第八章 逃げていても始まらない
「っ!?」
全体が仄かな青緑色の光で照らされている異質な場所。分岐はなく、真っ直ぐに続くだけの通路の途中で、鏡は何かを感じとったのか、突然歩を止めて深刻そうな表情を浮かべた。
「ど、どうしたのだ鏡殿?」
「いや、屁が出そうで出なかっただけ」
「そうか」
そして二人は、何事も無かったかのように再び歩き始める。
二人が聖の森の地下に存在するダンジョンに到着してから、既に6日が経過していた。
ダークドラゴンとモンスターを討伐してお金を稼ぐという当初の予定通り、二人は既に、幾多に及ぶモンスターとの戦闘をこのダンジョンで繰り返している。だが、二人は腑に落ちない気分に陥っていた。
というのも、このダンジョンが異質すぎるからである。
「む……鏡殿、出番のようだぞ」
「ほい」
鏡達が歩く通路の先で、突如魔法陣が浮かび上がる。するとその魔法陣の中からのっそりと、紫色の肌をしている以外は人間と見ための変わらない悪魔のようなモンスターが三体出現する。
すると鏡は、そのモンスターが行動を起こすよりも早く一瞬で間合いを詰め、腹部に殴打を打ち込んで吹き飛ばした。
すぐさま残りの二体のモンスターが、傍にまで接近してきた鏡に掴みかかろうとするが、鏡は軽々と掴みかかろうとする手を避けると、逆にモンスター二体の後頭部をそれぞれの手で掴み取り、モンスター同士の頭を強く打ち付けて、通路の壁へと叩きつける。
「……しぶといなあ」
多くのモンスターが鏡の攻撃に耐えきれず、この時点で姿をお金へと変えただろう。だが、悪魔のような見た目のモンスター達は、鏡の攻撃を受けても平然とした様子で体勢を戻し、嬉しそうに笑みを浮かべると、再び鏡へと襲い掛かる。
直後、鏡の拳に仄かな橙色の光が灯り、チャージブロウがモンスター達の頭部に打ち込まれ、そこでようやく、モンスター達は姿をお金へと変えた。
「見事だ。鏡殿」
「メノウも見てないで手伝ってくれよな」
「私はいざという時に温存しておいた方が良いだろう? それに、あのモンスター達は、私の力では倒すのに時間がかかりすぎる」
「まあそうだけどさ……。でも、さっきのモンスター、レベルどれくらいなんだろうな?」
その鏡の問いに、メノウは肩をすくめて「少なくとも、私のレベルに近くはあるだろうな」と答える。クエスト発行ギルドが販売しているモンスターのステータスを暴く道具があれば、それもわかったことだが、生憎二人は持ち合わせていなかった。
というのも、鏡に知らないモンスターがほとんどいなかったからだ。
だが、このダンジョンには、鏡の知らないモンスターしか出現しなかった。鏡も見た事のない強力なモンスター。それも、魔族であり、レベル170を超えるメノウが苦戦する程の強さ。
「しかし、めちゃくちゃお金落とすな……一体200シルバーって、ここに来てもう122ゴールド稼いでるぞ? 6日で122ゴールドってやばすぎだろ」
「これで、無限にモンスターが湧いてくれればよいのだがな……」
強さに比例して、モンスターが落とすお金も相当な金額だった。今のところ、このダンジョンで遭遇したモンスターの全てが100シルバー以上のお金を落としていた。
最初、ここで一月も過ごせばたやすく1000ゴールドは稼げると、鏡とメノウは歓喜したが、現実はそううまくは出来ていなかった。
このダンジョンのモンスターは、どういう理由かはわからないが、ある一定の地点にまで辿り着くと出現し、それ以降、その地点からは出てこないのだ。メノウが魔族の魔力を抑える布を外してモンスターの出現を待ってみたが、丸一日待機しても出現しなかった。
鏡が制限解除のスキルを使用して、丸一日動けなかった時に一度もモンスターに襲われることがなかったのも、ある地点に辿り着かなければモンスターが出現しないからだった。
そういう理由で、二人はひたすらダンジョンの奥へと進み続けている。そして、奥へ進もうとする度に出現するモンスターに、二人はまるで、何かしらの試験を受けているかのような感覚を抱いていた。
「それにしても、このダンジョンはいったいどこまで続いているのだろうな」
「さあ? 別にどれだけ時間掛かっても、体力続く限りは死なないしいいんじゃない?」
「わかっていないな鏡殿……私は早くアリス様の元へお戻りして、あの笑顔を見たいのだ!」
「うっす」
このダンジョンは出現するモンスターだけではなく、形、性質共に異質だった。まず、ダンジョンなのにも関わらず、道が入り組んでおらず、一直線に続いている。
そして、必ず通路の突き当りにらせん状の階段が存在し、それを降りると再び一直線の通路が続いている。ずっとこれの繰り返しだ。
一体どこまで続くかわからないダンジョンの構造に困惑し、一度食料を調達しに帰ろうとしたが、ここで鏡はある違和感に気付いた。
丸一日動けず、何も食べていなかったにも関わらず、全くお腹が空いていなかったのだ。