逃げていても始まらない -8
「そんな驚くことか?」
『ありえぬ……村人は才能を持たずして生まれた存在。いや、才能を持っていないからこそ村人なのだ。その村人がレベル999だと? 一体どんな修羅の道を歩めば……いや……そうだとしても強すぎる。村人がレベル999になろうが所詮村人のはずだ……ツッコミどころが多すぎる。何だお前は? お前は一体何者なのだ!』
「え? 村人」
『そんなのはわかっている! 一体どうしてそこまで強くなったのかを聞いているのだ!』
そこで初めて、ダークドラゴンは感情的になって鏡に怒鳴り散らす。それを見て、鏡は少しだけ微笑を浮かべた。
感情もなく、ただ使命に従って淡々と生きているだけなのかと思ったが、ダークドラゴンにも我がちゃんとあるように見えたからだ。もしかしたら、頼み込んで話し合えばこの仕組みにも逆らってくれるかもしれない。そんな希望を抱き始めていた。
『いや待て……レベル999であるならば、スキルを突然覚えるなんてことはありえぬ。その力は一体なんなのだ……?』
「俺にもよくわからん。でも俺、限界を超えて強くなれるスキルを持っているからそれのおかげとしか考えられないかな。レベル100毎にスキルがもらえるから……丁度レベル1100くらいの経験値量が今回ので溜まったんじゃない? わからないけど」
『1100だと……? レベルは上昇すればする程に経験値を取得する手段が難しくなる。その分、能力の上がり方も大きくなるが……1100となれば、途方もない量の経験値が必要になるはずだ』
「レベル999になったのはずっと前だしな。ずっと素手で戦ってきたし……サルマリアでの戦いもあったし、それくらいの経験値は多分稼いでるんじゃないかな? まあ、今回あんたとの戦いで、丁度スキルを得る程に成長したってこった」
スキル……反魔の意志
効果……魔力を反射する闘気を、己が意識させた部位に一時的に発生させる。
鏡のステータスウインドウには新しく、そのスキルの名称が追加されていた。
扱いが難しく、鏡にはまだ自分の両手にほんの少しの時間だけ、そのスキルを発動させるのが限界だったが、それだけでもあの絶望的な状況を突破するのには充分だった。
「新しいスキルのおかげで、飛んできた熱線を片っ端から跳ね返せてな、飛んでくる熱線にぶつけて爆発させて、煙で周囲が見えなくなったところでさっと抜け出したってわけだ」
『こんなことがありえるのか……? お主のような者は見たことがない。我に戦いを挑み、圧倒的な力の差を前に恐怖せず、そしてこの場を切り抜けられる力を都合よく得るだと?』
その時、ダークドラゴンは困惑した様子でそうつぶやくと、ゆっくりと瞼を閉じ、空間に発生させていた青白い光を放つ球体を次々に消滅させていく。
「何やってんだ……? 戦いはまだ終わってないだろ?」
『お主を死なせるにはあまりにも惜しい。我は初めて希望をお主から見いだした。お主には……是が非でも次のステージに行ってもらう』
「……希望? どういうことだ?」
気になる言葉がダークドラゴンから放たれるが、ダークドラゴンはそれについて話そうとはせず、鏡も、「次のステージで知れってか」と、詳しくは話そうとしない理由を悟る。
「でも、リセットはするつもりなんだろ?」
『当然だ……我はお主が次のステージに行ったあとも、新たに強き者達を生み出さなければならない。これだけは曲げられぬ』
「なら、戦うしかないな」
鏡はそう言うと、再び構えをとった。だがダークドラゴンは、戦うつもりがないのか鏡に見向きもせず、その巨体をゆっくりと動かして元居た位置へと戻る。
まさか、絶対的存在である自分がこれ程の距離を飛ばされるとは思っておらず、ダークドラゴンは移動を終えると自分が吹き飛ぶことで削れた地面を感慨深く見つめ、溜め息を吐いた。
『何故だ? 何故そこまでしてリセットを拒む? そこにいる魔族も洗脳して利用しただけではないのか?』
そして、こうまでして抗おうとする理由がダークドラゴンは心底気になり、鏡に問いかける。今までどんな存在に対しても提示した二択だけを選ばせ続けてきたダークドラゴンが、初めて話しだけでも聞く価値があると思えたからこその質問だった。
『いや、その者は嘘をついている。むしろ嘘だらけと言った方がいいか?』
その時だった。ダークドラゴンとは明らかに別の、どこか聞いたことのある声色が脳内に直接響きわたる。直後、鏡とダークドラゴンの丁度間くらいの位置に突如空間の歪みが発生し、その中から一人の魔族の男がずるりと空間を裂くようにして姿を現す。
『何故……お主がここに? いや、それよりも……随分と久しいな』
突如姿を現した魔族の男は、空間の歪みを消滅させるとそのまま空中へと滞在し続ける。そして、視線をダークドラゴンではなく鏡へと向けると、まるで、予想通りとでも言いたげな表情で微笑を浮かべた。
「き、貴様は……エステラー! 何故ここに!?」
そして、あまりにも突然のことで、わなわなと身体を震わせて声を出せずにいたメノウがそこでようやく突如現れた魔族の男の名を叫ぶ。
『あまりにも面白すぎるショーが始まっていたのでな。一部始終見させてもらった』
予想通り、もしくは予想以上だったからか、エステラーはそう言うと満足そうに笑みを浮かべて「くっくっく……」と笑い始める。
『いや失敬。村人……お前を笑ったわけじゃない。ダークドラゴンの反応があまりにも予想外すぎてな……ここまで感情的に取り乱しているこいつを見るのは初めてだ』
『お主……我を愚弄するためにここに来たのか?』
『いやいや、そうじゃない。ちゃんと別の用件はある。それに笑いはしたがそうなるのが普通なのだろう……私もきっとそんな感じだったろうからな。だがわかってはいてもどうにも面白くてな、暫く隠れて見させてもらったよ』
すると、ダークドラゴンとエステラーは親しげな様子で会話を始めた。
そして、あまりにも唐突すぎるエステラーの出現と会話内容に、鏡とメノウは呆けた顔で二人の様子を窺い続け、それと同時に、『世界の機能を保ち続ける者』がやはりこの男であったと、確信を得る。
いつもご愛読ありがとうございます。子猫です。
4月30日に発売のLV999の村人がいよいよ今週末に迫ってまいりました。
つきまして、発売前情報として活動報告にて、LV999の村人の書影と一部キャラクターカットを公開しております!
書店に並ぶものと同じものを公開しているので、よろしければぜひ一度お目通しください!
それでは今後ともよろしくお願い致します!