逃げていても始まらない -7
まるで、感服したとでも言いたげにダークドラゴンはゆっくりと瞼を閉じると、次の瞬間、青白い光を放つ球体から再び熱線の雨を鏡へと撃ち放った。
『ならばその気概に答え、試させてもらおう……お主のその言葉が真実か否か、自力で未来を切り開く力を持っているかどうかをな……! さあ我が試練、乗り越えてみせよ!』
「ば、馬鹿なのか!? あの状況でもう一度など……耐えれるわけが無い! 鏡殿は強がりで言ったに決まっているだろう! 死なれてはそちらも困るのではないのか!?」
『その時はその程度であったというだけのこと。ここで死ぬのであれば、次のステージに行ったところで、その強がりで同じように死ぬのみ』
「…………ッ! 鏡殿! 返事を……返事をしてくれ……!」
熱線は再び鏡に着弾すると、激しい爆発を巻き起こした。爆発による煙が周囲を包み、更に追い打ちをかけるように熱線が次々に降り注ぎ、無数の爆発が鏡の元で巻き起こる。
メノウには、この攻撃で鏡が生き残れるとは思えなかった。今回はサルマリアでの戦いの時とは違い、回復を行ってくれる者はいない。そして、一度目で瀕死になる状態にまで追い込まれた攻撃に対して、まだスキルによる力でも全然回復しきれていない身体でどうやって耐えるというのか?
ダークドラゴンも先程よりかは手加減してくれると思っていたが、むしろ先程よりも強く大きな爆発が鏡の周囲で巻き起こっている。到底、助かるとは思えなかった。
「鏡殿……か、鏡殿ぉおおおおおお!」
「呼んだ?」
「かがぁみ……! ……へぁ?」
思わず、気の抜けるような返事がメノウのすぐ傍で聞こえる。
すぐさまメノウが声の聞こえた方を振り向くと、まるで打ち上げ花火を鑑賞するかのような落ち着いた佇まいで腕を組みながら、先程まで鏡がいた今も爆発が巻き起こり続けている場所を眺めていた。
『な……んだと?』
追って、ダークドラゴンも鏡がいつの間にか移動していることに気付き、姿を認知して驚愕の表情を浮かべ、攻撃の手を止めた。
『どうやって抜け出した? 全方位からの攻撃……逃げられるはずがない。いや、逃げようと思っても、爆発による激しい痛みがそれを阻害するはず……どうやって?』
「この魔法には欠点がある。そうだろ?」
鏡が放ったその一言で、ダークドラゴンは押し黙る。
「どういうことだ鏡殿? あの無慈悲な攻撃に欠点があるのか」
「俺がここにいるのに、ダークドラゴンは気付かずにあの場所を攻撃し続けていただろ? つまり……相手の位置を把握してから使う魔法なんだよあれ。煙に紛れて移動すれば……もう当てられない。そうだろ?」
『否……本来ならば対象から溢れ放たれる魔力から位置を把握できる。だが、対象の魔力保有量が極端に低い場合は別だ。我が作り出した媒体に隠れて感知できなくなる』
「残念だったな。俺は魔力がほとんどないんだ。全然成長しなかったからな」
『……戦士タイプの人間だったか。まさか、その欠点にこんなにも早く気付くとはな』
「試してみただけさ、こんなに煙が出てるのにちゃんと視認できてんのか? ってな」
『そうだとしてもだ』
そう言うと、ダークドラゴンは嬉しそうに笑って見せた。
『だが……そうだとしても一つだけわからぬ。あの全方位の攻撃……どうやって切り抜けた? あたれば爆発が巻き起こる魔法の熱線……逃げたとしても一つでも当たれば爆発によりその位置がばれるはずだ』
「当たってたよ? モリモリ当たってた」
『ならばどうやって?』
「さっきよりも爆発の範囲が大きいとは思わなかったのか?」
そう言われてメノウは、明らかに先程よりも爆発の大きさが違い、それで絶対に助からないと思ったのを思い出す。
「ダークドラゴンが力を強めていたのではなかったのか?」
『否……我は先程と同じ行動を繰り返しただけだ。一体何をしたのだ?』
「さっきボコボコにやられた時の最後らへんで、おかしな変化が起きているのに気付いたんだよ。左手で着弾させて、右手で爆風巻き起こして凌ごうと思ったらさ……」
鏡はそう言うと、左手を前方へと掲げ、ダークドラゴンに見えやすいように掲げてみせた。その直後、鏡の左手が、チャージブロウとは異なる仄かに青い光が灯る。
「俺の手がこうなってたのよ」
『何だそれは?』
「俺に一発、熱線撃ってみたらわかるよ」
その宣言を聞いた瞬間、ダークドラゴンはすかさず鏡の前方に浮遊していた青白い光を放つ球体から熱線を一発だけ放つ。放たれた熱線は凄まじい速度で鏡へと接近し――、
『……っ!?』
気付けば、ダークドラゴンの頭部へと命中し、爆発が巻き起こっていた。
『何だ? 何をした!?』
「跳ね返したんだよ。熱線を……俺のパンチの威力分、速度をプラスしてな」
ダークドラゴンもその言葉を理解するのに時間が掛かった。どういう原理で跳ね返したのかがわからなかったわけではない。そういう力を使って跳ね返したくらいは簡単にわかった。
だが、今まで使えなかったのは明らかだった。使えるならば一回目でそうしているはずだったから。つまり、この目の前の人間は、自分と戦っている間にその力を身に着けたということになる。それも、それは恐らく技や魔法の類ではなく、確実にスキルによる力だった。
『我との戦いで成長し、レベルを上げたというのか? この土壇場で? それも……丁度レベル100になる値に? ……なんという奇跡。なんという剛運の持ち主よ』
「何を勘違いしてるのか知らないけど、レベルなんて上がってないぞ?」
『上がっていないだと? 馬鹿な、そうでなければ突然その力が手に入るはずがない……その反則的な力は人間にのみ許された可能性の結晶。間違いなくスキルのはずだ!』
「確かにスキルだけど……レベルは上がってないぞ。俺、もうレベル上げれないから」
鏡はそう言うと、自分のステータスウインドウをダークドラゴンに見せつけた。その瞬間、ダークドラゴンは凄まじい速度で鏡のすぐ傍へと頭部を近付け、表示されたステータスウインドウを驚愕の表情でまじまじと見つめる。
『れ……レベル999だと? いや、それより……む、村、村人!?』