逃げていても始まらない -6
『ほう? どうするつもりだ?』
「リセットを行えるのはお前だけなんだろ? なら……お前を倒せば未来永劫魔族がリセットされるなんてことはなくなるわけだ」
『我を倒すだと? 馬鹿なことを……我は魔王よりも強いと言ったはずだ。我は神よりこの世界を任されし者……我以上の存在なぞこの世にはいない』
ダークドラゴンのその問いに、鏡は軽く鼻で笑って返す。その直後、鏡の姿が一瞬にしてダークドラゴンの目の前から消えさる。
『……っ!? 速……っ!?』
鏡に顔を合わせるために頭部を地へと近付けていたのが仇となり、消えた直後、鏡はダークドラゴンの頭部のすぐ真横へと姿を現し、目にも止まらぬ速さで全力の殴打を打ち放つ。
突然のことにしきれなかったダークドラゴンはその攻撃を受けると、衝撃を殺しきれず殴られた勢いで大きく仰け反ってしまう。
『……素晴らしき力だ。なるほど、今回の魔王を倒したにも頷ける。目にも止まらぬ速さ、我が巨体をたやすく仰け反らせる力、過去にここへと訪れた者達よりも圧倒的に優れている』
そう言って、ダークドラゴンは仰け反った頭部の耐性を整えると、再び鏡へと向き合う。
『だが……我を倒すには足りぬ……足りなさすぎる。故に惜しい。お主には是が非にも次のステージへと行ってもらいたい。……我が懇願するなぞ初めてのこと、考え直さぬか?』
「そう思うなら強制的に連れていけばいいんじゃねえの? 連れてかれたら困るけど」
『愚問だな。主もわかっていてあえて聞いておるのだろう? 我も神によって作られた存在。神が決めたルールに背くことは決してない』
「だったら、あんたをぶっ飛ばしてその神の決めたルールをぶち壊すだけだ」
『愚かな……お主はわかっていない。我に勝つなぞ不可能なのだ。理解が出来ぬのであれば……己が無力さを少しばかり教えてやろう。そして、考え直すがよい』
そうダークドラゴンが言葉を言い終えた直後、青白い光の球体がこの広大な空間を埋め尽くす程に出現する。全方位を囲まれた鏡は、下手に動くことも出来ず、構えだけをとって相手の出方を窺った。
「か、鏡殿!」
「メノウ! 俺から離れてろ! 絶対に手を出すな」
恐らく、自分から攻撃を仕掛けない限りはメノウ単体に向けて攻撃を仕掛けるような真似はしないとふんで、鏡は周囲の球体に意識を集中させながらそう叫び散らす。
『これは……我が力の片鱗にしかすぎぬ』
そして、メノウが鏡から距離を取り、ダークドラゴンが小さくそうつぶやいた次の瞬間、青白い光を放つ無数の球体は、一斉に熱線を鏡へと向けて放ち始めた。
「な……なんだこのでたらめな魔法は……?」
鏡から距離を取って、遠くからその光景を見ていたメノウは、絶望した表情でそうつぶやく。雨のような熱線が鏡へと降り注いでいた。全一発だけではなく、何度も何度も繰り返し熱線が鏡へと放たれている。
それもただの熱線ではなく、着弾すると共に爆発が巻き起こった。既に鏡の周囲は、爆発による煙で覆われている。
「一体どれほどの魔力があればこんな芸当……? こんなもの、すぐに魔力が尽きるぞ!」
『我の魔力が尽きることはない』
「……なんだと?」
『言ったであろう? 我の魔力を押しのけられる者のみが我の存在を認知できると。我の魔力は世界中に散りばめられる程に体内に保有している。無尽蔵と言っても過言ではない』
絶句する。その圧倒的な存在に。この光景を目の当たりにするまで、メノウはもしかしたら鏡にも倒せる可能性があるのではないかと思っていた。魔王より強いといえどレベル500のモンスター、数値で強さが表されている以上、倒せない敵ではないはずだと考えていた。
だが、神の使命を帯びた存在という肩書きに、レベルの数値は何の指標にもならないことを思い知った。理不尽なまでの強さを目の当たりにして、メノウはハッキリと、魔王よりも強い相手であったと認識する。
そして、鏡を守るために同行したにも関わらず、見ているだけしか出来ない自分を、不甲斐なく思った。
『……生きていたか、やはりお主は我が期待した通りの存在だ』
暫くして、突然ピタリと攻撃の雨が止み、ダークドラゴンはそう言った。
