だから俺は、守銭奴になることにした-2
「…………チラッとこっち見ないでください」
「あら? だって私はティナちゃんでもいいと思っているものぉ。ティナちゃん身長は小さいけどスタイルいいし……適役だと思うんだけどねぇ」
身長の低さを言葉にされ、少し怒ったのかふんっと視線をタカコから逸らし、「チビなのでお断りします!」とはっきりとティナは宣言する。
ティナはこの一ヵ月間、ヴァルマンの街の北側の住宅街を越えた先にある教会に身を置き、日々日々迷える子羊(本人談)を導きながら、たまに鏡達のパーティーに加わってダンジョンへと潜るという生活を送っていた。
「ティナティナは駄目だ。バニーガール以上にやってもらわないといけないことがあるからな」
「ティナティナ…………はともかく、私にやってほしいことって何ですか?」
「教祖」
「え? すみません。よく聞こえなかったです。何をやれって言いました?」
「教祖」
至って真面目な表情で宣言したその言葉に、ティナは少しだけ頭を抱えて「教祖って……つまりえーっと」と呟きながら一考する。
「私に……宗教を開けと?」
「その通りでございます教祖様」
「いやでございます」
きっぱりとそう言い切ったティナを見て、鏡は信じられない表情を浮かべながら「それは……ギャグで言っているのか?」と、ガタっと席から立ちあがって呟いた。
「本気で言っています! ていうかなんで教祖なんですか?」
「あれだ。カジノに負け続けて心が黒く濁りに濁りまくった人達の心をティナが救い。運気アップグッズを売りつけつつまたカジノに来てもらうっていう寸法よ」
唖然とした表情で話を聞き続ける周囲を気にせず鏡は「ティナさんの宗教に入ってから世界が変わりました。今では毎日カジノに行っています。宝くじも当たりました」と売り文句はこれでいこうと提案し、その後も宗教に関する言葉をつらつらと述べ続ける。
鏡の話をまとめると、カジノの中に教会を作ったため、それを利用して儲けようという腹黒い考えを提案してきただけだった。
「神に仕える私に神を利用して金儲けをしろと!?」
「ばっきゃろぉティナ! ティナばっきゃろぉ! 俺達は神をぶっ飛ばすという最終目標のためにとりあえずお金を貯めるんだ、つまりぶっ飛ばす対象の神を使って儲けるのは別に変ではない! なぜなら敵だから! モンスターと一緒!」
「いや……ええ、それって私の存在理由を否定していません?」
「ソンナコトナイヨ」
その後、交渉に交渉を重ねた結果。教会としての普通の仕事をカジノでもやりつつ、カジノと提携している運気アップ関係のアクセサリーグッズをカジノ内にある教会に置いて飾るという条件で、ティナはカジノ内の教会で働くことを承諾した。
「それで師匠、僕はどうすればいい?」
次にレックスが、カウンターから席を立って鏡の元へと近付き、そう聞いた。
「んーチクビ君、その師匠って言うのそろそろやめません?」
「ならあんたもチクビって言うのをやめろ」
レックスは、一ヵ月前のサルマリアの襲撃以来、鏡をずっと師匠と呼んでいる。というのも、自分の今までの生き方を改めるために、鏡の傍で色々と学びたいというのが目的だった。
今まで魔王を討伐するために、勇者という役割に縛り付けられて生きてきたレックスは、鏡の役割に縛られない自由な生き方に素直に憧れ、自分の意志で本当にやりたいことを見つけるために、鏡の生き様を追うことを決意した。その決意の証か、特に稽古をつけているわけでもなくレックスは勝手に鏡を師匠と呼んでいる。
勇者が村人に教えを乞うという、普通ならありえない行為。価値観を自分から壊し、前に進もうとする姿勢を嬉しく思っているのか、鏡も師匠と呼ばれること以外はとやかく言わず、一緒になって色々と行動している。
