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LV999の村人  作者: 星月子猫
第二部
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だから俺は、守銭奴になることにした-8

「デビッド……どうしてあなたがここにいるのですか」


 相変わらずとでも言いたげな表情でヤレヤレとクルルはそう呟く。だが、すぐに真剣な表情で「それはこちらの台詞ですよ」と、言ってきたデビッドを見て、少しバツが悪そうに口を閉ざした。


「クルル様が魔王討伐を放棄し、この街に滞在していると報告を受け、私が確認する任を王から承り、こちらに参りました。最も、既に理由はレックス様と鏡様からお窺い致しましたが。魔王を倒すために修行をし直すがてら、資金を集めているとのことですな」


 デビッドの説明を受け、クルルは鏡に視線を移す。すると鏡は「そういうことにしておいた」と言わんばかりに無言で合図を送る。


「その通りです。鏡さんはレベル999の境地に辿り着いたお方……この方の元で日々を過ごせばきっと今よりも成長出来ると判断しての滞在です。私の目標は何ら変わりありません。お父様にはそう伝えてください」


 そして、鏡の合図の意図を読み取ったクルルは、デビッドの言葉に合わせてそう言った。


「それが本当であるかを確かめる任も承っております。大変恐縮ではございますが、少なくとも一ヶ月間は監視させていただきますぞ」


「あなたが……ですか?」


 その言葉に、クルルはげんなりとした表情を見せる。


「毎朝起こしに参りますね」


「来ないでください」


「ほっほっほ、昔は毎朝私が起こしに参ったではございませんか」


「それは幼少の頃の話でしょう。今年で18歳になる女性の寝室に忍び入る理由にはなりません!」


「今も昔も関係ありませんよ。私は今も昔もクルル様の召使いですからなぁ」


 言い合っているように見せかけて、二人は親しげな優しい笑みを浮かべる。はたから見ても二人が古くからの関係であるのがわかる光景に、鏡は少し怪訝な表情を浮かべた。


「どうしたんだ師匠? 怪訝な表情を浮かべて」


「ん? ああいやちょっとな、あの二人って仲がいいんだな」


「デビッド殿はクルルが生まれた時から召使いとして仕えているらしいからな。年は倍以上離れてはいるが、ほとんど身内のように感じているとは思う」


 そのレックスの言葉を聞いて、鏡は更に怪訝な表情を強めた。


「だから、何が気になっているんだ師匠」


 手を顎に置いて、何も言わずに悩ましげな表情を浮かべる鏡を見て、レックスが説明を求めると、鏡はレックスを連れて広場から少し離れた場所へと移動する。


「デビッドが何をしようとしているのかがわからん」


 そして放たれたその言葉に、レックスは不可解な表情を見せた。


「僕はそう思わないが? 報告があって実際どうなのか確かめに来ただけだろう?」


「いやいやよく考えろって、そもそも滞在していたってだけで、監視までされんのは変な話だろ? しかも一ヶ月間も何を監視するんだ? 『魔王を倒すために修行し、お金を集めるために滞在していました』その事実を確認するのに、つきっきり確認する必要があるのか? 今までの旅には、ちゃんと旅をしているか監視役なんてつけていなかったのに?」


 その説明を受けて、レックスもようやく「なるほど」と言って、怪訝な表情を浮かべた。そうなって来ると、何か裏があるような気がしてならなかったから。


 監視というのは行動通りにちゃんと動いているかを確かめるため、もしくは何かを探るための二択に分かれる。『街に滞在してレベルを上げて、お金を貯める』という目的は、別に監視せずとも週に一度確認すればちゃんとやっているかどうかなんてわかることだった。


 クルルと親しいデビッドを送り込んできた理由もいまいち謎だった。どうしてデビッドなのか? ずっと召使いをやってきたデビッドが、監視役に選ばれた理由。もしも、本格的に監視をするつもりならば、私情を挟まない存在が監視役として来るべきだった。


 なのに、私情を挟む余地のある者がここに来ているのは何故か? それが鏡にとって不可解だった。


「ただ、クルルの傍に居たかったからとか?」


「かもしれないけど……どうにもそうは思えないんだよな。とりあえず、きな臭い何かを感じる。注意しとけよ、特にアリスとメノウの前ではな」


 『もし何か目的があるのであれば』を想定して、恐らく対象となっているだろう二人の名前を鏡は真剣な表情で口にする。そして、それがつまりどういう事なのかをすぐさま理解したレックスは同じく真剣な表情を浮かべて頷き、二人は広場へと戻って行った。