爆発による煙が徐々に晴れ、次第に鏡の姿がはっきりと視認出来るようになっていく。
「か……鏡殿」
そして、その惨状を目にしてメノウがそう言葉を漏らす。
鏡の身体は、かつてない程にボロボロになっていた。
エステラーが魔王を利用して生み出した存在、『メシア』と戦った時と比べても、これ程までに傷ついてはいなかったと思える程に、鏡は死の淵に立たされ、気を失わせていた。
だが、それでも鏡は立っていた。
戦う意志を死の寸前まで貫き通した証が、そこに残っていた。
全身から血を噴き出させ、口も半開きになり、白目を向いているのに、それでも鏡は構えをとった姿でダークドラゴンの攻撃を耐えきった。
『これ程までに傷つき、死の寸前にまで追いやられても気を失うその瞬間まで闘争心を失わせないとは……こんな人間は見たことがない。見事……っだ!?』
その瞬間、ダークドラゴンの表情が初めて歪んだと思える程に変化した。
メノウも、あまりにも突然で、ありえないその行動に口を開いて驚愕してみせる。
「誰が……気を失わせたって?」
白目を向き、身体もボロボロで、気を失っているようにしか見えなかった。
それなのにも関わらず、爆発による煙が晴れてから暫くして、鏡はまるで疾風が如き速さで、突然撃ち放たれるように前方へと飛び出すと、巨大なダークドラゴンの腹部を全力でえぐるように殴りつけた。
ダークドラゴンはあまりにも突然の衝撃に耐えきれず、少し後方へと身体を滑らせ、口元から少量の血を垂れ流す。
『馬鹿な……完全に気を失っていたはずだ。いや、何故だ。何故そんな身体で動ける!?』
「一瞬だけ……確かに気を失ってたさ。でも……一瞬だけだ。あいにく……諦めの悪さと、根性と……タフさが……俺の……売りでね」
『まだ余力を残しているだと……? 馬鹿な!』
「爆発で見えなかったかもしんない……けど、結構防いでたんだぜ? 飛んで来る熱線を片っ端から殴りつけてな」
『殴りつけてだと? 馬鹿な、そんなので防げるはずは……』
その時、ようやくダークドラゴンに焦りのような感情が垣間見えたような気がして、鏡は思わず表情をにやつかせた。そして、その間に何度も呼吸を繰り返して息を整えていく。
「コツがあるんだよ。着弾したら爆発するだろ? だから……まず左手で熱線に触れさせて爆発をわざと引き起こすんだ。熱線によるダメージを受けないように素早く引っ込めてな」
『わざと爆発を引き起こしただと?』
「そう。そして爆発が起きたら今度は右手で爆風を爆発にぶつける。それを全力でやり続けてガードした。さすがに全方位だったから直撃しまくってたけどな」
めちゃくちゃだった。めちゃくちゃだったが、鏡になら出来るかもしれないと、メノウは思い直す。この男は、いつも自分の中の常識を覆して来たからだ。
そして、それを聞いていたダークドラゴンも、あまりにも堂々とそう言い切る鏡の姿を見て、本来ならありえないはずの出来事なのに、ありえるのではないかと思ってしまっていた。
「さあ、続きをしようぜ。もう一回やってみろよ……今度はもっとうまく防いでやる」
すると鏡は、先程まで瀕死状態だったとは思えない程に余裕そうな口ぶりでそう言った。鏡が持つスキル、『オートリバイブ』の力により、徐々に体力は戻り始めてはいたが、それでもまだ戦える程には回復していない。
傍から見てもそういう状態であるのはハッキリとわかった。なのに、そう強がりを言い放つ鏡の神経がダークドラゴンにはさっぱりとわからなかった。
『お主は……怖くないのか? あの絶望的な状況で最後まで戦う意志を曲げなかった闘争心といい……恐怖を抱かないのか? 先程の攻撃も我が力の一片にすぎぬ。その事実を知りながらもどうしてお主はまだ戦おうとする?』
その言葉を聞いた瞬間、鏡は溜め息を吐いた。溜め息を吐いてくだらないと言わんばかりの表情をダークドラゴンへと向け――、
「そういう仕組みだからって諦める方が……もっと恐ろしいんだよ。何もせずに大切な友人を殺されて、一生後悔し続ける未来を想像する方が……俺は怖い」
そう言い切り、鏡は再び拳を握りしめる。
『……誠、面白き者よ』