「レックスよ……師匠として命じる。師匠と言うのをやめるのじゃ……! 免許皆伝!」
「勘違いするな。僕があんたを師匠って言っているのは敬意を持っているからだ。立場はイーブンだ。僕が勝手にあんたを師匠って呼んで、あんたの生き様を観察しているだけだからな」
「え? たち悪くない?」
「だから、その代わり色々と手伝っているだろう! 1万ゴールドを集めるというのは、あの魔族の男……エステラーの言葉の真意を知れるという僕のためでもあるしな」
「よし、じゃあお前はトイレ掃除係で」
「待ってくれ師匠」
それから十数分間、鏡とレックスによる役割分担の討論が行われた。そんな最中、目の前で言い争う二人を見ながら、その集まりの中に魔族である自分が自然に混ざれていることを嬉しく思い、アリスは終始笑みを浮かべながら醜く争う鏡とレックスを見守り続けた。
「じゃあトイレ掃除はアリスで」
「ちょっと待って欲しいな鏡さん」
そして、放たれた最終的な結論にアリスは真顔になりながらストップをかける。
今度は鏡とレックスだけでなく、ティナ、クルル、アリスも加わりぎゃーぎゃーと言い合いが始まり、その光景を見てカウンターに座っていたタカコとメノウが微笑ましく笑みを浮かべた。
「ところで鏡ちゃん。根本的な問題になるんだけど、私達だけで人手は足りるの?」
そこで、タカコが役割分担の話から抜け出せない鏡に向かってそう言葉をかける。すると、鏡は一瞬思い浮かべるように悩む素振りを見せた後、真顔で、
「全然足りんね」
そう答え返した。
タカコにはその言葉が返ってくるのが容易に想像できた。
鏡が持ち合わせていた総資産が5547ゴールド。その内の847ゴールドを建設費と準備にあてた。そして、この一ヶ月でクエストをこなしつつモンスターを倒しまくって約300ゴールドを集めた鏡の現在の総資産は約5000ゴールド。残りの5000ゴールドを残り11ヶ月間で集めるのが当面の目標である。
本人曰く、「2年あればゴリ押しでなんとか集められたかもしれない」らしく、こんなことなら本格的にお金を溜めておけばよかったと後悔していた。
とにもかくにも普通のやり方では年内に5000ゴールドを集めるのは不可能ということで、鏡の提案で作ることになったのがカジノだった。
カジノであれば、ギルドや冒者達は勿論、金を持て余した貴族連中もじゃぶじゃぶお金を落とすだろうという汚い発想の元の提案である。
とにかく稼げることなら何でもするということで、表向きはカジノがメインだが、店の中にはレストラン、バー、酒場、教会、大浴場等の施設も揃っており、娯楽施設としてはかなりの設備が揃っていた。
だがそんな大規模なカジノを運営するのに、はっきり言って人が足りない。
海と面しているヴァルマンの街は広大だ。貿易商が集まり多くの傭兵団や冒険者達、各ギルドの連中が集まり賑わえる程の広さがある。
そんな広大な街に集まる全員を含め、王国の貴族達もターゲットにしたカジノを建てるとなればそれなりに大規模なカジノを作る必要がある。その結果、ヴァルマンの街にあった使われていなかった港の一部と周辺の土地を買い取り、海に面してカジノを建設した結果、ヴァルマンの街全体の二十分の一はあるであろう大きさのカジノとなってしまったのだ。
「気合でなんとかなると思ってました」
「ならないから今、焦っているんじゃないの? もっと早くに人手は募集しなきゃダメでしょ? この一ヶ月間……何をしていたのかしら?」
「あの、その……ダンジョンに潜って……その……モンスターを……ぶっ飛ばしてました」
一人の営業者としてタカコは鏡を正座させて説教を始める。そして、前途多難すぎる現状に、鏡を除く全員が深い溜め息を吐いた。