気付くのが遅すぎた-7
全ては順調のはずだった。魔族の集落を見つけ、警戒されながらも接触を試た師匠は、十数日の期間をかけて敵意は無く友好的であることをずっと主張し続けた。その甲斐あってか、師匠は遂に魔族と打ち解けることに成功する。
交流には利害関係が必要不可欠だった。それ故に、師匠は魔族の者達にメリットを掲示した。それは、魔族にとって好条件以外の何ものでもなかった。
それは、人間が取り扱う食料や物資を分け与える代わりに、人間が暮らす村に来てもらい、交流を計るというものだった。
魔族の連中は人里に来て情報を提供し、少し身体を調べさせるだけで、魔族にとっては貴重であろう物資が手に入れられる。魔族に嫌悪感を抱く人間が多くいる場所に行くとはいえ、安全が保障されているのであれば、好条件な内容。
それも、魔族にとって後ろめたい情報を提供しろと言っている訳でもなく、単純に文化の交流をしようと言っているだけである。
交流の地として選ばれた村は、パルナが住んでいた村だった。農業の発展に伴い食料の生産が高く、王都に近いため魔族も近寄りがたく安全が保たれ続けている村。それ故に魔族を直接知る者が多くなく、魔族に対する敵対心も他の村や街に比べればそれ程大きくない……それ故に、交流の地として選ばれたのだ。
『絶対に危害は加えない……信じて欲しい!』
師匠は、必死にそう訴え続けた。例え大きなメリットがあったとしても、それが罠でない保障はない。それ故に、最初はひたすら頼み続けた。
そして、その集落にいた魔族の長が頭を縦に頷かせた時、師匠は心の底から喜び、その喜びを表現するためにパルナを抱きしめた。
子供のようにあまりにも歓喜する師匠を見て、思わずこちらまで嬉しくなって笑顔を浮かべたのを、パルナは今でも覚えている。
だが、終わりは呆気なかった。約束通り、師匠は一切の危害を加えず、パルナの生まれ故郷へと導いた。友好の証として、魔族が用意した大量の荷車と一緒に、村へと向かった。
本来なら警戒が厳重で、魔族ならばまともに近付くことも出来ないルートを通り、師匠は村に辿り着く。そしてそれは、村に到着すると同時に始まった。
歓迎するために村で待機していたパルナが、魔族を連れて嬉しそうに手を振る師匠を目の当たりにしたその瞬間、師匠は、魔族の一人に至近距離で魔法を放たれ、絶命した。
そして、運んでいた荷車から次々に他の魔族が現れた。あらかじめ待機していた護衛の冒険者や、王都から派遣されていた兵士達も皆殺され、その村に住む人々を女子供関係なく殺し、食料と物資を奪って村を蹂躙し尽くし、逃げるように去って行った。
王国の兵団が到着した頃には全てが終わっていた。村は、見るも堪えない姿へと変貌し、痕には、ほとぼりが冷めるまで隠れていた者達だけが残った。
パルナもその一人だった。敬愛する人が目の前で殺され、放心状態になっていたパルナは、村にいた護衛の冒険者に連れられ、安全な場所へと隠れさせられていたが故に、助かった。
『絶対に危害は加えない……信じて欲しい!』
その言葉を思い出して、パルナは盛大に笑った。
師匠はその優しさが故に、魔族を信じきっていた。誠意を見せれば、きっと応えてくれると思っていた。でもその考えは違っていた。信じてはいけなかったのだ。疑わなければならなかったのだ。こういう事態にならないように。
『何が……信じて欲しいよ』
パルナは激しく後悔した。信じてもらわなくても良かったのだと、初めから、魔族は倒すべき敵で、信じてもらうも信じるも何もない、ただの害だったと、パルナは泣き叫び、後悔した。
少しでも、魔族と人間が手を取り合う未来を恋い焦がれた自分に、激しく嫌悪感を抱いた。
それと同時に確信した。魔族は殺すべき悪であると。例えどんな理由があろうと、一人たりとも生かしてはならない害であると。
「……あれから、もう4年も経つのね」
それからのパルナは、目指すべき目標を失い、自由に生きていた。無論、強くなるための努力はした。だが、それでも自分一人の力ではどうにもならないことだって理解していた。だから、流れるままに適当に生きていた。
復讐を果たすのではなく、あの時の忌まわしき記憶を忘れるために、面白おかしく生きようとしていた。それが、パルナにとっての精一杯の生へのしがみつきだったから。
でも、パルナは出会ってしまった。レックス……そしてクルル。勇者と賢者という巨大な力を持つであろう存在と出会った。魔族に復讐を果たすことだって出来るようになるであろう、魔族と戦うことを宿命付けられた二人の存在に出会った。
パルナはそれが、魔族に復讐するために神がもたらした天啓であると感じた。だから、迷わず死ぬ可能性だって高いその戦いの旅に参加しようと思った。二人の力を逆に利用してやろうと考えた。なのに、自分が求めている結果へと導く道から、あの二人はすっかりと外れてしまった。
一人の村人と、一人の魔族の少女によって。
「悪いけど取られる訳にはいかないわ。折角手に入れたチャンスなのよ……例え、この世界の仕組みが神様のせいだったとしても……魔族が、大切なものを奪った事実は変わらない」
パルナも苦悩した。あの村人の言葉を受けて、本当にこの世界の仕組みが、誰かに意図されたものであるなら……それは、その仕組みを作ってしまった者が一番許せない存在なのではないのかと。
だが、それでも、師匠を殺したのは神でもなく、人間でもなく、魔族なのだ。
「返してもらうわよ村人……私の復讐のためにも……ね」
パルナはそう呟くと、テーブルの上に置かれた一枚の手紙に視線を向ける。まるで、招待状のようにデザインされたその手紙には、大きくでかでかとした文字で、こう書かれていた。
『ヴァルマンの街名物:鏡・オブ・カジノへぜひおいでくださいませ!』