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LV999の村人  作者: 星月子猫
第二部
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本当に大事なのは、金じゃない-4

「い……いや、指を弾いて鼻糞でスライムを倒せるのは凄いと思うぞ師匠。他にも何かしら使えそうだし……そう嫌悪する必要もないような」


 レックスがそうフォローすると、鏡は頭をボリボリと書いて溜息を吐いた。


「確かに使えないって訳じゃないけど、普通のスキルに比べるとって話だ。何が嬉しくて指だけ強化されないといけないのか」


「使えるだけいいじゃないか、僕なんてまだ一つも覚えてないんだぞ」


「いやいや、そっちの方が夢があっていいじゃん。俺なんかもう覚えることだって出来ないんだぜ? レックスが覚えるスキルも、工夫しないと使えないスキルじゃなければいいな。工夫しようのないスキルだったら……まあ好きな飯奢ってやるよ」


 その言葉に、レックスとクルルはほぼ同時に『エクゾチックフルバーストAct5』を脳裏によぎらせ、憐れんだ表情を浮かべた。そんな中、アリスだけが『工夫』という言葉を聞いて何かを感じ取ったのか、鏡の服の裾を引っ張って質問しようとするが――。


「いたいた! 鏡ちゃーん! んもぉ……このダンジョン広いから随分探したわよ?」


 突如、奥の方から慌ただしく、一瞬モンスターと見間違える程のタカコという名の巨体が出現し、喉まで出かかった言葉を、『まあ聞く程でもないよね』と思い直し、アリスはタカコの元へと駆け寄った。


「びっくりした、新手のモンスターかと思ったらタカコちゃんだった」


「んもぉー鏡ちゃんったら…………お仕置きするわよ?」


「すみませんでした」


 いつものタカコの優しい笑みが一瞬棘のように鋭く変化し、鏡は反射的に土下座する。


「それで、どうしたのタカコさん? ここまでわざわざ来るってことは緊急の要件?」


 そして、土下座する様を見つめて苦笑した後、アリスはタカコに向かってそう聞いた。


 するとタカコは、「ちょっとトラブルがあってね」と、困ったような表情を浮かべてキョロキョロと誰かを探すように辺りを見渡し始める。そして、その視線が未だに固まった状態のデビッドへと止まると、タカコは満面の笑みを浮かべて身体をくねらせながらデビッドの元へと駆けて行った。


 そしてその光景を土下座していた鏡がチラッと視界に入れて、「こりゃもう駄目かもわからんね」と呟いた。


「デビッドさん聞いて頂戴、困ったことがあって……デビッドさん?」


「……ほへひ!? た、タカコ様ですか? ど、どうされましたか? こんな所にまで」


「ちょっとトラブルなのよ。カジノのバーや酒場で取り扱う予定のお酒は搬入されたんだけど……カジノにいらっしゃったお客様にお出しするサービスドリンク用のお酒と、カジノの商品として扱うお酒を注文し忘れていて……私のバーから持ってくるにしても数が足りないし」


 突然目の前に現れたタカコに慌てふためいた表情を浮かべていたが、その言葉を聞いて、デビッドは真剣な表情に切り替えて「ふむ……」と、一考する。その様子を見て、鏡は自分も参加するべき話だと判断し、二人の傍へと駆け寄った。


「行商人から買ったらいいんじゃないか?」


「サービスドリンク用のは少し値が張るけどそれで代用出来るわ。でも、商品として扱う物は少し高級なお酒の予定だったから、行商人から買うにしても数が足りないの。銘柄も揃えなくちゃなんないし」


 それを聞いて鏡も少し頭を抱えて困った表情を見せる。ヴァルマンの街にも酒蔵はあり、酒造しているが、元々予定していた物よりも安価で、カジノで扱う商品にするには足りない。


 というのも、相手にする客が貴族階級の人達がほとんどだからでもある。目の肥えた貴族達に、安酒を商品として扱うのはカジノの品位を疑われる可能性があるため、最高級な物を用意するべきというのがデビッドの提案だった。


