気付くのが遅すぎた-6
脳裏に焼き付いた思い出したくもない光景を見せられ、振り払うように頭を振る。
見たのは今から丁度4年前の出来事だった。4年前、今のように何でもなるようになればいいとか、楽しければいいなんて適当な考えを持っていた自分とは違い、もっと素直で、丁度今のクルルのようになんでもひたむきに努力する。そんな自分だった頃の夢。
大好きな師匠がいた。当時18歳の自分よりも二つ年上で、頭一つ分背が高くて、緑色の長い髪をゴム紐で括っていて、本ばかり読んでいるせいで眼鏡を手放せなくなってしまったいつも優しい笑みを浮かべていた師匠。
魔法使いの役割を受けて生まれ、多くの呪文を覚えるために公共にも開放している王都の図書館へと、毎日幼少の頃より通わされ続けていた自分に、魔法の面白さを教えてくれた人。
昔は、魔法が嫌いだった。というより勉強が嫌いだった。元々住んでいた場所は王都から少し離れた場所にある村で、親に命じられ、言われるがままに嫌々通っていたのだ。
魔法は知識の量と想像力が全てものをいう。知識を得てその理からその魔法の存在をイメージし、現実に具現化させるだけの魔力と、その魔法を形にするための魔力を操作する技量が無ければ魔法は発動しない。
レベル1で魔力も少なく、基本ステータスも低い上に判断力も乏しい幼少の頃の魔法使いの多くは、こうして知識量を蓄えるように指示される者が多い。
「お前は魔法の才能がある」と、神が最初から教えてくれているのだ。その勉強をさせない親の方がむしろ少なかった。
でもそれは、親が魔法使いだから勉強しろと言っているだけで、パルナからすればやりたくもないことを無理やりやらされているのに等しかった。
『本…………嫌いなのかい?』
そう言われる程に、嫌そうな表情を浮かべていたのだろう。そう言われたのが最初の出会いだった。
『誰……あんた』
『君と同じで魔法使いとして、無理やりここに通わされている者だよ』
『あっそ……何? 何か用?』
『本が嫌いなら、これを読むといい』
そう言って渡して来たのは結局本だった。自分とそんな歳も変わらない少年が、本が嫌いならこれを読めと言って本を渡してきたのを見て、『何を言っているんだこいつ?』と思った。
でも、その考えはすぐに変わった。渡して来た本は、魔法を覚えるための魔導書ではなく、一人の勇者の英雄譚を描いた、ただの絵本だったから。
『図書館は別に、魔法を覚えるためだけの施設じゃないよ?』
『返す。怒られるから』
『誰に怒られるの? ここには君のお父さんやお母さんはいないよ?』
勝ったとでも言わんばかりに笑顔を見せるその少年を見て、呆れながらも渡された絵本を開いた瞬間から、パルナは図書館が、そんなに嫌いではなくなった。
その少年は、天才だった。明らかに他の魔法使いの子達よりも魔法の形をイメージできており、魔力を操作する技量もとびぬけていた。いつも口癖のように「殻に閉じこもって生きるのは損だからね」と言っていたのをパルナは今も覚えている。
魔力を操作する技量は確かに本物だったが、イメージする力がとび抜けていた理由は別にあった。単純に色々と知っていたからだ。魔法による知識だけじゃなく、他の魔法と関係ない知識、たくさんの物語を知っていた。図書館に置いてある本だけじゃわからないからと言って、図書館の外へとこっそり飛び出して、色んな経験をその身で体感していたからだった。
そしてパルナは、そんな少年に惹かれていた。惹かれていつの間にか自分から付き纏うようになり、いつしか師匠と呼ぶようになっていた。師匠から得られた知識や経験は、決して図書館からだけでは得ることの出来ないものだったからだ。
師匠は何でも知ろうとしていた。好奇心旺盛で、これがこうなったらいいのにと理想を語っては、それを実現するために行動してきた。
だがそれは、長所でもあり、短所でもあった。
師匠は知らない知識があると、知りたいという衝動を抑えきれない時が多々あった。そして師匠は、いまだの謎の多い存在である魔族の研究を行おうとしていた。ただ研究するだけならいい。だが、師匠は魔族の身体を直接調べ、研究しようとしていたのだ。
研究だけが目的なら、魔族の一人を拉致して調べれば良かったのだ。だが師匠は優しかった。優しかったが故に、師匠は残忍な行為であるそれをしようとはしなかった。
それ故に、師匠は踏み外してはいけない一線を超えてしまう。
魔族との交流を計り、お互いが持っている知識を共有し合おうとしたのだ。師匠は魔族の存在を忌み嫌っていなかった。むしろ、可能性すら感じていたのだ。
『二つの種族が手を取り合えば、今よりもより豊かで暮らしやすい世界になる』
そう言っていた。何も疑わずに真っ直ぐに、その可能性だけを信じて突き進んでいた。無論、パルナは反対し続けた。何があるかわかったものではないと、その考えと思想はとても危険なものだと、ずっと訴え続けていた。
だが同時に期待もしていた。もし本当にそうなったら? と、そしてそうなるであろう可能性を師匠から感じていた。だから結局、諦めさせられる程に阻止しようとはしなかったのだ。
今では、はっきりとその考えは愚かだったと感じられる。そう思える程に、ことの結末は呆気なかったのだ。
『お前はもう……用済みだ』
師匠の胸に、大きな穴が開いたのは、そんな言葉が吐かれた直後のことだった。
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【下記内容は本編とは関係ありません】
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