薄い衣を纏い、柔らかそうな栗色の長い髪を風に揺らしている姿は、花の精のようだった。
 少女は裸足のまま庭に降り、玉石を踏んで遊子に近づいてくる。
 遊子も無意識のうちに少女のほうに歩いていた。
 手を伸ばせば届くほどの距離に来ると、遊子はしゃがみこんで少女と目線を合わせる。
「私を呼んだのは貴方?」
 遊子の問いに少女は答えない。
「どうして私の名前を知ってるの?」
 返事の変わりに少女が遊子の頬に手を伸ばした。
 小さな小さな手が遊子の頬に触れ、
「あなたも真魚まなね」
 にっこりと少女が微笑んだのだった。




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