気付くのが遅すぎた-3
「魔王様を救うためとはいえ、それで鏡殿が死んでしまったら元も子もないであろう! そうまでして魔王様を救おうとしてくれる気持ちはありがたいが、鏡殿に死なれるのも問題だ!」
予想外の言葉に鏡は面を喰らう。てっきり、どんな手段を使ってでも魔王を助けると言うと思っていたが、そうでなかったからだ。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、現状、俺達が目指すべき魔族と人間の共存の世界を望むなら、金がなければ話にならないだろ? 1万ゴールドがなければ魔王は助からないし、世界だって襲われる。そうなれば終わりだ」
「しかし……まだ他に方法があるかもしれないだろう」
「かもな、でも恐らく一番金を稼げるのはそこに行く事だ。今回の件で思い直したけど、やっぱり金がなければ何も出来ないんだ。こういう事態にも対処出来ない。思い知ったよ、俺達が目指すべき世界も結局、金が無ければどうにもならないんだって」
その言葉を聞いて、メノウは何も言えなかった。実際そうだったからだ。
この世界において八割が金で何とかできるというのは、元々民衆でも言われていたことで、メノウ自身も人間社会の仕組みからそれを察していた。そこで、今回のように金がないとどうしようもない事態が発生したのだ。
魔王のために金をなんとしてでも集めようとしてくれている鏡に対して、それをを否定する言葉はメノウからは出てこなかった。
「だから、今後のことも考えて金は多く集めておくにこしたことないだろ? きっと今回のこと以外にも、金で解決できることは今後絶対増えてくる。王様を説得するにしても、民衆を味方にするにしても、金で強引に解決できる。それくらい金の力は絶大なんだ」
そういうと、鏡はどこか寂し気な表情を見せた。その言葉は、金がないために用心棒を雇えず、両親を失ったという事実を認めてしまったような気がしたから。
「それに、お金は度外視したとしても、幻って言われてる存在に興味はあるからさ。単純に会ってみたいんだよね」
「……鏡殿、わかった。ならば、このメノウもお供致そう」
「え? お前もアリスも置いて行くけど?」
本当に連れて行くつもりがないのか、鏡はまるで「何を言っているんだお前は?」とでも言いたげな表情でそう言った。
「えぇ……」
そしてその言葉で、メノウは引きつった顔を見せる。
「この状況下で急に二人を連れてったら怪しまれるじゃない。監視はデビッドだけじゃないかもしれないんだぜ」
「いや、そうかもしれないが。私がいなければ正確な場所がわからんだろう? さすがに両方ともなれば怪しまれるかもしれんが、片方だけが鏡殿にお供するのは変なことでもあるまい」
そう言われて鏡も「確かにそうか」と考え直し、一考する。
「じゃあアリスを連れて行こう」
「どれだけ私が嫌なんだ! 絶対にアリス様は連れて行かさせんぞ! 例え魔族だとしても、何があるかわかったものではないからな」
「わかってるよ。冗談だ冗談。まあ……絶対についてくるって言うだろうけどな」
考える間でもなくその台詞をアリスが吐くのを想像できてしまい、メノウは困った表情を浮かべる。かと言って伝えないままいなくなる訳にもいかず、さてどうするかと二人は頭を抱えながら、タカコのバーへと戻る。
タカコのバーへと戻ると、二人だけで内緒話をしていたのがずっと気になっていたのか、バーで待っていたケンタ・ウロスを除く全員が鏡とメノウを注視した。
当然とも言えるその反応を見て、鏡もヤレヤレと溜め息を吐く。
「さっきもちらっと言っていたけど、圧倒的に資金が足りない。これじゃあ目標の年内に1万ゴールドを集めるなんて夢のまた夢だ。一応デビッドに新しくVIP専用のカジノルームは建造してもらうように手配してもらうけど……それでも多分間に合わない」
「どうするつもりなんですか?」
「ダンジョンに籠って金を稼いでくる。行くのは俺とメノウの二人だけな」
息を呑みながら吐かれたティナの問いに、鏡は一息間を置くとそう答え返す。
「異議ありだ。僕も行く。勇者として修行もかねてな」
「ボ、ボクも行くからね鏡さん!」
「わ、私も行きます! 強くなるための修行もつけてもらう……そういう条件ですから!」
すると、想像していた通りの言葉がレックス、アリス、クルルから放たれ、思わず苦虫を潰したような表情を鏡は見せた。
それから、そこが危険なダンジョンであり、とてもじゃないがレベル100にも満たない連中を連れて行く訳にもいかないという事情を話し、実はメノウのレベルが176を超えていたという事実も相まって強引に納得してもらう。
最後の最後までアリスだけは食い下がったが、「1万ゴールド溜めなきゃだろ?」という鏡の一言で、アリスはどこか寂し気な表情を浮かべ「提案しなければ良かったよ……」とつぶやきながらも渋々と承諾し、三日後に鏡とメノウの二人でダークドラゴンの元へと出立するのが決まった。