答えなんて自分次第だから-8
だが、既に体力も魔力も尽きているメノウの特攻も虚しく、エステラーは触れるまでもなく手の平をメノウへと向けて魔力の放出による衝撃波を発生させると、メノウは上空で跳ね返るように地表へと叩きつけられる。
「魔王のおっさん、あの黒い鎧の巨人の中にいるのか?」
その時、鏡は地面に叩きつけられたメノウの身体を起こしながら、無表情で黒い鎧の巨人に視線を向けてそう呟いた。
『黒い鎧の巨人ではない、魔王様の巨大な魔力でのみ操れる人類を滅ぼすために造られた古代の殲滅兵器。【メシア】だ。その力はレベル400を超える勇者の力に匹敵する……わかるか? いくらレベル999といえ、貴様は及びじゃないということだ』
「人類を滅ぼすねえ……俺達は逃がすのに?」
『……何が言いたい?』
「別に、とにかく、そのメシアとやらに魔王が自分の意志と関係なく乗せられているんだな?」
『そうだ。そしてこれが本気を出した魔王様の力なのだ。お前達人間に太刀打ち出来る相手じゃない、レベル500を超える勇者でもない限りな』
皮肉るように醜悪な笑みを浮かべてエステラーがレックスを見てそう言ったその瞬間、鏡は何故か安心したかのような笑みを浮かべて「そっか」と呟いた。
「じゃあ、サルマリアと一緒に魔王も助けないとな」
続けて鏡がそう言った瞬間、エステラーは不可解な表情を浮かべてレックスに向けていた視線を慌てて鏡へと戻す。
『助ける……だと? 何を言っている? 貴様は人間であり魔王様は倒すべきはずの存在だろう? それに……まだわからないのか? 貴様では魔王様は倒せない』
「魔王だからとかどうでもいいんだよ。人間と戦いたくないのに戦わされているんだろ? そして魔王は俺の親友アリスちゃんの親父だ。じゃあもう助けるに決まってんだろ」
予想外の言葉だったのか、エステラーは物珍しそうな表情で口を開きっぱなしにしながら、暫くそのまま押し黙ってしまう。
『魔族と親友だと? アリス様と共に行動しているから何かあるのかと思っていたが……魔族を敵対視していないのか? ……なるほど、道理でそのレベルに達しても魔王様を殺しに来ようとしない訳だ。元々無理ではあったが……諦めろ。どう転んでも貴様には無理だ』
「俺は諦めない」
そう言って鏡が言葉を返したその瞬間、鏡の瞳に再び闘志が灯った。恐れどころか、まるで絶対に何とかできる確信があるかのように真っ直ぐな眼差しでエステラーを鏡に視線を送る。
直後、鏡は懲りずに再びその場に風を撒き散らせ、黒い鎧の巨人、メシアの元へと疾風が如き速さで走り出した。無謀ともいえるその行動を呆気にとられながら、エステラーは何も言わず不可解な表情を浮かべて走りさった鏡を目で追い続ける。そして、鏡は数分もしない内に再び同じように岩壁と叩きつけられる。
「ぽ……ポーションプリーズ……」
受け身を覚えたのか、先程よりダメージは軽減出来ているように見えたが、それでもボロボロになって味方に助けを求めている鏡の姿を見て、エステラーは不可解な表情を更に深めて眉間に皺を寄せた。
「よし、もう一回行ってくる。まだまだポーション効くわこれ」
そして、鏡は全快すると何事もなかったかのように、めげること無く再び疾風が如き速さでこの場からメシアの元へと駆け抜けて行く。だが、一分と十数秒もしない内に鏡は再び岩壁へと打ちつけられる。
「よーし……痛すぎて涙出てきた。やばすぎるこれ、でも一発殴ってやったぜ、鎧がへこんだのを確かに俺は見た。どうよ? 通用するぞこれ」
そう言いつつ、何も言わず心配そうな表情を浮かべるクルルとティナとアリスから渡されたポーションを飲み干すと、再びその場に風を撒き散らして鏡は駆け出し、一分もしない内に再び岩壁へと打ちつけられる。
「……何だ?」
その時、レックスが言いようのない違和感に気付く。そしてそれは、鏡と出会ってからずっとどこかで感じていた不思議な感覚だった。
