第五章 だから俺は、守銭奴になることにした
「今日集まってもらったのは他でもない……オープン一週間前を控えた今、俺達の役割をどうするかの話し合いをするためだ」
ヴァルマンの街の中央近く、住宅街の隅にある薄暗い妖艶な雰囲気が漂うバーの空間にて、鏡が深刻そうな表情を浮かべながらダンッと机を叩いてそう呟いた。
バーの中央にあるテーブルには鏡、アリス、クルル、ティナが座り、カウンター席にはタカコ、メノウ、レックスが座って黙りながら鏡に注視している。
カウンターの奥では、本来店長を務めているタカコに代わり、ケンタ・ウロスがグラスを磨く作業を行っている。
鏡が最初に机を叩いてこの会議のお題を口にしてから少しの間沈黙が続いたが、それを破るかのようにタカコが音を起てずにスーッと手を上げた。
「私は……バニーガールを希望するわ」
そして、タカコがその言葉を放った瞬間、その場に居た全員が戦慄した。
戦慄しすぎて額から変な汗が出る程に戦慄し、タカコの隣に座っていたメノウはまるで『こいつ……マジか』とでも言わんばかりに驚愕し、口を開いて至って真面目な表情で手を上げ、堂々たる姿のタカコを凝視している。
魔王軍によるサルマリアの襲撃から一ヶ月程の時間が経過していた。
エステラー率いる魔王軍と戦ったあの日、制限解除を行った鏡は丸一日動けなかったが、翌日にはアストロでの戦いの跡地でモンスター達が落としたお金を回収する程には回復していた。鏡曰く、恩義を知らないハイエナ共のせいで回収できたお金は3ゴールドにも満たなかったとのこと。
無論、街ではサルマリアを救った英雄として盛大に称えられるが、特に名誉を必要としていない鏡は、歓迎されるよりも早くタカコとアリスとメノウを連れて魔王城へと出立する。
その後を追って、レックス達も魔王城へと向かうが、魔王城はもぬけの殻だった。普段であれば魔王から発せられる濃密な魔力が紫色の霧となり、その魔力によって生み出されたモンスター達で外も城内にもモンスターが溢れかえっているはずの地は、一切霧が発生しておらず、ただの断崖絶壁の崖上に建つ壮大な古城と化していた。
結局、魔王城で得たのは20ゴールド程の宝石だけで、元々いるとは思っていなかったが魔王とエステラーの姿も無く、進展が何もないうえ英雄扱いされているサルマリアでは落ち着かないという理由で、鏡達は一度ヴァルマンの街へと戻って来ていた。
同じく、魔王討伐を目的にしていたレックス達は、大きな旅の目的を失い、どうすることも出来ないため鏡と一緒にヴァルマンの街へと戻る。
魔王を倒すにしても救うにしても1万ゴールドのお金が必要である現実に変わりはなく、1年経過すれば戦えるには戦えるであろうが、サルマリアでの戦いから予想して、大きな被害をこうむる事になるだろうという理由から、レックス達も鏡と共に1万ゴールドを集める目的に力を貸すことになった。
無論、そこに魔王を倒すという目的はなく、純粋に鏡の意志に賛同し、鏡の元でより多くの知識を得たいという想いがレックス達にあった。
『まず、知ることから始めたい。それから、自分の意志でどうするかを決めたいんだ。あんたの傍で学ばせてくれないか?』
その言葉に鏡は快く承諾し、共に1万ゴールドという大きな目的を目指すことになった。只1人、魔族との共存を最後まで快く思わなかったパルナだけを除いて。
「た、タカコ殿? タカコ殿には他にもっと相応しい仕事があると私は思うのだが」
「バニーガール以外に相応しい仕事なんて……あるの?」
気迫のあるタカコのバニーガール欲により、戦慄が更に加速する。
ヴァルマンの街に戻った鏡達はすぐさまどうやって1万ゴールドを集めるかを話しあった。その時に所持していた鏡の総資産が5547ゴールドだった。つまり、残り約5000ゴールドを1年以内に集めれば良かった。その一つの案として鏡が提示したのがカジノの建設だった。
