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LV999の村人  作者: 星月子猫
第二部
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本当に大事なのは、金じゃない-8

「おっと失敬。そろそろ最後の搬入物が届くお時間になりましたので、ここで席を外させていただきます。運ぶのを手伝わなければなりませんからな、また後程戻って参りますので、よろしければクルル様、ここでお待ちいただけると幸いでございます」


 そこで、嘘にしか聞こえないタイミングで、神回避をするデビッド。だが至って真剣な表情と、丁重な物言い、そして普段の行いがそれは嘘だと言えなくしていた。


 デビッドは基本的にクルルの傍を離れようとはしないが、仕事はきっちりとこなす。本当ならゆっくりとこなせば良い仕事でも、全力かつ早急に片付けてしまうため、それだけクルルの傍にいる時間が大切なのだと一同は解釈していた。


 それ故、貴重な時間を使ってクルルの傍から離れようとしているデビッドを、さすがのタカコも何も言えなかった。


「んもぉ。休憩所で待っているから、終わったら戻ってきてね。今日はカジノオープンの前祝に皆で晩御飯を食べに行きましょう」


「ほっほ、それは楽しみですな。早急に片付けて参ります」


 すると、デビッドはまるで逃げるかのように一瞬にして休憩所から退室する。そして、デビッドが出て行ったあとを、屈強なその体格に似つかわしくない乙女顔で、タカコは指を咥えながら見送っていた。


 その光景を一瞬視界に映してすぐさま別の場所へと視線を移すアリスとクルル。


「さ、それじゃあ……続きをしましょうか」


 そして、そう言ってタカコが満面の笑みを浮かべながらアリスの肩を掴んだ瞬間、アリスはこの状況を解決する唯一の希望を失ったことに気付き、瞳から生気を失わせる。


「あら……? デビッドったら、手袋を忘れて行ったみたいね」


 だがその時、クルルが何かに気付いたかのように休憩所にあるテーブルへと近付くと、その上に置いてあった作業用の手袋を手に取ってそう言った。


「あれ、デビッドさんって手袋をいつもしていたかしら?」


「いえ……デビッドは手を覆うものをつけるのは蒸れるからという理由で普段は……でも、今からやる作業は搬入物を運ぶ仕事と言っていたので、手袋がないと手を痛めてしまうかもしれません。実際、そう思って用意していたのでしょうし」


 アリスは、それを聞いて瞳に生気を取り戻させ、ピーンと何かに気がついたかのようにクルルからパシッと手袋を奪い取る。


 アリスは、これはデビッドが用意してくれた脱出するためのチャンスだと即座に気付き、タカコとクルルが自分を捕まえようとするよりも早く行動に出た。


「これがないとデビッドさん困るだろうし、ボク、届けて来るね!」


「待ってアリスちゃん! それは私が!」


 タカコが必死の形相でそう叫ぶが、アリスは聞く耳を持たずに早々に休憩所から退室する。問答無用で立ち去ったアリスを大人気なく追いかけるわけにもいかず、折角巡って来たチャンスを逃したと、タカコはハンカチを口に咥えて全力で悔しさをそれにぶつけた。


「良かったぁ……さすがデビッドさん。服は動きずらいままだけど……あのままあそこで拘束され続けるより全然マシだし、後でちゃんと御礼言わなきゃ」


 休憩室から出た後、カジノ内のスタッフ専用通路を歩きながらアリスはそう呟く。その時ふと、クルルから奪い取った手袋を見て、デビッドの仕事が本当に搬入物を運ぶ作業だったら? と考える。


「なかったら……困るよね」


 恐らくは助けるために用意してくれたのだろうが、もしそうでなかったらの可能性を考えて、アリスはデビッドを探すために駆けだした。





 十数分後、カジノ内の至る場所を探して回ったが、デビッドの姿はどこにもなかった。


 搬入物の受け取りを行う場所に行っても、現場に居たスタッフに、まだ搬入物は届いていないと言われ、きっと別の場所で違う仕事をしているのだろうと思い、酒場の並ぶ通路へと行くが仕事を終えて帰ろうとするスタッフ以外誰もおらず、アリスを気に入ったスタッフ達がくれたお菓子以外に得られたものはなかった。


 途中、カジノ内の通路を歩き回る中、多くの帰ろうとしていたスタッフ達がデビッドを見たという情報を提供してくれたが、見たと言っていた場所に向かっても、結局デビッドはおらず、もしかしてバーに向かっているのかもと思い向かうがやはりおらず、清掃を行っていたスタッフ達に頭を撫でられて飴をもらうだけで終わった。


 どこに行ったのかいよいよわからなくなり、途中で見かけた「タカコの部屋」と書かれた怪しげなお店にいないかおそるおそる確認するが、開けてから0.5秒ですぐドアを閉め、アリスは礼拝堂へと向かう。


 礼拝堂にはティナがいたが、デビッドは見かけていないとのことで、ここに来たのは鏡とレックスだけで、二人も少し仕事を手伝った後、どこかに行ってしまったとのことだった。


「デビッドさん……どこにいるんだろ」


 カジノを歩き回る過程で大量にお菓子をもらったアリスは、鏡に渡されたぬいぐるみと一緒に両手いっぱいにお菓子を抱え、とぼとぼとカジノの外側にある倉庫付近を歩く。


 これだけ探しても見つからないのであれば、きっとどこかで入れ違いになって仕事を終え、もう休憩場に戻っているのかもしれないと考え始めていた。


「……では、……ことで」


 その時、聞き覚えのある声がアリスの耳に入る。ふと顔を上げて倉庫近くにある木々へと視線を向けると、デビッドが一人のスタッフらしき男性と会話しているのが視界に映った。