「私の確認漏れよ……ごめんなさい鏡ちゃん」


「いいっていいって、タカコちゃんはよくやってくれてるよ。次の搬入待ってたら一週間後だし……自分から取りに行ったとしても三日は掛かるだろうしな。諦めて今ある商品だけでなんとかしよう。オープンに間に合わなくても後で取り揃えればいいし」


「お待ちください、まだなんとかなるかもございません」


 だがその時、ずっと考え込んでいたデビッドがそう呟く。


「恐らくですが……ここから少し離れた森を抜けた街道に、王都で取り扱っております酒蔵の酒を、サルマリアへと運ぶ荷馬車が通るはずです。彼らに交渉を持ち掛ければあるいは……遠出せずとも、売れるとなれば向こうも願ってもいないことのはずでしょう」


 それを聞いて、鏡は少し戦慄した。王都は貴族が多く集まる地でもあるため、品質を高めた高級な酒蔵の酒が多く、競争率も激しい。そのため、全ての酒が売れる訳もなく、遠征して各地へと売り込みに行くのはよくある話だ。


 だが、その酒売りが通る経路や、その日程までを知っているのはあまりにもおかしい話だった。


 普通その情報は、その酒を取り扱っている店と、取引をよくしているであろう現地の者でなければ知り得ぬ情報だ。なのに、特に関係も無さそうなデビッドがそれを知っている。


「なーんでそんなこと知ってるんだ?」


「いえいえ、こんなこともあるだろうと、事前に調べておいたのですよ。実際ちゃんと通ってくださるかは、まだわかりませんがな」


 デビッドはそう言うと、誤魔化すように「ほっほっほ」と軽やかな笑い声をあげる。


 カジノの手伝いをしてもらう上で、既にこのようなことが何度かあったが、デビッドはどこから仕入れたのかわからない情報を駆使していつもこうやって解決していた。


 事前に調べるにしても、一体いつ調べているのかと思う程に、その情報の入手経路がわからない。ただ、自分達とは比べものにならない情報網をデビッドは所持している。


 鏡はそう考えていた。そして、それはつまり、どこから誰の力を借りて監視されているのか、誰にどんな情報が行き渡っているのか、自分で把握しきれない状況に置かれているのを意味していた。


「それでもやっぱ暫くは……様子見だな」


 だがそうだとしても、デビッドは役にたつ。クルルの話の手前もあるため、無下に追い返すことも出来ない。何を考えているのかはわからないが、尻尾を掴んでいない状態でとやかく言うことは出来ないうえ、尻尾が掴めるような自分達にとって不利な出来事にもあっていないため、鏡は、暫くはこの優秀なスタッフを抱え込むことを腹に決めた。


 そしてその時、鏡がふとタカコに視線を向けると、あまりにもデビッドが仕事を出来るからか、凄まじい程にときめきうっとりとした表情をデビッドに向けていたため、鏡は「じゃあ後はよろしく」と言って、二人っきりにさせてあげることにした。





 翌日。朝からデビッドの情報を頼りに街道で酒を運ぶ荷馬車を待っていると、情報通り王都でも有名な酒造の酒をサルマリアに運ぶ最中の荷馬車が通り掛かり、デビッドの交渉の元、全て買い取ることに成功する。


 そして、一旦の問題を解決した鏡達は、オープンを明日に控えたカジノの準備で大忙しとなり、今日はクエストを一つも受注せず、建てたてほやほやのカジノ内で各自準備を行っていた。


「うーん…………やっぱアリスにはこれだろ。うん、これだ」


「わかってるわねぇ鏡ちゃん! あなたも中々やるわねぇ!」


「そこでその発想に辿り着くなんて……鏡さん。あなたは天才ですか!?」


 そしてそんな中、鏡とタカコとクルルだけは、カジノのマスコット兼お手伝い係となるアリスの、カジノ内での正装をどうするかを、たっぷり時間を掛けて決めていた。


 現在、アリスはクルルがチョイスしたひらひらのついた可愛らしいドレスに身を包み、タカコが選んだ髪飾りを着け、鏡に持たされた縫いぐるみを持たされ、着せ替え人形のように遊ばれていた。


 ちなみにクルルとタカコは真剣にコーディネイトしているが、鏡は面白半分である。

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