「藤崎さん、これ読んでくれんんかな」
ステンドグラスの七色が日に透けて射す教会。
午後の西日はまったりとしているが、封筒を手渡す三船俊哉の指はめちゃくちゃに震えていた。
「オレ、前から藤崎さんのことが好きやってん。詳しくはこん中に書いてるから読んでみて……じゃ」
「あ、待って」
あとは神頼み、のタイミングで去ろうとした俊哉は呼び止められる。
「これ、返す」
「え」
「気持ちは嬉しい。ありがとう」
白い小さな顔が可憐な表情でにっこりと微笑む。
「あたし、男の人と付き合うことできんのよ。将来、シスターになるって決めてるから」
「……え、オレ、駄目?」
「別に君が嫌いとかじゃないんよ。」
「…………」
振られた!
告白してわずか10秒後に!
「な、なんでなん!? オレが野球部で五分刈だからですか!?」
「はあ? 誰もそんなこと言うてないやん」
「うそや! オレが野球で五分刈だからじゃ!」
「ちゃうって。ちょっと落ち着き……ん?」
教会がよく似合う少女は、夏服半そでシャツから手を伸ばし、一度突っ返したラブレターを俊哉から奪い取る。封筒から便箋を取り出す。
「……拝啓、藤崎沙紀さま」
「わああああ、声に出して読まんといて!」
「つうか、あたし藤崎沙紀やないんだけど」
「この期におよんで、これ以上の辱めは、って、へ?」
「あたし藤崎沙紀やないで」
「あ? へ?」
「沙紀じゃなくて静香。あたしは藤崎静香。」
にわかに、少女の口元が綻んでいく。嘲笑の表情。
俊哉が入学式の日、たしかに一目ぼれした顔で、優雅に言い放つ。
「沙紀はあたしの双子の姉や。あんた、間違えたな」
「双子の、姉?」
「ほうや」
「ふたご……そんな 」
俊哉は力なく何度も呟く。
「……うそやん」
「最低やな」
*
「……と、いうわけなんよ」
「最低や」
放課後。
がらん、としたグラウンドで俊哉は相手のミットに球を投げ込む。
「オレが思うに、共学とは名ばかりの、この環境が悪いやわ。女子部と男子部で校舎わけとるくせに、なにが共学やねん。なあ、ハセ」
トンボみたいなメガネをかけているキャッチャーは小柄ながらも、しっかりと俊哉の球を受け止め、その際ずれたメガネを直す。
「まあ、ミッション系の学校だからね。いろいろ戒律とかあんのよ。ていうか、トッシー、まさか共学が目当てでこの学校に入ってきたんじゃないよね?」
「ちゃう、って。中学部は、たしかに男子校やったけど、そないな目的でわざわざ外部から受験なんてしないわ。いや、つまり、オレが言いたいのはな、男子部と女子部で分かれてるせいで、日常的に見学する機会も接する機会も少なくなるやん。だから、」
「人違いで告白したってか?」
悪いか!
力いっぱい白球を投げて、空を仰ぐ。あのときの藤崎静香の表情、恥ずかしさ、トラウマになりそう。
「でもさ、一目ぼれだったんだろ? 双子なら同じことじゃん。そもそも、トッシーは沙紀ちゃんに惚れたのか、静香ちゃんに惚れたのかわからんの違う?」
「沙紀ちゃんや! それは間違いない」
「なんでわかる?」
「彼女の友達が呼んでた、『沙紀』って。ちゃんと聞いてたんや、オレ!」
テスト期間中で部活はない。制服のままキャッチャーをしていた長谷川は、立ち上がり、埃を払っていう。
「どっちでもいいんと違う?」
「オレが好きなのは沙紀ちゃんや!」
*
「三船くん?」
最後のテストが終わって、ぐったりと中庭で転がっていた俊哉の心臓は劇的に跳ね上がった。
「あたしのこと好きなんやって?」
柔らかそうな栗色の髪。
三つ編みにして、白い小さな顔。藤崎……沙紀?
