本当に大事なのは、金じゃない-10
サルマリアの戦いで、魔王とエステラーとの会話を聞いていた人物がいたとは考えにくい、自分も周囲に誰かいないかは確認していたし、あの状況でもし他に聞き耳をたてている人物がいれば、エステラーが早々に手をうっていただろうからだ。
だが、鏡の中に一人だけ心当たりがあった。門前払いせずに話を聞くだけの価値はあるが、それが本当であるかどうかはその者一人の証言では足りないとされる人物。そしてこうしてデビッドをこちらに忍ばせていると考えれば、その人物である可能性は高かった。
「いや待て師匠。どうしてそれでアリスが監視されていることになる?」
そこで、レックスはそう言って首を傾げる。
「メノウの話だと『連中』って言ってた訳だろ? クルルとレックスの監視だけならまだしも、俺達のことまで報告するのは変だろ? しかも『不審な動き』って、不審な動きをする想定があるみたいに言ってるしさ」
鏡がそう言うと、レックスも理解したのか「なるほど」とつぶやいて深刻そうな表情を見せた。
「特に隠し事のない鏡さんを監視する意味はありません。タカコさんもティナもです。でも……メノウさんとアリスちゃんは違います」
何かを疑って行動しているのは明らかだった。そして誰よりも、そう感じていたのはクルルだった。というのも、ずっと傍にデビッドがいながらも、ここ最近、変に視線を感じるようなことがなかったからだ。
自分とは違う何かに視線を向けていた。それがアリスであろうことは、デビッドが自分とレックス以外の者のことを王国側に報告しているのを考えれば、それはもう明白だった。
「でもボク……デビッドさんが陰でボクの行動を探っていて、王国側にそれを報告しているようには思えないよ。やっぱり普通に……クルルさんの行動を監視しているだけじゃないかな」
そこでアリスが、思い当たるふしがありそうな表情でそうつぶやく。
「どうしてそう思うんだ?」
そんなアリスの表情を見て、何か確信があって言葉にしているのだろうと鏡がそう問う。
「デビッドさんに……角を見られたんだ。でも、魔族だなんて一言も言わなかった。まるで、ボクが魔族だってことを元々知っていて、黙ってくれているみたいだったんだ」
アリスから放たれたその言葉を聞いて、全員が面喰らった表情を見せる。そんな中、メノウだけがワナワナと震えながらアリスの肩をガシッと掴み――、
「やはり今すぐここから逃げましょう!」
そう言って迫るが、すぐにタカコが再びアリスからメノウを引き剥して落ち着ける。
「えぇい! 放してくれタカコ殿!」
「慌てる気持ちはわかるけど落ち着いてメノウちゃん。さっきも言ったけど、ここで二人だけがいなくなると逆に怪しまれることになるのよ?」
タカコがそう言って、鏡に「ね?」と聞くと、鏡は「まあそうだな」とつぶやきながら思案するように頷く。先程まで、デビッドはこのまま放置するのは危険な存在だと鏡は考えていたが、アリスが角を見られたという話を聞いて、少し考え直していた。
「メノウは……デビッドが、『不審な行動は見当たりません』って言ってたのを聞いたんだろ? アリスが魔族って知っているのにそう言うのは変じゃないか?」
「それは、その時だけ平然とした態度を演じていて、実は魔族という確信を得たのはそれが初めてだった可能性もあるだろう。次の報告では、アリス様が魔族だったと言うに違いない」
演じている可能性は確かにあったが、鏡はアリスの不安げな表情を見て、どうにもそうは思えなかった。アリスが「そんなことするようには思えないよ」と表情で訴えているように見えたからだ。
「一応、アリスを庇ってくれている可能性もある。その場合だと、二人にいなくなられるとデビッドも庇いきれなくなって困るかもしれないだろ」
「アリス様を庇う理由がデビッド殿にはないだろう。我々の何を調査しているのかはわからないが、わざわざ王国からこうして仕事として来ているのだ。庇うために来た訳ではあるまい」
鏡のもしもの可能性を、メノウは即答で否定する。だが、メノウの言葉はもっともだった。庇う理由がない。無駄なく仕事をこなすというクルルの言葉からも、その可能性は低かった。
その時、鏡はふとアリスに視線を向け、「どうする?」と問うように首を傾げる。その視線に気付いたアリスは、少し悩んだ素振りを見せたあと、決心したかのような表情を見せて鏡に頷き返す。それを見て鏡は「よし」と意気込むと――。
「監視されてるなら、逆にこっちが監視してやろう。もし次の報告でアリスが魔族だったって報告した時にまた考えようぜ。今はデビッドを信じてみよう」
そう言って、「それじゃあデビッドが戻ってくるのを待って飯行くぞー」と、先程までの深刻そうな雰囲気はなかったかのように鏡はそう宣言した。
アリスがデビッドは大丈夫だと信じようと思ったのであれば、鏡はそれを全力でサポートする。それが必ず、魔族と人間の共存の道への前進になる。それ故の行動だった。
その言葉にメノウは一瞬困ったような表情を見せたが、鏡のその宣言を聞いて嬉しそうな表情を浮かべるアリスを見て「了解した」とつぶやき、仕方がないとでも言いたげな表情でやれやれとため息を吐いた。
監視はタカコがやると名乗り出たため、身のこなしもよいし、鏡をのぞいて身体能力も高いことからタカコに任せることになった。
鏡はタカコの名乗り出に、別の意図が含まれているような気がしてならなかったが、そうだったとしても自分は困らないしまあいいかと、流してしまう。
それから、翌日のカジノオープンから一週間。デビッドが王国の諜報員にアリスが魔族だと伝えることは一度たりともなく、全て『不審な行動は見当たりません』と報告するだけだった。