気付くのが遅すぎた-10
「やっておりますなアリス様」
「あ、デビッドさん!」
カジノの酒場エリアの外側にある通路を、売り歩き用の荷車を押してアリスが歩いていると、たまたまた通りかかったデビッドと出くわした。
「ホッホッホ、目論見通り順調のようですな。ファンらしき人物から送られた手紙のようなものもお持ちのようですし」
「うん。この街の人かな? いつも来てくれている人達が渡してくれたんだ! 帰ってから読むのが楽しみだよ」
そう言って、アリスは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「ところでデビッドさんはどうしたの?」
「こちら側でいくつか切らしてしまった品がありましてな。もしかしたら搬入品がタカコ様の方に偏って納品されていないかを確認しに行くところでございます」
「そっか。お客さんたくさん来てるから消費も激しいんだね……レックスさん達は?」
「レックス様とクルル様は厨房で大活躍してらっしゃいますよ。酒場で暴れる冒険者がいればレックス様が制止し、怪我をしたスタッフがいればクルル様が治療したりと」
思っていた以上に壮絶な現場になっているのだな、とその光景を想像して、売り歩きをしている自分はそこそこに幸せな立場にあるのだなと改めて実感し、アリスは苦笑する。
「それもこれもタカコ様のアイデアのおかげです」
「アイデア?」
「仮面をつけて顔を隠すというアイデアですよ。レックス様とクルル様は人前に顔を出すには少し有名すぎますからな。おかげで人目を気にせずに働けています」
そのアイデアを聞いて、アリスは以前、うっかり間違えてタカコが経営するバーではなく、CLUB GACHIHOMOの方に入ってしまい、そこにいたとんでもない人達が全員仮面をつけていたのを思い出し、ぶんぶんっと頭を振ってすぐさま記憶を抹消する。
「ソ、ソウナンダー。あ、そういえばティナさんは? 酒場を手伝うって言っていたけど」
「ティナ様にはこのカジノ全域の医療班として働いてもらってます。色々な人が集まりますからどこで怪我をされているかわかりませんので。少々お皿を割りすぎるとか、そういう理由で別の働きをしてもらっているのではないのですよ?」
それを聞いてアリスは再び苦笑する。
「そうだ! タカコさんのところに搬入物を取りに行くのならボクも手伝うよ。この売り歩き用の荷車に乗せれば簡単に運べるし」
「おやおや、これは助かります。丁度人手が足りなくて困っていたところです。それでは、早速参りましょうか」
「うん!」
アリスの返事を聞くと、デビッドはタカコのいるバーのエリアへと移動を始める。
それを見てアリスは売り歩き用の荷車を押して、歩幅の違うデビッドの背後をトコトコと懸命についていくが、すぐにデビッドがその様子に気付き、歩幅をアリスに合わせてニコッと柔らかい笑みを浮かべた。
そんなデビッドの行動を見て、アリスは少しだけ不安げな表情を見せる。
「ねぇデビッドさん……一つだけ教えて欲しいことがあるんだ」
「おや? なんでしょうか?」
「どうして……黙ってくれているの?」
そして、不安な気持ちを抑えながらも、アリスはずっと気になって深くは聞かずにいたことを言葉にした。単純に、アリスがデビッドとはこれからも正直に向き合って接していきたいと、思えたが故の行動だった。
「はて……なんのことでございましょうか?」
だが、デビッドは歩を止めることなく、何食わぬ表情でそう言葉を返す。
「誤魔化さないで欲しいんだ。デビッドさんは気付いているんでしょう? ボクが……その、普通とは違う存在ってこと」
周囲にちらほらと滞在する来客者を置き去りに、二人の間で緊迫した空気を発生させながら、バーのエリアに向かう通路を二人は歩き続ける。
アリスの問いに、デビッドは無表情のまま何も答えを返そうとはしなかった。
「不安……なのですかな?」
だが暫くして、デビッドはアリスに顔を向けずにそうつぶやく。
「不安だよ……本当ならボクは倒さなければならない敵のはずだから」
「確かにそうかもしれません。私も、最初に知った時は倒すべき敵と思っておりましたから」
「……今は?」
そして、アリスが恐る恐るデビッドの顔を窺いながらそう聞くと、デビッドはようやくアリスに向き合い、柔らかい笑みを浮かべる。
「アリス様は魔族という一言で片付けるにはあまりにも惜しい人格者だ。少なくとも私は、ここ暫くの時間を共に過ごさせていただき……そう思いました。私がアリス様を軽蔑しているのではと不安に思っているのなら、それは違うと先にはっきりと申しあげておきましょう」
「……デビッドさん」
「何より、あなたはクルル様が認めていらっしゃるクルル様の大切なご友人です。そして、私から見てもアリス様は素晴らしい方であると思っております。軽蔑どころか尊敬する程に……あなたは優しく、誰よりも真っ直ぐだ……多くの人間よりもです」
その言葉を聞いて、アリスは頬を緩ませる。
本当はどこか快く思っていないのではないのかと不安になっていた心の棘が剥がれ落ち、そのデビッドの言葉を聞いて自然と足取りを軽くさせた。
「あなたが何者なのか等、関係ないのですよ。アリス様はアリス様なのですから」
「うん、ありがとうデビッドさん! でも、一つだけ間違ってることがあるよ」
「ほ? 何ですかな?」
「クルルさんだけじゃなくて、デビッドさんもボクの大切な友人だよ」
「ほ! これは嬉しい限りですなぁ……!」
本当に真剣に悩んで不安に思っていたのだろう。それがわかってしまう程に、先程まで浮かべていた笑顔とは比較にならない程に嬉しそうな満面の笑顔を見せるアリスに、デビッドは昔、クルルに初めて笑顔を向けられた時のことを、少しだけ思い出した。
「大変だメノウ! 俺、凄いことに気付いちゃった!」
「どうしたんだ鏡殿? いきなり血相をかえて」
「お前との旅、全然楽しくない」
「なるほど……それは辛いな。主に言われた私が」
目的地であった王都周辺の地。王都から南側に真っ直ぐ向かった場所にある小さな森の奥深くで、鏡が今更すぎる驚愕の表情を浮かべながらそう叫ぶ。
ヴァルマンの街を離れてから十日が経過し、鏡とメノウの二人はようやく目的地に辿り着いていた。通称『聖の森』。王都周辺に広がる平原を彷徨うモンスター達が、隠れ家にしているスポットの内の一つで、レベル5から20付近の比較的に弱いモンスターが集う場所である。
そして遥か昔、鏡も強くなるために何度も足を運んだ場所でもあった。
いつも『LV999の村人』を読んでいただきありがとうございます。
Amazonにて、『LV999の村人』の書影が公開されました。
イラストを担当していただいたのは『ふーみ様』です。
とても素敵なイラストを描いてくださったので、よろしければぜひ一度ご鑑賞ください!
また、質問ありました書籍化にいたってのダイジェスト削除のお話ですが、削除はせずにそのまま残す形となります。
今後ともよろしくお願い致します。