気付くのが遅すぎた-14
「出来た……出来たぁ!」
街の外で怪我を負った冒険者や行商人が集う教会内に、そんな歓喜の声が響き渡る。
何事かと視線が注がれた先には、嬉しさのあまりガッツポーズを見せるアリスと、同じく嬉しそうな表情でそんなアリスを見守る、ティナとデビッドとクルルの姿があった。
「ほっほっほ! この五日間、頑張った甲斐がありましたな。私も自分のことのように嬉しく思います」
「ありがとうデビッドさん!」
アリスが回復魔法を覚えたいと決意してから五日間経っていた。
この五日間、アリスは仕事を終えると教会へと向かい、ティナとクルルの指導の元で魔法の勉強と特訓を行っていた。
というのも、今のように月と星空が輝く夜更けにも関わらずヴァルマンの街はいつでも活気付いており、住居の集まる通りの奥にある教会内も例外でなく、昼夜問わずにこうして怪我を負った冒険者達のために働いている。
その教会内には元々街の住民も勉強しに訪れる小さな図書施設があり、怪我を負った冒険者達も集うため、回復魔法を覚えるには効率の良いうってつけの場所だったからだ。
そしてアリスは先程、傷を負って訪れた冒険者に協力を申し出て、この五日間で教えられたことを活用し、回復魔法で見事に傷を治してみせた。それ故の喜びだった。
「攻撃魔法はすぐ覚えたから、回復魔法もすぐに覚えると思ってましたが、そこそこ時間かかりましたね。この感覚を忘れないようにしてください」
「うん、おかげでコツを掴めたよ。ティナさんのおかげだね!」
心の底から喜んで笑顔を見せるアリスを見て、ティナは照れ臭そうにアリスの頭を撫でながら「まあ……いつでもまた教えますよ? ……私も修行中の身ですけど」とつぶやく。
「仕事終わりで疲れてたはずなのに……ティナさんも、クルルさんも、デビッドさんも本当にありがとう」
「いいんですよ。私がそうしたくてそうしたんです。鏡さんもいなくて、暫く修行はお預けでしたし……久しぶりにちゃんと魔法の勉強もし直せましたしね」
「クルル様と同意見です。それに、いつも鏡様と一緒におられるアリス様が強くなれば、巡り回って皆様全員のお力になるでしょうしな」
「うん、おかげさまで少しは鏡さんの役にたてるようになるよ」
アリスはこの五日間で三つの系統の魔法を覚えていた。一つは炎を発生させる系統の魔法。もう一つはメノウが得意な爆発を発生させる系統の魔法。もう一つは先程完成した回復魔法だ。
魔族の多くが、炎や爆発系統の魔法を使う。それは恐らく人間の役割でいう僧侶や魔法使いの違いと同じように、それに対しての素養があるからだ。そしてその読み通り、アリスに炎と爆発系統の魔法を教えるとすぐにコツを掴み、使えるようになった。
だがそれでも、この短期間で三つの魔法を覚えるというのは異例の速さだった。素養がないはずの回復魔法も、初歩とはいえ五日間で身に着けてしまい、「これも、魔族だからこそ成せる芸当なのだろうか?」と、ティナとクルルは少し脅威を感じた。
このまま、今のように指導をし続ければ、本来素養がないはずの魔法も使いこなし、とんでもない大魔法使いになって、人類の驚異になってしまうのではないのかとも考えた。
だがそれでも、クルルとティナは迷うことなく魔法を教え与えた。
例え魔族でも、アリスなら大丈夫だと思えたからだ。それだけ、二人は魔族であるアリスを信用していた。魔族だからとか人間だからとかではなく、一人のアリスという人格を認めていた。
「レックスさんも才能があるって褒めていましたよ。「どうして僕には……出来ないんだ!」とかも言ってました。そりゃ、魔導書も読まずにいきなり感覚で魔法を使おうとしても使えませんよ」
「そういえば、今日はレックスさん来てないね? どうしたんだろう」
「何か用事があるみたいでしたよ? 「先に行っててくれ」って、何か慌てた様子だったのでよっぽど急ぎの用事なんでしょう」
その時の光景を思い浮かべたのか、ティナはやれやれとため息を吐く。
「それじゃあ、折角掴んだコツを忘れないうちに、まだたくさんいる負傷者の皆さんの治療を行いましょうか」
「え、ボクがやっていいの? 今回だけ特別にやらせてもらえたのかと思ったよ」
「いえいえ、なんなら今後も教会に訪れた負傷者の方々で回復魔法の練習をしてくれていいんですよ? そうすれば私が楽……教会のためにも冒険者の方々のためにもなりますから」
その言葉を聞いて、アリスは表情をパッと明るくする。
どの街でも、教会で働くシスターは大勢いるが、その内のほとんどの者の役割は村人である場合が多い。神を崇拝し、心から仕えようと志す者であればどんな役割であろうと教会が受け入れているからだ。
必ずしも、役割が僧侶として生まれた者だけが教会で働く権利を持っているわけではない。
というのも、僧侶の役割を持つ多くが教会に所属しようとせず、冒険者になったり、回復魔法を活かした商売をしようとするからでもある。
そのため回復魔法を扱える者が教会内でも限られており、負傷者の治療を無償で行っている教会はいつでも人手が足りていない状況だ。
実際、今も教会内の簡易ベッドに横たわる負傷者の数と、治療者の数が明らかに合っておらず、シスター達が忙しそうに慌ただしく動き回っていた。
カジノの手伝いをしているティナも、こうして仕事を終えて戻れば教会内で負傷者の治療に専念している。
「では、私も回復魔法は使えませんが、僭越ながらお手伝いをさせていただきましょう」
そう言うと、デビッドは負傷して教会内の簡易ベッドに横たわる筋肉隆々な戦士の上体を軽々と起こしあげ、アリスにこっちにくるようにと手招きをする。
それを見て、クルルも「私もお手伝いします」と言い、忙しそうに動き回るシスターに混じって負傷者達の治療に向かう。
「よっし、それじゃあちゃちゃっと治療して、今日は早めに休みましょうか!」
そして、その掛け声と共に、アリスとクルルとティナの三人は、手当たり次第に訪れた負傷者達の治療を開始した。