「ポーションの効きが悪くなってきたな……まだ全快してないけど……行けるな」
そしてすぐさま鏡は同じようにメシアの元へと駆け出して行く、だがその瞬間、レックスはその違和感の正体に気付いた。
「避け……た?」
鏡を見届けていた全員がその瞬間、驚愕の表情を浮かべた。
その巨体からは想像も出来ない程の高速なパンチをメシアは放ち、今まで反応出来ずにずっと殴り飛ばされていた鏡だったが、今回はそれを寸前のところで回避したからだ。そしてそのまま、メシアの頭部に殴打を入れ、メシアが確かに怯んだのをレックスはしっかりと見届けた。
「速く……なっている?」
微々たり過ぎて気付かなかった変化にエステラーは気付き、そう呟いた。レックスもエステラーが呟いた言葉と同じことを考えていた。
それともう一つ、本当に鏡はレベル300に満たない勇者の力以下なのか? という疑問を抱いた。勇者であるレックスだから抱けた疑問、無論、レックスにレベル300の勇者の力なんて知る由もない。
だが、自分がいつかそのレベルに辿り着いた時、同等の動きが出来るかと言われれば、自分の今の1レベル単位の成長の具合から見ても微妙だった。同等……もしくはそれ以上であるだろうと何故か思えた。
「鏡さんッ!」
直後、一瞬怯んだように見えたメシアの巨大な手に鏡は捕まり、勢いよく投げ飛ばされて今までとは比べものにならない程の勢いで岩壁に激突する。周囲に砕かれた岩壁の破片が巻き散り、砂埃が舞う中、アリスが声を荒げて心配そうに叫び、鏡の元へと駆け寄った。
『貴様……何をした?』
そして、あれだけの攻撃を受けてまだ息のある鏡を見て、エステラーはそう言葉を漏らす。
「何も……? 努力……しているだけだ」
アリスから渡されたポーションを口にし、明らかに効果が薄まり、回復の速度が落ちてまだボロボロな状態にも関わらず、鏡はゆっくりと立ち上がってエステラーにそう答え返す。
「もういい……もういいよ鏡さん! もう、もう頑張らなくていいから!」
「馬鹿野郎……アリスの親父…………助け……なきゃだろ?」
目を半開きにしながら、心配してくれるアリスの頭にポンッと手を置くと、よろめきながらも、鏡は再びメシアの元に行くため、クルルとティナにポーションを求めようと一歩足を前に踏み出した。
「鏡さん……もうやめましょう。もう無駄です……死んじゃうだけです」
「ぽ、ポーションだってもうほとんど効いていませんよ!」
だが二人はこれ以上ポーションを渡しても鏡が無茶をするだけだと悟り、鏡にポーションを渡そうとはしなかった。
「まじか……じゃあちょっと休憩して、もう一回行くか」
そして、その言葉に二人は頭を悩ませる。例え何を言ってもこの男は考えを改めようとしない、どうすればこの人を救うことが出来るのか? と。
「どうして、そうまでして戦おうとするの?」
だがその一方で、逆にどうしてここまでの執着を見せているのか、どうしてそうまでして戦おうとするのかをパルナは聞きたくて仕方がなくなっていた。
「あんた……回復魔法使えたんだな。ていうか魔力残っていたのか」
「私はすぐに撤退したからちょっとだけね、ティナやクルルみたいに上級の回復魔法じゃないから効果は薄いけど。それより……聞かせなさいよ、あんたがそうでまでして戦う理由。あんたが何を知って、何を思って、こんな無謀な挑戦をし続けるのか、魔族を敵対視しない理由も含めて今ここで言いなさい、じゃないと……回復魔法は中断よ」
仄かな光を放つ手の平を鏡にかざし、もう逃がさないと言わんばかりに鏡を睨みつけるとパルナはそう言った。他の者も、ずっと気になっていたのかパルナの言葉を聞いて鏡に視線を集中させる。そして、その状況を見た鏡は、まるで観念したかのように、
