本当に大事なのは、金じゃない-2
鏡から受けた真実が相当ショックだったのか、デビッドはそれを聞くと驚愕の表情を浮かべて額に汗を浮かばせながら絶句した。あまりにも劇的な表情の変化に鏡は少し戸惑いを見せる。
「なんで……そこまで驚いてんの?」
今までにもタカコが女性と知って驚いたケースはいくらでもあったが、デビッドはどちらかというと、驚いたというより恐怖を感じているかのような表情だった。
「タカコ様とお仕事をこなしている途中ですが……肩を組まれたり、腰に手を回されたり、お尻をパンッと叩いて気合を入れてもらったりされ……『いい男ね、あなたみたいなしっかり者さんが来てくれるの……ずっと待っていたの。凄く心強いわぁ』と言われたりしたのですが」
「ああ、それは求愛行動だねぇ」
「恐れ入ります。それは、ギャグで………………言っているのです………よね?」
デビッドの問いかけを聞いて鏡はあからさまな態度で視線を逸らした。デビッドの表情から血の気がみるみる引いて行く。そして鏡は、なんとかしてくれと言われる前にそそくさと戦っているレックスに声援を送るアリスの元へと移動した。
「どうしたの鏡さん? なんか凄く哀れんだ表情してるけど……」
「いや、俺も嫁とか早く見つけた方がいいのかなって、考えなしに独り身でいると、とんでもないのにロックオンされることになるのかもってデビッドを見て戦慄した」
まだ放心状態に陥っているデビッドを見て、鏡は心底そう思った。ああはなりたくないと。正直なところ、タカコちゃんにロックオンされたら逃げられる気がしない。
地の果てまで追いかけて来そうな気しかしない。そんなのに狙われる前にさっさと落ち着くべきなのかと一瞬だが真剣に鏡は考えた。
「大丈夫、鏡さんにはボクがいるから」
すると、当然とでも言いたそうに胸にドンッと手をあて、アリスが自然な笑顔でそう言った。まるでもう確定しているかのような態度を見せるアリスに、鏡は思わず苦笑を浮かべると「十年後に独り身だったらな」と呟く。
その言葉に一瞬不満そうな表情を見せるが、嫌と断られなかっただけマシだと前向きに考え直すと、はにかんだ笑顔を見せた。
「じゅ……十年後に独り身だったらアリスちゃんと結婚って……な、何考えてるんですか!」
そして、聞いていたのか突如慌てふためき出すクルル。その傍らで再びダメージを蓄積し始めるレックス。
「クルルさーん。レックスがこのままだと死んじゃうけどダイジョブ?」
「あ、あわわ……す、すみません!」
鏡がそう声をかけると赤面してすぐさまレックスに回復魔法をかける。だが、回復魔法が終わった直後、クルルは鏡に顔を近付けて再び「どういうことですか!」と詰め寄った。
「いや、だから十年後で、しかも誰もいなかったらだって。気持ちはわかるけどさ、いくら今放心状態だからってデビッドもいるんだし、あまりアリスがあれだからって否定的なことを言うのはさ……」
「鏡さんは今23歳ですよね? 十年後って……その時は三十代のおじ様じゃないですか! アリスちゃんはまだ14歳ですよ! しかも売れ残ったら結婚なんて、そんな身勝手な歳の差結婚はアリスちゃんがかわいそうです! 許しません!」
「あ、そっち?」
てっきりアリスが魔族だから、魔族と人間が結ばれる事態を許さないとでも言うのかと思っていた鏡は少し拍子抜けた表情になる。
そしてクルルの言葉に意味をよくわかっていない表情でアリスが「ボクは全然構わないよー」と言うと、「駄目です! 命短し恋せよ乙女という古い言葉があって……」と、若い時期を無駄にするな、早期決着がうんぬんと、抜け駆け出来るが、アリスの立場を思って正々堂々と勝負しなければという微妙な誠実感が垣間見える解説が始まる。そしてその間も勿論、レックスはブルーデビルにボコボコにされていた。
「よ……ようやく倒せた。まさかこんなに想定外なことばかり起きるとは……凄いな師匠は、僕は……心が何度か折れそうになったよ」
「いや、お前の心が折れかけたのは大体クルルのせいだけど?」
レックスが遂にブルーデビルの姿をお金へと変化させ、勝利の雄叫びを上げたのはそれから十数分後のことだった。本当に心が折れかけているのか、レックスの瞳が少しだけ虚ろになっており、それを見たクルルが申し訳なさそうにしゅんっとした表情を浮かべる。
「ところでデビット殿はどうしたんだ? さっきからちっとも動かんが」
「デビッドさんは新たな試練に立ち向かおうとしてるんだ。邪魔すんなよ」
それを聞いてレックスは困惑した表情でデビッドに視線を向けたが、すぐにタカコちゃんに狙われていることを教えられると、すぐさま憐れみの表情に変化した。
「それで、どうだ? どれくらい経験値が入ったんだ?」
鏡がそう言うと、レックスはすぐさま自分のステータスウインドゥを目の前に展開する。レベルは、ステータスウインドゥに表示されている経験値の量を表示するゲージが満タンになることで上昇する。
レックスがブルーデビルと戦う寸前に確認した経験値のゲージは1割も溜まっていなかったが、先程の戦闘で2割程までゲージが上昇していた。それを見て、レックスが目を見開いて絶句する。
レベル差による経験値だけでレベルを上げようと思えば、相手と自分のレベル差にもよるが、レックスとブルーデビルのレベル差だと30体は倒さなければゲージは満タンにならない。なのに、クルルと経験値を分けたにも関わらず、たった一体だけでゲージの2割を埋める程の経験値を手に入れたことに、驚愕するしかなかった。
「こんなにも……経験値が?」
「お、結構入ったな。まあ、毎回半端じゃない程苦しい思いしないと手に入れられないけどな」
「だが早い。なるほど……師匠がその若さでそのレベルに辿り着ける訳だ」
「俺は自動で回復するスキルがあったからな。今はクルルがいるからいいけど、その内クルルを連れて歩けなくなるくらい強い相手と戦わないといけないから、今程スピード出せなくなるぞ? 死んだら元も子もないしな」
そう言うと、レックスは少し悩んだ表情を見せる。ポーション等の薬品による回復は、その効果が発揮する使用回数が限られているため、死を前提とした戦いにおいてはあまり活躍しない。となると、あまりにも強すぎる相手と対峙し続けようと思えば、鏡のように断続的に一定量回復し続ける手段がないと厳しかった。
自分のレベルが上がれば、必然的に戦う相手も強くなる。そうなれば、連れて歩けるパートナーも死なないくらい強い者でないといけない。もしくは自分で回復手段を覚えるかだ。
「師匠は……その自動で回復するスキルをどの段階で手に入れたんだ?」
「一番最初に覚えたから100だな」
「100か……僕も回復系統のスキルを覚えられたらいいが」
「無理そう。あの魔族のエステラーとかいうおっさんも言ってたけど、超レアケースみたいだし、しかも村人って他とは違う変なスキルしか覚えないみたいだしな」
鏡がそういうと、困り果てた表情でレックスは溜め息を吐いた。だがすぐさま、何か思いついたかのように真顔になり、鏡に視線を向ける。すると――。
「師匠のスキルはその自動回復と、以前僕達に見せてくれた限界を超えるスキル2つと……他にどんなのがあるんだ? 残り7つはあるだろ?」
ふと思った疑問を鏡に問いかけた。