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LV999の村人  作者: 星月子猫
第二部
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本当に大事なのは、金じゃない-6

 その後、鏡はメノウに今すぐ帰って休むように指示を出し、残っていたスタッフ達には引き続き設備の整備と清掃を行って、明日の朝にまた来るよう言い伝えた。


 そしてそのまま、バーの方へと足を運ぶ。バーはメインホール内にも存在するが、簡易的なものでしかなく、本格的に雰囲気を味わいたいならメインホールの隣にあるバー通りへ行く必要がある。複数あるバーは店内の雰囲気や、お酒のジャンル毎に分かれており、多くの店が構えられているが、全てのお店の管理はタカコに任せてある。


 タカコは現在、アリスを着せ替えさせるので忙しいためいないが、それでも順調に作業が進んでいるのかを確認するべく、鏡は一店一店様子を窺いに行く。


 店に入る度にスタッフ達から「オーナー! お疲れ様です!」と頭を下げられる行動をどこかむず痒く感じながら、おおむね全ての準備が整っていることを確認した。


「さすがタカコちゃんだな……完璧な仕上がり……ん?」


 鏡がもう大丈夫だろうと安心したその瞬間のことだった。バーが並んでいる通路の外れの方に、自分ですらも把握していなかった異様な看板が視界に映る。外装は他と同じくバーのようだったが、その看板には、「タカコの部屋」という異様な文が書かれていた。


 危険な香りをプンプン感じ取りつつも、鏡は恐る恐るその扉を開ける。


 そして、中でバーの中をせっせと清掃し続ける三人のブーメランパンツにタンクトップを身に着けた筋肉の塊を視界にチラッと映した瞬間、鏡は扉をそっと閉じた。


 そして鏡は、何も見なかったことにしてバーの並ぶ通路とは反対の位置にある酒場へと向かう。


 酒場の担当はデビッドに任せていた。というのも、タカコとデビッド以外は営業の素人ほぼ同然のため、任せられなかったからだ。王女であるクルルはカジノで働いているという噂が広まればまずいので表で働かせられず、残る候補はレックスかデビッドしかいなかった。


 だが、レックスは生まれてからずっと己を鍛え続けてきた仕事経験のない脳筋だったため、とてもじゃないが仕事を任せられず、デビッドがやることになったのだ。


 ちなみにクルルは裏方で酒場で出す料理の手伝い、レックスには酒場のスタッフとして働いてもらうことになっている。


「……あれ?」


 酒場に来ると、スタッフ達が困惑した様子で酒場内の椅子に座っていた。どうしたのかとキョロキョロスタッフ達を眺めていると、同じように椅子に座っているレックスを見つけたため、近付いてどういう状況なのかの説明を求める。


「デビッド殿が……朝の内に全部やってしまったせいでやることがない」


 すると、レックスはそう呟いた。酒場内を見回すと、確かにほとんどの準備を終えているように見えた。お品書きはちゃんと用意され、各テーブルにお好みで使用する用に調味料も取り揃えられており、酒場内にあるおススメボードにも、既に『本日のおすすめ! シーフードサラダ!』と書かれてある。


 裏方の調理場に回ってみると、器具は各場所に取り揃えられており、材料を保管してある場所にはそれぞれの材料がきっちり分けられてあり、下ごしらえが必要な食べ物類も既に下ごしらえが終わり、大きな氷水が入れられた桶には、明日すぐにでもお酒を出せるように既に準備が行われている。確かに何もやることのない状態だった。


「あのおっさん優秀すぎて逆に怖いんだけど」


 むしろ一体どういう時間の使い方をすれば一人で終わらせられるのかと鏡は困惑する。


 確かにこれだけ出来るならあのタカコが惚れるのにも頷けた。だが、このまま何もせずにスタッフを放置する訳にもいかず、レックス達スタッフに「清掃しとけ」と命じると、「既に5回は繰り返しました……」と困惑した表情を見せながら一人のスタッフが答え返す。ピカピカに磨かれたテーブルがその事実を物語っていた。


「解散」


 結局、やることがないのであれば仕方がないと、スタッフ達を解散させて明日のために英気を養うように指示を出し、鏡はカジノ内に設けられた礼拝堂へと向かう。レックスも、もし終わっていない作業があるのであれば手伝うと言って同行する。


 礼拝堂内はメインホールの中央奥、酒場が並ぶ通路と、バーが並ぶ通路の間に挟まれた場所にある。礼拝堂内の準備に人手はそんなにいらないというティナの進言で、もろもろの準備をティナ一人で行っている。


「あ、鏡さん! レックスさん!」


 そして二人が礼拝堂内に着くと、ダンボールをせっせと運んでいたティナが二人に気付き、パッと明るい表情を見せた。礼拝堂内の準備はほとんど終わっていた。祭壇もしっかりと設置され、祭壇前に並ぶ長椅子には丁寧に布が被せられている。


「重そうだなティナティナ」


 鏡がそう声をかけると、ティナはダンボールを鏡に強引に押し付ける。


「そう思うなら手伝ってください」


 ティナにそう言われ、鏡とレックスは礼拝堂の中に置かれた大量の開運グッズ等を裏方にある倉庫へと手分けして持ち運んだ。重さ的に苦ではなかったが、何度も往復して運ぶめんどくささに、自分で発注したとはいえ少し量が多すぎたかもしれないと後悔する。