「はわああああ! な、なんですかイキナリ」
「静に聞いたんや。三船くん、あたしにラブレターくれたんやって。アホやな。静に渡すなんて。うふふふふ」
口に手を当てて可愛らしく笑っている。俊哉は突然の出来事で固まったまま動けない。
「でも、残念なあ。あたし、男ダメやねん。」
「え、オレ、駄目?」
「三船くんじゃなくって、『男』がダメやねん。あたしな、」
顔が近づいてくる。あいかわらず固まっていると、甘い声で囁かれた。
「レズなんよ」
「…れ、ず?」
「女が好きなん。つうか、静香が好きなん。ごめんな。うふふふ」
うふふふ……
スカートをひらひらさせて去っていく。ああ、愛しい人よ、
「う、うそやん」
「よお」
背後から声をかけられて俊哉の心臓はまたも劇的に跳ね上がった。
「わあああああっ、双子のレズ! れ、レズ双子の妹!」
「レズ、レズいうな。アタシはレズじゃない」
藤崎静香は眉を上げて、腰に手を当てている。
「だって、双子で愛し合ってるって、今」
「沙紀やろ? あれは法螺や。てきとーなこといって、君をからかって楽しんどるんよ」
涙目になっている俊哉に溜息をついて、静香は俊哉の隣に席をおろす。
しばし無言。
甘い香りと青草の香りがツン、と鼻を抜けていった。
風が吹いて静香の細くて長い髪を揺らしていく。思わず見惚れていると、その唇が開いた。
「……あんな、あたし考えてみたんやけど、君と付き合うてみるのも悪くないんかなって」
「へ?」
「顔色、赤くなるんか青くなるんかどっちかにしいや。君、そもそもなんで沙紀を好きになったん?」
「それ、は」
入学式の日、桜の下で目があって。
微笑みあって、それだけで恋に落ちてた。どーしようもない一目ぼれだ。
「直感、みたいな?」
「ひどい直感やな。ハッキリいうけど、あの女は変態やで。」
静香がはき捨てるよういう。
「世の中、おもしろく生きていければいいとしか思っとらん。その瞬間瞬間の楽しみが全て。躊躇とか心配とかそういう感情がない。悪魔や」
「悪魔って」
「15年間、こないな風にはならん、と思ってアタシは生きてきたわ。素晴らしいシスターになるのが夢よ」
澄んだ瞳で力強くいう。
そう、そうだ。シスターになりたいっていた。
「男とは付き合わないんじゃ?」
さっきの告白。ようやく冷静を取り戻してきた俊哉が聞き返す。
「ほうじゃ。ま、この先、男が欲しくなったら炉辺で買って欲を済ますわ」
「可愛い顔でオヤジみたいなこというたらアカン、頼むから!」
「……沙紀がマトモになるときがあるん。アタシが何かモノに執着したときや」
早口で呟いた静香に意味がわからず、首をかしげると、顎を掴まれた。
「だから……アタシが君と付き合うたら、ええんじゃないかと思うん」
「え、ちょ、」
赤い唇が近づいてきて、俊哉の頬を羽みたいに触れていく。
「……あ、ああ」
「だから。顔赤くなるんか、青くなるんかハッキリしいって」
「しず」
向かいあっている静香に影が落ちて、俊哉のすぐ背後から可愛らしい声が落ちてきた。
「なにしてるんの?」
ぞく。
背筋が震えた。恐る恐る振り向くと、そこには真正面の子と同じ顔。
「見てたからわかるやろ。キスよ、キス」
首に腕を回されて、抱きつかれるような格好になる。静香は挑発的に沙紀を見上げていた。
「この男が好きなんや?」
「姉ちゃんじゃないんやから、好きでもない男にこんなことしない」
「……よう、わかったわ」
にっこり。
愛らしい笑顔で微笑む。愛らしい、好き、なはずなのに。その笑顔に俊哉は鳥肌が立った。なんだ、なんだ、この体中を突き抜けるような悪寒は!?
「沙紀のスイッチ入ったな」
静香がしてやったり、とばかりの得意げな表情をした。
「え、どうなんの?」
「誠意をもって、真剣に、人間らしく……全力でアタシのモノを奪いにくるんよ」
「え、それって」
「そのときだけ姉ちゃんマトモになるんや。」
「それってなんか、なんか違うんじゃ!?」
しかも怖いし!
「というわけで、しばらくアタシと仲良くして。悪い目にはあわせんから」
よろしく、と手を握られて冷や汗が背中を伝っていった。
好みの顔、好みの声で、迫られているっていうのに。
「あたし、沙紀を救いたいの」
「こんなんで救われるのか!?」
「わからん。でも、あたし彼氏とかいたことないし、姉ちゃん、これまでにないくらい頑張って君のこと奪いにくるだろうし、良いキッカケになるかもしれん」
人間の道に戻らせるんや、と情熱的な瞳で迫られる。
「でも、オレ、そんな、」
「お願い。運命なんよ、これは」
「っ」
限界。
気が付くと、俊哉は半ベソをかきながらで男子部の校舎に向かって走ってた。
長谷川に相談しなきゃ。こんなことは、野球部で五分刈の自分じゃ決められない。ハセに、ハセに相談……
どうする! どうなる! 三船俊哉。
でも、なんとなく、悲しいことに愉快なことに、どうするかどうなるかは、すでにわかっているような気がした(笑)
おわり
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