気付くのが遅すぎた-16
その言葉を受けてデビッドはうろたえてしまう。確かに、パルナがここに来るのには理由がある。だが、そんなにも自信満々の表情で、このタイミングで姿を現すのはおかしかった。
パルナは今、出口を遮るようにして立っている。そして、扉を隔てたその先に、何かが待ち構えている……直感的に、デビッドはそう感じた。
「パルナさん! 久しぶりだね」
「そうね……」
そして、そんなデビッドの警戒心も知らず、アリスは親しい友人に話し掛けるかのようにそう言いながら、パルナの元へと駆け寄る。
「アリス様! 近付いてはなりません!」
「……え?」
すぐさまデビッドがそう声をかけて制止させようとするが、ほんの一瞬遅く――、
「ど、どうして……パルナ……さん?」
パルナは近付いてきたアリスの身体を抱きしめるようにして抑えつけると、アリスの後頭部にくくりつけられたリボンを外し、その下に隠れる二本の角の右側に巻きつけられた魔族特有の魔力を吸収し、別の何かに変化させる特殊な布を強引に解き、宙へと舞わせる。
直後、さらけ出されたアリスの角から、溢れ出すようにして魔族特有の魔力が周囲に放出され始めた。
すると、酒場内に居合わせた冒険者達が、突然放出された魔族特有の魔力を感じ取り、一斉にアリスへと視線を向ける。
「ま、魔族!? どうしてこんな所に魔族がいやがるんだ!」
「嘘だろ……おい、あれってカジノにいる売り子の女の子じゃねえか?」
あまりにも突然の出来事に、酒場内にどよめきが起こる。そして、酒場内の変化に勘付いてか、まるで元々待機していたかのように、酒場の外から重厚な鎧を身に纏わせた兵士達が一斉に中へと押し入った。
「全員動くな!」
そして、一瞬のうちにレックス達は兵士達に囲まれる。
「なるほど……やはりそうでしたか、これは言い逃れ出来ませんよデビット?」
すると、その兵士達を押しのけるようにして、一人の明らかに位の高い身分であるのが窺える、身なりの良い恰好をした細身で濃い髭を生やした中年の男性が現れる。
「何故あなたがここに……?」
予想外な人物の登場に、デビッドは面喰らった表情を浮かべた。
その男性は、王都の政権を握る貴族の中でも、一声で多くの貴族と兵士を動かせる程に大きな影響力を持った公爵。ミリタリア・リモートだった。
そんな、王都で暮らす人間であれば誰もが知っているその人物の顔を見間違えるわけもなく、デビッドは額に冷や汗を浮かべてうろたえる。
「たかだか、勇者一行に加わっていただけの魔法使いの戯言を、公爵である私が聞き入れるはずもない……そう考えていましたかデビッド?」
ミリタリアはデビッドの前に立ち止まると微笑を浮かべ、そう言った。
「あなたがどういうつもりなのかは存じませんが……パルナの予想通り、あなたは肩入れしていたようですね。そこの少女が魔族ではないと王に虚偽の報告をし、誤魔化しきろうとするとは……これは、大罪ですよ?」
「どういうことです……デビッド?」
不可解な一連の流れに、強張った表情でクルルはデビッドにそう詰め寄る。
すると、デビッドは観念したかのように溜め息を吐き、変わらず焦りを感じさせる表情のまま――、
「レックス様とクルル様の監視を命じられ、ここに来たというのは……嘘です」
そう言った。
「嘘……? ならデビッド、あなたはどうしてここに?」
「そこにいる魔法使いの御仁、パルナ様より……王を含め我々は、クルル様とレックス様が魔族と手を取り合いこのヴァルマンの街で生活をしているという報告を受けました。無論、魔王討伐を志していたお二方が魔族と手を取り合おうとする等嘘だと、王も我々も思いました。ですが、調べる必要はあると、王は私を調査に向かわせたのです」
その言葉を受けて、レックスもクルルも困惑した表情を見せた。もし、それが本当のことであるならば、とっくの昔に自分達は連れていかれているはずだったからだ。アリスが魔族であると最初から知っているのであれば、それを確かめるのはたやすい。
「デビッドの任務は、本当にクルル様達が魔族と共にいるのかを確かめること。そこにいる魔族の少女がつけている布が魔力を抑えるというのはパルナから聞いていました。魔族であるかどうかを確かめるのに、あなた程の人材であればここまで時間はかからないはずでしょうに……どういうことか説明してくださいますか? デビッド?」
「私は、『現状、魔族と思われる存在との接触無し。監視を続ける』と報告していたはずです。なのに……どうしてあなたがここに? 私の報告が信じられなかったのですか?」
「いいえ、あなたは優秀です。今回の件をパルナ以外の誰かが報告してきたのであれば、王の育てし姫君が、そんなことをするはずがないと判断していたでしょうね」
「パルナ様とあなたに何か関係が?」
「ええ、私とパルナは昔からの知人でしてね、彼女の言葉には信憑性があったのですよ」
そう言うと、パルナは苦い表情を浮かべた。ミリタリアは、自分が敬愛し、尊敬していた師匠の父君だった。もう二度と関わることはあるまいと思っていたが、まさかこんなことでまた関わり、力を借りることになるとは思っておらず、思い出を穢してしまったかのような気分に陥っていた。
だがそれよりも、この現状に納得がいかなかったのだ。
魔族殲滅のために、たとえもう二度と関わらないと思っていた相手の力も借りる。それがパルナなりの覚悟だった。
「チェックメイトです。もう逃げ場はありませんし、誤魔化すことも出来ません。観念してどういうつもりだったのかお話しなさい。理由に納得がいけば、少しは罪が軽くなるよう私がとりもって差し上げましょう」
「その前に……これから、クルル様とレックス様、そしてアリス様はどうするおつもりですか?」
「クルル様とレックス様は一度王都にお戻りいただき、王に判断をお伺いすることになるでしょう。魔族によって……洗脳されてこうなってしまわれた可能性がありますから」
それを聞いて、デビッドはギリっと歯を噛みしめて、「やはりっ……!」とつぶやき、表情を強張らせた。
「そこの魔族の少女は、もう一人の魔族をおびきだした後、二人まとめて死んでもらいます」
そしてその言葉で、いまだパルナに身体を抑えつけられた状態のアリスは表情を曇らせた。