 それと同時に、この量を何も文句言わずに運んでいたティナに鏡は感心した。


「商品を置いてもらう以外は全部任せっきりだったけど。具体的にはどういう風にこの礼拝堂を使っていく予定なんだ?」


「むしろ礼拝堂作ったあなたが何で無計画なんですか」


「ティナがなんとかしてくれると思って」


「そういうのは作る前に私に一言かけてから実行に移してください」


 鏡の言葉にティナは頬を膨らませてジト目を向けながらそう言った。そして瞬時に視線を逸らした鏡にヤレヤレと溜め息を吐き、ティナは一枚の書類を鏡へと差し出す。


「礼拝堂と言っても、この街にはちゃんとした教会もありますし、孤児を引き取ったり、ここで生活する必要もないので基本的に雑務は清掃だけです。後は、24時間体制で鏡さんが押し付けてきた商品を販売するスタッフですね。これはもうデビッドさんにお願いして手配してもらっているので、大丈夫です」


「あれ、説教とかはしないのか? あのよく一日何回か人を集めて神の教えを説く的なの」


「カジノなんかで神の教えを説いたらバチが当たりますよ。ただでさえバチ当たりなのに、それにもしカジノで惨敗した人達が鬱憤を私にぶつけてきたらどうするんですか」


 そう言われて、鏡はなるほどと納得する。ティナはあくまでこの礼拝堂はカジノの中にあるというだけで、街の教会とは無関係であるという体を守ろうとしていた。さすがに鏡も、ここで神がどうたらと教えを説くのは色々とまずいのかもと考え直す。


「ん? じゃあティナは一体この礼拝堂で何をする予定なんだ?」


「私はクルルさんとレックスさんと同じく裏方で調理の手伝いです。この街の教会のお手伝いだってありますし」


「えー、じゃあ礼拝堂作った意味あんまりないじゃん。ほら、教会っぽいことしようよ、懺悔室も一応用意してるし、懺悔を聞くとかさ」


「懺悔は神父様がやるものであって、女性の身である私はしないですよ! そもそも修行中の身ですし」


「いや、そこは新たな宗教を作って、ティナが懺悔を聞くルールにしよう」


「嫌です」


 鏡のその提案にティナは顔をしかめてそう即答する。


 折角作ったのだからどうしても礼拝堂を上手く活用したい鏡は、頭を抱えてティナに礼拝堂でそれっぽくて、且つカジノにプラスに働く方法を模索する。


「あ……そうだ。相談室とかどうだ? 神に許しを乞うんじゃなくて、単純に相談って形で大敗した人達の心を癒してやってくれよ。どんだけ負けてもまた来ようって思えるようにさ」


「相談だったら私じゃなくてもいいじゃないですか」


「いや、一ヵ月一緒に過ごしたけど、ティナが一番相手の話を聞くのがうまいと思うぞ。俺的にはタカコちゃんよりも話しやすいと思う。些細な話でも過敏に反応してくれるし」


 鏡が指を立てながらそう言うと、ティナは「……うっ」と照れ臭そうに頬を紅潮させて否定せずに押し黙る。


「師匠、僕はどうだ? これでも喋りには自信があるのだが」


「あーレックスの話は5人中8人つまんないって言うな」


「人数の限界超えてないか!?」


「まあレックスはおいといてだ。一回試しにやってみようぜ」


 何気にショックを受けているレックスを無視して、鏡は両手を合わせて頼み込むようにそう言う。すると、ティナは少し悩んだ素振りを見せた後、軽く溜め息を吐いて――。


「……一回だけですよぉ」


 ヤレヤレと溜め息を吐きながらそう言って、礼拝堂に設置された懺悔室の話を聞く側が待機する部屋へと入室する。続いて、その隣にある部屋の中へと、鏡は入室する。


 懺悔室の中は椅子が一つ置かれているだけで何もなく、薄い壁一枚を隔ててティナと鏡は向き合うようにして、それぞれの部屋に置かれてある椅子へと座った。


「それで、鏡さんの相談したいことってなんですか? 悩みなんて無さそうですけど」


「まあまあ折角だから本番形式でやろうぜ、ちょっとティナも聖人っぽい喋り方してさ」


 鏡がそう提案すると、ティナはあからさまに嫌そうな声で「えー……」と呟く。だが、どうせ一回だけと思い直し、ティナは一度咳込むと、相手に表情を見られる訳でもないのに真剣な表情を浮かべて気持ちを切り替えた。


「迷える子羊よ。あなたが抱える悩みを打ち明けなさい」


 そして、丁重な物言いでそう言った。予想外にも雰囲気のあるティナの物言いに、鏡も真剣な表情になり、ゆっくりと口を開く。


「俺は……自分で作ったカジノなのに、その管理のほとんどを別の者に任せてしまいました。その結果、カジノ内に筋肉の塊しか存在しないとんでもないお店が出来あがっていました。どうすればいいでしょうか」


「強く生きてください」


 ティナにはそれしか言えなかった。

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