答えなんて自分次第だから-9
白いオーラは風圧を発生させる勢いで鏡を中心に周囲を渦巻くように放出される。あまりにも唐突な明らかな変化に、全員がその光景に怪訝な表情で視線を向けた。
『何だそれは……まだ何かあるのか?』
「俺がレベル900の時に覚えた使えるけど使えねえスキルだよ。使ったら一切動けなくなるしHPが10になるクソスキル。その代わり、基本ステータスのニ倍の力を得られる」
『二倍……!?』
驚愕せずにはいられなかった。鏡の今のステータスで二倍ということは、それは瞬間的にとはいえ、LV999の勇者に近い力を得るということだったから。
「本当はあれともっと戦って強くなりたかったけどさ、今回の目的はそうじゃないだろ? だからあれを確実に倒せるまで強くなって……これが最後だ。力比べしようぜ」
その瞬間、レックスは鼻で笑ってしまった。誰かに教えられるまでもなく、どうして鏡が強くなったかに気付けたから。経験値を得ることで強くなれるスキル、そして強い敵と戦うと得られるもの、そして、何故鏡が素手で戦おうとするのかの理由を考えれば、もう導き出される答えは一つだった。何かに頼ることなく、己の力で駆け上がろうとしているが故なのだとレックスは気付けた。
「だが、今は目的が違う。ならば村人……いや、鏡! これを使え!」
その瞬間、レックスは鏡に自分が持っていた剣を鏡に投げつけ、鏡もそれを片手で受け止める。
「伝説の剣程ではないが、名匠が打った業物だ。行け! 目的を果たして来い!」
レックスがそう言いきり、鏡が微笑を浮かべた瞬間、その場に居た全員が仰け反ってしまう程の風圧が発生し、直後、鏡の姿はその場から消え去っていた。すぐさま鏡が向かった先を視線で追うが、それでも鏡の姿を視認することはできなかった。
視認は出来ないが、所々で衝撃波が生まれ、アストロの大地が、爆発が起きたかのように削られて上空へと舞い散っていく。
そしてその視認できない衝撃波は徐々にメシアの元へと近付いていく、対するモンスターの軍勢も、向かって来る鏡に対して熱光線等の遠距離攻撃を仕掛けるが、一切当たらない。
【スキル:制限解除】
実際には、ステータスは倍にはならないスキルである。人間は、自分が持つ力の限界の30%程度しか自分の意志で発揮出来ない。その力を3分間だけだが一時的に70%まで解放するスキル。普段出せる力だけでも驚異的な鏡がその倍の力を引き出すだけ。それだけで、この世に存在する生物は太刀打ちできないだろう力を引き出せる。
「LV999が成長の限界で、それが世界の仕組みだとかふざけんな」
そして、数多のモンスターからの攻撃をくぐり抜け、メシアのすぐ足元にまで辿り着いた鏡がその場で立ち止まると、そう叫びながら、右手に持っていたレックスから渡された剣を強く握り締め、腰を深く落として構えた。
直後、目を見開いて全力で歯を食いしばると、鏡は持てる全ての力を出して地を蹴りつけ、垂直にメシアの元へと跳び上がった。
人間が出せる速度の限界を超えて打ち出されたその人間大砲は、只跳び上がるだけではなく、メシアの周囲に存在した多くのモンスター達を吹き飛ばす程の衝撃波を生み出し、そして一直線にメシアの元へと向かっていく。
ただの村人の鏡が、いや、村人だったからこそ辿り着けた境地。
神に見放され、それでも抗い続けて、村人だからこそ多く立ち塞がる限界の壁を何度も、何度も何度も諦めずに乗り越えてきたからこそ至った力。そして、結論。
「俺の限界は……俺が決めるッ!」
ただ、持っている剣を下から上に振り上げただけの一撃。だが、限界の限界を超えた人間の全力の跳躍から放たれる全力の振り上げ。限界を超えた一撃。
【オーバーブレイク】
振り上げられた剣は鏡の力でそのまま押し上げられ、メシアの強固な黒い鎧を、まるで紙を裂くかのように斬り裂いていく。音速を越えた剣の切っ先から真空の衝撃波が生み出され、次々に鎧を粉砕していく。そして、鏡が放った一撃がメシアの頭部の鎧を破壊した時、そこに、憔悴しきった表情の魔王が姿を現した。
「よう師匠。久しぶりだな」
上空に跳び上がる鏡が魔王と視線を交じ合わせたその瞬間、鏡はそう呟く。すると、魔王はまるで安心したかのように微笑を浮かべて気を失わせた。
「お父さん!」
鏡が一閃したメシアは、まるで天に召されるかのように光の粒子となって消え去り、後にはその中身である衰弱し切った魔王だけが残された。焦げ茶色の髪をオールバックにした、老け込んだ顔と髭が特徴の中年男性が、アストロの荒野に横たわっている。
ダグラス=バルネシオ。魔王の名前であり、鏡にとって自分を強くしてくれた恩人でもある。9年前、まだ、人間と魔族の関係に疑問を抱き始めたばかりだった鏡は、迷わず魔王の元へと旅立った。魔王の元に辿り着いたのは奇跡に近かった、魔王城にばれないように侵入し、たまたま寝室に辿り着いた鏡は、魔王から今の鏡に至る多くのことを教わった。
「おっす、気分はどう?」
「随分……強くなったみたいだな。私を……殺すのか?」
「いやいや、助けるために戦っていたんだぜ俺?」
鏡が溜め息を吐きながら横たわる魔王にそう答え返すと、魔王は鼻で軽く笑いながら微笑を浮かべ、「……相変わらず、変な村人だ」とだけ呟いた。
魔王にとっても、鏡の存在は稀有だった。レベル100を超えたばかりの只の村人が、殺気も何もなく突然寝室に乗り込んできて、『人間をどう思っている?』と、謎の問答を仕掛けて来たのは前例なく、鏡だけだったから。
現状を変えるための力が欲しいと願った鏡に魔族の立場を利用して稽古をつけた日を魔王は懐かしく感じた。稽古途中で、魔族と人間の関係をなんとかすると言って飛び出した村人が、9年の時を経て目の前にいる。
恐らく、多くの挫折を経験したのだろうと、自分を助けるために戦ったと呟いた鏡と、自分の傍で心配そうな表情を浮かべるアリスを見て、魔王は直感的にそれを察した。
「心配を……かけたなアリス」
「鏡さんが助けてくれたんだ……それと、タカコさんやレックスさん達も」
そう言われ、魔王はほとんど動かない身体を動かして周囲を見渡した。そこには、自分よりも体格のあるごつい武闘家と、自分の配下であるメノウ。そして勇者一行と思われる存在が、戸惑いの表情を浮かべながらこちらを見ていた。
「随分と異色のパーティーだな。そこの勇者……今なら私を簡単に殺せるぞ?」
「……まだ僕の中でもちゃんと整理がついていない。そんな状態で貴様を殺すつもりはない」
鏡から返してもらった剣を握り締め、焦る衝動を抑えつけてレックスはそう言って剣を未だ魔王の周囲を取り囲むモンスター達の軍勢へと向けた。
何故かモンスターの軍勢は、鏡やレックス達を取り囲むだけで何も攻撃を仕掛けようとしてこない。何を企んでいるのかはわからなかったが、この状況はレックス達にとってもありがたい状況でもあった。もう、レックス達は勿論、鏡も余裕を見せてはいるが一歩も動けない程に弱っていたから。