「見つけた……! デビッドさーん!」


 長い間探し回ってようやく見つけたからか、感極まっってアリスはそう叫んでデビッドに向かって手を振り、デビッドの元へと駆け出す。


 すると、アリスの張り上げた声にデビッドはすぐに気付き、視線をアリスに向けるとデビッドは「おやおや」と顔をすくめると、スタッフとの話を切り上げてアリスの元へと歩み寄ろうとする。


「……っあ!」


 だがその時、両手が塞がっている状態で慌てて駆けたせいか、アリスは足を引っ掛けて躓いてしまう。


「む……危ない!」


 足を引っ掛けたアリスを見て、即座に転ぶだろうと判断したデビッドはすぐさま駆け出し、アリスがこけてしまうよりも早く距離を詰めようとする。


 商人とはいえ、レベル77もあるデビッドは楽にアリスとの距離を詰めアリスの身体を支えることに成功する。だが――、


「あ……うぁ」


 支える時に勢い余って手をアリスの後ろ髪につけてあるリボンへと引っ掛け、そのままリボン毎、デビッドはアリスの右側の角につけてあった魔力を抑える布を取ってしまった。


 その瞬間、アリスの角からシュワシュワと少しずつ漂い溢れるように、魔族特有の魔力が漏れ始める。アリスは慌てて角を隠してデビッドから離れるが、溢れ出る魔力は誤魔化しようがなく、また、魔力を抑える布も、デビッドの手元にあった。


 デビッドの表情は、いつものニコニコとした笑顔ではなく、まるで、見定めるかのように静かで、どこか威圧さえ感じられるものへと変わっていた。その、なんとも言いようのない表情に絶望し、アリスは腰を抜かしてその場にペタンと座り込んでしまう。


 そして、ばれてしまったという事実に、アリスは瞳に涙を浮かべながら「どうしようと」と、必死にこの状況を切り抜ける方法を考えた。



「……素敵な装飾品ですな。鏡様からのプレゼントですか?」


「……え?」



 だが、予想外の言葉を向けられ、アリスは目をぱちくりとする。


 アリスの後頭部に生える右側の角は、布が解かれて完全にむき出しになっていた。だが、デビッドは先程まで向けていた見定めるかのような表情を解いて笑顔に戻り、倒れるアリスに手を差し伸べた。


 角からは、今現在も漂うかのように魔力が漏れている。さすがに、これがブルーデビルの角であるという誤魔化しも通じようもない。なのに、デビッドは意に介していないかのように、そう言ってきた。


「う、うん。鏡さんが作ってくれたんだ」


 そして、アリスも目を泳がせながらその言葉に合わせてそう答えを返す。


 すると、デビッドはそれでいいとでも言わんばかりに笑顔で一度頷くと、その手に取ってしまった魔力を吸収する布を差し出してきた。


「なるほど……それは布を巻いて丁重に扱い、大切にしなければなりませんな」


 明らかに魔族とばれたはずなのにも関わらず、角から放たれる魔力のことも、どうして今まで角から魔力が漏れていなかったのかも何も聞かずに、平然とした態度を取るデビッドに呆気にとられながら、アリスはその布を受け取る。


 受け取った後、いつ、誰が通るかもわからなかったため、アリスは慌ててその布を角に巻き付けようとするが、いつも解けた時はタカコか鏡につけてもらっていたため、上手くつけることが出来なかった。


「ほっほ、よろしければお手伝い致しますぞ」


 そして、慌てふためくアリスの様子がおかしかったのか、デビッドは愉快そうに笑いながらそう言って、アリスの角に布を巻くのを手伝った。


「これでばっちりですな。リボンもよくお似合いで、まるで幼少の頃のクルル様のような愛らしさでございますぞ」


「あ、ありがとう」


 何も言ってこないデビッドに対し、アリスは少し口籠りながらも感謝を述べる。


「それでは、私も後ほど休憩所に向かわせてもらいます。まだお仕事が残っておりますので、それが終わり次第、またお戻り致します。もし鏡様をお探しであれば、先程休憩所に向かうと言っておりましたので、アリス様もそろそろ戻られるといいでしょう」


 デビッドは、アリスの言葉を聞くと踵を返してそう言い。この場から去ろうとする。


 ぽけーっとした表情で、デビッドの言葉を聞いていたアリスだったが、その言葉を聞くや否や思い出したかのように再びデビッドに駆け寄り――、


「あ……あの!」


 そう言って、作業用の手袋をデビッドへと手渡した。


「おお、これはこれは。わざわざ届けてくれたのですな。ありがとうございます」


 すると、そう言って普通に受け取り、「それでは」と言って、結局何も聞かないままそのままデビッドは行こうとする。


 そんなデビッドに対し、『どうして何も聞かないのか』を問おうと、喉までその言葉が出かかるが、途中で気付いていない振りをしてくれているだけなのかもしれないと思い直し、一度口を閉じて――、


「こっちこそ、ありがとう!」


 代わりに、その言葉だけを再度放った。


 するとデビッドは振り返り、満足したように優しい笑みを浮かべると、「お安い御用です」と言葉を返し、そのままカジノの中へと消えて行く。


 対するアリスも、その笑顔を見てどこか満たされた気持ちになり、踵を返して再び鏡のいる休憩所へと、軽い足取りで向かった。


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