気付くのが遅すぎた-15
「さあさあ皆さま、お腹がお空きでしょう? この場は私が持ちます故、お好きなだけご注文ください」
「デビッドさん! ぼ、ボク! ハンバーグ頼んでいいかな!?」
「ええ、もちろんです」
食事の品目が並ぶメニューを両手に、目をキラキラとさせながらアリスはそう言った。
教会内でアリス達が怪我人の治療を開始してから一時間後、怪我を負って待機していた冒険者達の列は落ち着きを取り戻し、後は教会内にいる者達だけで対処できるだろうと、こうして少し遅い夕飯を取るために、街の中央広場付近にある酒場へと四人は足を運んでいた。
現在、円形の机を囲うようにして四人は座っている。
「おやおや? クルル様とティナ様は何も頼まれないのですかな」
そして、アリスがまじまじとメニューに書かれた品目を見ている隣で、クルルとティナは気難しい表情で、メニューを「むむ……」迷いを感じられる様子で眺めていた。
「えっと……もう夜遅いし、就寝する前の食事は……」
「クルルさんに同じくです。最近、街での生活が長かったので少し食べ過ぎてますし」
そうつぶやきながら、ティナはこっそりと自分のお腹をつまむ。
「何も変わらないように見えますが……まあ気持ちはご察しします。ですが、健康を保つのに食事は基本。明日に響きますので、軽くでもいいですから何か口にしてください」
「じゃ、じゃあサラダだけ」
「私もそれで! ……あと、ミルクお願いします」
実際、二人の見た目は何も変わっていなかった。だが、旅をやめて生活環境が変わり、二人は不安になっていた。
そんな二人を見て、何を遠慮しているのかさっぱり理解出来ず、アリスは首を傾げる。
そして、その様子をデビッドは微笑ましそうに眺めていた。
「しかし……あと少しで皆さまとお別れしなければならないとは、寂しくなりますなぁ」
「え、デビッドさんどこかに行っちゃうの?」
「私は元々、クルル様とレックス様の監視を命じられてここにいたわけですからな、もう暫くもすれば任も解かれ、再び王都に戻って別の仕事を命じられるでしょう」
「そう……なんだ」
ようやく仲良くなれたと思った矢先の別れの宣言に、アリスは表情を曇らせる。それを見て、デビッドはどこか嬉しくなり、笑みをこぼした。
「ほっほっほ、そんな顔なさらないでください。死んでいなくなるわけではないのです。会おうと思えばいつでも会うことができますよ」
「そうですが……それでもデビッドがいないと少し寂しくなりますね」
クルルもそう言って、口惜しそうに顔を俯かせる。
「私もです。クルル様の傍にいられたこの期間、昔、クルル様をお世話した時のことを思い出し、とても懐かしく思いましたぞ」
その言葉を聞いて、クルルも少し昔のことを思い出したのか、微笑を浮かべて「そう……ですね」とつぶやいた。
「デビッドさんバリバリ働いてましたし、デビッドさんがいなくなったら鏡さんが発狂しそうです。というより、あの人に経営の管理任せるの不安です! デビッドさんがいなくなった後を考えると怖すぎます! また教祖をやれとか言い出しそうです!」
その時のことを想像してか、ティナは青ざめた表情でそう叫ぶ。
少しの間ではあったが、こうしていなくなるのを惜しんでくれる三人を見て、デビッドも少し寂しくなった。
「そんな顔なさらないでください、またお暇が出来ましたらお手伝いしに参上致します」
そして、いまだに落ち込んだ様子のアリスを見て、デビッドは少し残念そうに微笑を浮かべながらそうつぶやく。すると、これ以上落ち込んでいてもデビッドを困らせるだけだとアリスは気付き――、
「……うん、約束だよ」
それだけ言って、下手くそな作り笑いを浮かべた。その時――、
「お前達……こんなところにいたのか! 教会に行ってもいないから随分探し回ったぞ!」
かなり探し回っていたのか、息を荒くして肩で呼吸をしながら、デビッドの背後からレックスが姿を見せる。そして、いつもとは違う血相を変えた様子でレックスはそう言うと、強引にクルルとアリスの手を引き、椅子から立ち上がらせた。
「ちょ、ちょっとレックスさん!? 」
「どうしたんですかそんな血相を変えて……? そもそもどこに行ってらしたんですか? てっきり用事を終えたら戻ってくると思っていましたが」
困惑しながらも二人はレックスに手を引かれて酒場内をずかずかと移動する。
「アリス……それとクルル、今すぐこの街から離れるんだ」
「お待ちくださいレックス様、どういうことです?」
すると、説明もなく酒場を出ようとするレックスを見てすぐさま席から立ち上がり、デビッドがレックスの肩を掴んでそれを制止する。だが、デビッドの表情は言葉とは裏腹に、何事かと困惑したものではなく、どこか焦りを感じる剣幕な表情だった。
「説明は後だ、いいから早く逃げるぞ! 時間が惜しい!」
そして、レックスが踵を返して酒場の出入り口に視線を向けた時――、
「そんなに声を荒げなくてもいいじゃないレックス。こんな夜遅くまで働いて、やっとの休息なんだし……ゆっくりさせてあげなさいよ」
出入口を塞ぐようにして、魔導士が好む服装に身を包み、はたから見てもスタイルが良いとわかる程に妖艶な色気を放つ紫色の髪をした一人の女性がそこに立っていた。
「…………パルナさん?」
確認するかのようにクルルがそうつぶやくと、パルナは嬉しそうに笑みを浮かべ、「はーい」と手を軽く振って見せる。
ほんの少し前まで、レックス達がまだ魔王倒すためと旅に出ていた時の仲間、パルナ・ビオーレの姿がそこにあった。