貴族の金持ちをターゲットに、カジノの掛け金のレートを高く見積もれば大きな収益があると考えたからだ。無論、勝敗によってはカジノ側が負担する必要があるためリスクはある。だがそこはカジノ側に有利なゲームを用意、考案する方針である。
王族であるクルルにお金をカンパ出来ないかを聞いてみるが、自分自身はそんなに多くは持ってないらしく、父親に頼んでも恐らくそれは無理とのことだった。何故かはわからないが、クルル自身も旅に出る前にギルドに置かれている強力な装備やアイテムが必要だと申し出たらしいが、「ならん」の一言で跳ね除けられたとのことだった。
現状を伝えれば、今ならお金をくれるのでは? というタカコの考えから再び頼みにクルルは王国へと戻るが、それでも「ならん」の一点張りだったらしい。
『魔王を討伐してくれって頼んでいるのに、お金の問題で協力しないってどういう事なの?』
という鏡の言葉から推測し、エステラーの言っていた世界の仕組みと、王国は何か繋がりがあるのではないかと考えるが、結局、それを証明する術は無く、自力で1万ゴールドを集める以外に手段はなかった。
カジノを建設、準備に掛かった費用が546ゴールド。ほぼ5000ゴールドを残りの1年で稼ぐ必要性がある。
そして鏡の考えでは、普通にカジノを運営するだけでは1年で5000ゴールドとか無理という判断だった。そのため、他に稼ぐ手段を色々目論んではいるが、とりあえず一週間前に控えたカジノの運営の準備をするためにこうしてい今集まっていた。
「タカコ殿……タカコ殿はカジノ内にあるバーの管理をするのが良いと思うのだ」
「あらメノウちゃん? 店長に口出しするの?」
タカコの一睨みでメノウは口籠る。鏡の活躍とラッキーにより、生成されたスポーンブロックを再度発見し、メノウにもアリスと同じく魔力を抑えるための布が支給された。
それから、人間と同じ環境で生活が可能になったメノウは、この一ヶ月間タカコの元でバーの手伝いをしつつ、稼いだお金でアリスにお小遣いを渡すという平凡な生活を過ごしていた。
「タカコちゃんのバニーガールはあれだ。男達には刺激が強すぎると思うんだよ。刺激が強すぎてあれだ、教育に良くない。いや、ほんと」
至って真面目な顔で提案するタカコに対し、真面目な表情で鏡がそう言葉を返した。
「ぼ、僕もタカコさんのバニーガール姿は刺激が強すぎると思うなぁ……色んな意味で」
「あら……アリスちゃんまで? そうよねぇ……色気が溢れ出ちゃうわよねぇ」
そのタカコの言葉に、アリスは視線を一切合わさずに「ウン……ソウダネ」と、言葉を返す。
アリスはこの一ヶ月間、鏡と共にカジノの建設、お金集めの旅に同行していた。まるで、兄妹かのように傍を離れようとせず、「鏡さんのため」という名目の元、鏡のサポートをずっと行っている。
鏡自身、最初は足手まといになるかと考えていたが、手際が良く、色々と助かっていると感じていた。
「そうよねぇ……私がバニーガールだと目に毒よねぇ?」
「そうそう、目に毒すぎてもう溶けちゃうくらいだから、バーの管理頼む」
最後に鏡が念を押すと、タカコは溜め息を吐きながら「仕方ないわね」と承諾する。
「バニーガールはクルルちゃんに譲るわ」
「え!? いや、わ、私はそんなハレンチな恰好は絶対にしませんよ!?」
「じゃあ何をするつもりなの?」
「それを今から決めるんです!」
顔を真っ赤にしながらタカコに向かってクルルはそう叫んだ。
クルルはこの一ヶ月間、アリスと同じく鏡に同行し、回復役として鏡の援助を行いつつ、タカコが運営するバーの手伝いや、カジノ建設の手伝いを行い、ヴァルマンの街に滞在していた。王族育ちとはいえ、元々冒険者として旅に出ていた身でもあり、下民の生活にもなんの困難もなく慣れ過ごしている。