 かつて、東京と呼ばれた土地に、海沿いまで円形に囲むかのように設置された巨大な防壁。その内側に絶え間なく広がる街の風景。きっちりと建物が敷き詰められている訳ではなく、自給自足が行えるように一定の土地の猶予を保ちながら、中央に存在する巨大な城へと建物が収束するように広がっている。


 モンスターも魔族も一切存在しない広大すぎる城下街。その中央に存在する要塞のような城。正面からは侵入不可能とも思える程に大きくそびえ立つ城壁。そして城自体も天に届くのではないかと思う程に高く建てられている。そんな城に住まう王を討ち倒そうと思うのであれば、城内に存在する高レベルで能ある役割を持った多くの兵士と戦い、螺旋状に続く果てしなき階段を登り、最上階に存在する王の間に辿り着かなければならない。


「まさかクルルがな……信じられん話だが」


 その王の間の最奥に置かれた玉座に腰を掛け、包み込むかのような優しき目元を持ち、見る者に安心感を与える凛々しい顔立ちをした四十代後半くらいの男性がそう呟いた。


 身に纏った高価な装飾が施された鎧と服とマントを羽織っているせいか、威圧にも感じられる威厳がその男性から放たれている。


「ですが……事実です。悲しいことに、その事実はあなたが目指している結末とは大きく異なるはず。そうならないためにも、お早くの決断を」


 そしてその玉座の前で膝をつきながら、ウェーブの掛かった紫色の長髪をした女性が顔を地面に向け、そう言葉を吐き出す。


「そう早まるな。それが事実かどうかを、今確かめているのだ」


「確かめるまでもありませんわ。だって私がこの目で見てきたのですから」


「……ワシは、お主がクルルとレックスのパーティーに入っていたことを知らん。故に、お主の吐いた言葉をそうやすやすと信じる訳にはいかんのだ。とはいえ、お主は色々と知りすぎている」


「時間の問題ですわ。例えすぐに信じていただけなくとも……事実には変わりありませんから」


「パルナ……といったか? あれ程までに魔族を憎むよう洗脳を施したレックスとクルルの意志を曲げさせるその村人はどんな人間なのだ? そして、あの二人が惹かれた存在にお主は何故惹かれなかった? ワシにこのことを報告すれば、富と地位が与えられるとでも考えたか?」


 その言葉を受け、ずっと顔を伏せていたパルナは、まるで「馬鹿馬鹿しい」とでも言いたげな皮肉った表情を浮かべると、首を左右に振って、それを否定した。


「富と地位なんて私には必要ない。私にはあの村人は、最初から最後まで不可解でなりませんでした。どんな人間に見えたかは、クーちゃんとレックスにでも聞いてください」


「ならお主は、何を望むのだ?」


「魔族がこの世に存在しない世界。それこそが私が求める報酬」


 そう言うと、王は怪訝な表情を浮かべ、パルナの酷く歪んだ醜い表情を見据えた。魔族がこの世に存在しない世界を求めるのは、この世界の人間であれば誰もが望む理想の世界だ。だが、それは願望にすぎない。


 王は、パルナのその表情から使命に似た執念と、憎悪を感じ取り、厄介な存在を抱え込んでしまったのではないかと溜め息を吐いた。


 だが、パルナのような憎悪や執念はないが、それに匹敵する使命感を王は持っていた。魔族を討ち滅ぼし、人類に安寧を与える。今まで誰もが成し遂げることが出来なかった偉業を果たすために、多くの手段を選び取ってきた。数々の勇者を送り出し、遂には娘までもを魔王暗殺のために送りだした。


「もし、お主の言っていることが事実であるならば……」


 早急に手を討つ必要がある。手塩にかけて育てた戦力をみすみす奪われる訳にはいかない。奪われたのならば、奪い返せばいい。心が揺れているのならば、また自分の元に戻せばよい。魔族と違って人間であるのならば、その手段は『王』の役割を持つヘキサルドリア国の主、シモン・ヘキサルドリアにはいくらでもある。


「それでは王よ……私はこれにて、既に調査の者を送り出しているとの情報、安心致しました」


 そう言うと、パルナはその場から立ち上がり、踵を返して王の間から立ち去る。


 そしてパルナが出入り口である王の間の扉を閉じた時、先程見せていた醜悪な表情とはうって変わって、しおらしく、どこか寂し気な表情を浮かべて溜め息を吐いた。


 まるで、覚悟が変わらないように王の間の中では『そういう自分』を演じていたかのように、震える手をぎゅっと握り締めると――――。


「…………魔族は、滅びるべき存在なのよ」


 そう言って、パルナは城内の螺旋階段を一段ずつゆっくりと降りて行った。

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[一言] パルナこそ操られてそう
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