気付くのが遅すぎた-2
『ダークドラゴン』。魔王と同等、もしくはそれ以上の力を持つとされている最強のモンスター。この世界のどこかに存在しているといわれている幻の存在。無論、それが本当に存在するかどうかは定かではない。だが、過去に存在し、その目で見たという記録が一部の書物には残っている。
「知ってるけど……それがどうしたんだ?」
脳内に残る古い記憶を呼び起こしながら、鏡は首を傾げる。
鏡がその存在知っていたのは単なる偶然だった。『この世界にはどんなモンスターが存在するのか?』かつて強くなるための相手を探すのに、モンスターの情報をひたすら集めていた時期があった、その時、行商人が売っていた古い書物に、その名が記されていたのを鏡は覚えていた。
「もしダークドラゴンを倒せたら……どれくらいのお金になるのかな?」
「知らんがな。まあ……もらえるお金は敵の強さに比例して増えるから、ヘルクロウみたいな特殊なモンスターでなくても最強と謳われるくらいだから相当な金になるんじゃない?」
鏡がそう伝えると、アリスは「むむむ……」っと、珍しくも思案顔を見せる。
「……それに会えるとしたら……鏡さんはどうする?」
そして、悩んだ末にアリスは鏡にそう聞いた。嘘をついている様子もないその表情を見て、鏡も一度口を閉じ、真面目な顔つきになりながら座っていた椅子から立ちあがり、腰を屈めてアリスに視線を合わせる。
「場所……知ってるのか?」
至って普通に真面目な表情で、鏡はそう聞き、アリスは鏡の問いを受けて、小さく頷く。
鏡が冗談と思わずにそう聞いたのは、アリスがその情報知っていてもおかしくなかったからだ。というのも、魔族を統べる王の娘だからである。魔王城にも足を運んだことのあるアリスであれば、それを知っていも変な話ではない。
「地図を出してくれれば、どの辺にいるのかはわかるよ。メノウなら……もっと詳しく知っているんじゃないかな?」
それを聞いて、鏡はメノウに顔を向ける。
メノウはケンタ・ウロスに、タカコが作った料理を、テーブルの上へと雑にドンッと置かれている真っ最中だった。
すっかりケンタ・ウロスになめられているメノウを憐れに思いながらも、鏡はメノウに「ちょっとトイレ行こうぜ」と言って、バーの外へとメノウを連れ出す。
「ダークドラゴンって知ってる?」
そして、バーを出てすぐさまバーの裏側へと移動すると、周囲に人の気配がないのを確認してすぐにそう聞いた。すると、何事かと顔を歪ませていたメノウの顔つきが深刻な表情へと一瞬にして変化する。
「知ってはいるし……どこにいるとされているかもわかるが、本当にいるかどうかは怪しいぞ」
そして、まるで知らない方が身のためとでも言わんばかりに大きく溜め息を吐くと、そう言った。
「どういうことだ? 見たことないのか?」
「ない。あれに関しては不可解な点が多いのだ。私も魔王様から軽く教えられただけだが……まず我々魔族も近付いてはならないとされている」
「どうしてだ?」
「その意図を私も明確には知らんのだ。その場所は王都に限りなく近い場所にある故、私は我らの身を案じて魔王様はおっしゃられていたと考えていたが……とにかく、我々魔族もそこにいるのは知っているが、実際いるかは確かめた者がいないためわからん」
その言葉を聞いて鏡は怪訝な表情を浮かべた。王都に近い場所に存在するのであれば、少なからず誰かがその場所を見つけているはずだからだ。
実際、明確にどの場所を差しているのかはわからないが、鏡も王都周辺なら知り尽くしている。だが、ダークドラゴンのような強力なモンスターが潜むダンジョンは、王都周辺には存在していない。
「それで? どうしてそんなことを聞いてきたのだ?」
「いや、アリスが場所を知っているって教えてくれてな。倒したらお金になりそうだから倒しに行こうかと」
「やめておいた方がいい。魔王城の書庫にある書物にはダークドラゴンのレベルは500と書かれていた。だが、それはモンスターとしての基準的な強さとしてレベル500相当というだけで、ダークドラゴンという存在の性質や特性によって、その強さは大きく変化する」
「わかってるよそれくらい」
「わかっていないだろう……鏡殿! ダークドラゴンの強さは……恐らく魔王様に匹敵する。魔王様自身がそうおっしゃられていたのだ」
その言葉の意味が理解出来ない訳ではなかった。実際、魔王と本気で殺し合うとなれば、使えば短い間だけだが基本ステータスが2倍になり、そのあと瀕死状態に陥る制限解除を使わなければ鏡にも魔王を倒すことは出来ない。
逆に言えば、それを使えば確実に魔王を倒すことが出来る。だが、それは魔王だったらの話だ。
中には、一度倒すとより強力になって復活するモンスターも存在する。倒せば、周囲に大量の別のモンスターを発生させるモンスターも存在する。もしダークドラゴンがその類であった場合、鏡は間違いなく死ぬ。
魔王を倒せるのは、鏡が魔王を知っているから。だが、ダークドラゴンは知らない。一体どんな特性を持って、どんな攻撃をしてくるのかすら知らない鏡にとって、制限解除のスキルを使うのは、一か八かで命を賭けているようなものだからだ。
「やめておけ鏡殿……さすがに相手が悪すぎる」
メノウはよく考えてくれていた。まだ誰にも見つかっていない場所なら、それは見つけられない程に隠れたところにあるダンジョンである可能性が高い。ダンジョンであれば、ダークドラゴンを倒したとしても、制限解除で動けないところを他のモンスターに倒される可能性も高い。となれば、ダークドラゴンに挑戦するのはリスクが高すぎる。
他人事とはいえ、命を失う可能性を一瞬で考慮し、そう言ってくれたメノウに、鏡は少なからず感動を覚えた。
「でも行くんだなぁ」
でも、結局行く事にした。そう、感動しただけ。