気付くのが遅すぎた-9
「さて、まもなく業務開始の時間です。レックス様、クルル様、アリス様もそろそろ準備をなさってください」
「む……もうそんな時間か、真・剛天地白雷砲はまた今度だな」
「……何ですかなレックス様? その真・剛なんたらとは」
「僕の新しい必殺技の名称だ。次は剣技ではなく魔法のな」
完成形をイメージして思わず笑みを浮かべるレックスを見て、デビッドは「あ、さようですか」と言って会議室を出る。それに続く形でクルルとアリスも可哀想な人を見てしまったかのような表情を浮かべながら、会議室をあとにした。
「き……来たぁ! 来たぞ! アリスちゃんだぁぁぁ!」
「勝利の女神がいらっしゃったぞ! 勝てる……今黒に全部入れれば勝てるはずだ!」
「あ、アリスたんは……ぼ、ボキを勝利に導くために来たんだな……はふ、はふはひ、でゅふでゅふぃぬるこぽぉおおおお!」
太陽が真上に昇ると同時に、遊技場内は昼食を取るために人が一時的に少なくなる。そんな、まだ昼食から戻らず人も少ない静けさの漂っていた空間に、一瞬にして賑わいと活気が戻る。
「アリスちゃん! この開運グッズをくれ!」
「はい! 二つで870ブロンズです」
「アリスちゃん、俺はコーヒー頼む。いやぁーアリスちゃん見ると負けてても気分晴れるわ」
「そう言ってくれると嬉しいな! すぐにコーヒー入れるね」
アリスはデビッドの提案で、マスコットとしてだけではなく売り歩きの売店を担当していた。元々、マスコットとして集客効果を望んでいたが、どうせならということでティナに押し付けていた開運グッズを販売する売り子を任せられている。
結果、通常の客は勿論、リピーターとなっている来客者がこぞって毎回お金を落としていくようになった。
魔族とはいえ、元々アリスが端麗な容姿をしている美少女であるのと、元から持ち合わせていた愛嬌の良さが一部の客に男女問わずうけていた。
何事にも一生懸命に取り組もうとする姿勢が好印象のようで、変なファンも出来つつ、貴族を含む色々な来客者から気に入られている。
全く嫌そうな表情をせず、むしろ嬉しそうに来客者に向けたフリードリンクを提供することから、遊技場内にあるドリンクカウンターで注文をせずにわざわざアリスに頼む客もいる程だ。
「アリスたん……はぁはぁ……ぼ、ボキは、ボキは……き、君のその……ふひ、ふひひひ、な、なにするの? え? あ、あぁぁぁアリスたあぁぁぁん!」
その時、息を荒くしながら手をわきわき動かし、アリスに近付こうとしていた太めの男性がその付近にいた力自慢のスタッフ二人の手によって外へと連行される。
基本的にアリスの売り歩きは遊技場内に限らず、カジノ内の各場所で行っている。
「まだ幼いアリスが一人で出歩くのは危険ではないか?」というレックスの懸念もあったが、変な輩がアリスに付き纏おうとすると、現地にいる各スタッフがすかさず守ってくれていた。
「アリスちゃん……愛想を振りまくのはいいですけど。もう少し身を固めてくださいね?」
「そうだぜアリ公。お前、ただでさえ変なファンが増えてんだからな」
「う、うん。ありがとう二人共」
そう言って、アリスは心配して駆けよってくれたディーラーを務める男性スタッフと女性スタッフにお日様のような笑顔を向ける。
その顔を見て、二人のスタッフは思わず頬を緩ませた。
アリスは来客者だけでなく、スタッフからも気に入られている。重い荷物を運ぼうとしていれば代わりに運ぼうとし、顔を見かければほとんどのスタッフが声をかけてくる程だ。
そのおかげで、アリスも安心してカジノで売り上げ貢献の手伝いが出来ていた。
魔族であるアリスが、人間に支えられて働く姿に、タカコはどこか満足気な表情を浮かべて見守り、アリス自身も、夢へと着実に近付いている今の仕事にやりがいを感じていた。
だが同時に怖くもあった。
今、自分を快く思っているのは人間と認識しているからであり、もし、自分が魔族だとばれた時……どんな手の平返しを受けるのか? アリスはたまにそんなことを思い浮かべながら、鏡に買ってもらった角を隠すためのリボンをきつく締めなおす。
そして、そう考えれば考える程に、自分が魔族であることをハッキリと目にしたデビッドが、以前と変わらない態度で接してくれるのがアリスは気になっていた。