「……始まりは親父がモンスターに殺された時だったよ。何で俺は村人で、こんなに弱いんだって悔しくてたまらなかった。でも、強くなる方法を見つけて色々見えてきたんだ」
溜め息を吐きながらそう言った。そして、鏡はそのまま言葉を続ける。
「役割って何だ? 誰が決めているんだ? モンスターは何でお金を落とすんだ? なんでモンスターを倒したお金が通貨になっていて、それで物買い出来る? 一番わからなかったのが当たり前のようにあるこのステータスウインド。何これ? 皆気付いてないけど、これが表示される意味って何なの? 身分相応を示すため? レベルも意味不明だ。自分よりレベルが上のモンスターを倒したら経験値を得て上がってそれで強くなる? 強くなり方は役割によって違う? どうして? スキルも同じだ……どうして100で突然手に入るの?」
その言葉に、エステラーだけが表情を歪ませた。しかし、他の者は何を言っているのかいまいち理解出来ていなかった。それが当たり前すぎて、それが普通であり常識であるが故に、鏡の言っている言葉がどうしておかしいのか、わからなかった。
「母さんが人間に殺された時気付いたんだ。人間も魔族も結局変わらなくて、只、世界がそういう仕組みだから戦っているだけなんだって。ちょっと考えれば簡単だったんだよ。この世界は、モンスターを倒して強くなって、更にそこから得られたお金で生活して装備を整えて過ごしていくのが一番効率の良い生き方になっているって」
だが、次に発せられたその言葉で、少しだけだがその違和感にレックス達は気付き始める。まるで何かに誘導されているかのような感覚を、確かに感じた。
「俺達は、それが当たり前だからって疑問を抱かない。まるで誘導されるかのように戦い続けていることに気付けない。与えられた役割に生き方を縛られているって……気付けない」
そして、その言葉で各々が自分の人生を思い返した。
ティナは、僧侶として生まれたが故に修道院へと入れられ、修行を続けてきた。パルナも同じだ。魔法使いという理由で、多くの書物を読み込んで呪文を覚えてきたし、魔力を強めてきた。クルルも、王女でありながら賢者として生まれたが故に、魔王討伐の期待を抱かれ、ずっと修行に明け暮れてきた。レックスも同じだった。勇者だから、自分がやらなければならないという束縛で、他の道を行く選択肢を塞いでいた。
「レックス、俺は勇者だ! って使命感に縛られているあんたを見て、内心憐れんでいた」
自分の過去と照らし合わせ、その暴言にレックスは何も言葉を返せなかった。実際、自分でも戦いばかりの憐れな人生を歩んできたと思えたから。
「役割に縛られた生き方に一体なんの価値がある?」
唯一、その言葉を実感して理解出来たのはタカコだった。戦い続けていた道から外れ、他のやれることの道を歩んで来てからの人生の価値を知っていたから。
「俺達は……自分のなりたいものになっていいはずなんだ。でも世界の仕組みがそれを邪魔しようとする。いつまで経っても村人の枠を抜けられない自分を不満に思いながらLV999に辿り着いた時、俺は絶望したよ。次のレベルになるために必要な経験値がステータスウインドに表示されなくなったんだから」
『ならば……何故お前はそうまでして戦い続ける?』
いつの間にかエステラーも、鏡の言葉に耳を傾けていた。敵であること等関係なく、単純にLV999に到達した前代未聞の存在が得た何かが気になったから。
「悔しかったんだよ。ふざけんなって思った。許せないって思った。もっと、もっともっと強くなりたいと願った。その時に気付いたんだ。LV999になった俺に一つ新しくスキルが身に着いていたことに……それが、ずっと疑問に抱き続けていたこの世界の答えを教えてくれた」
その瞬間、鏡は自分のステータスウインドを目の前に表示させる。LV999の表示、そしてそこから見せられたステータスのパラメータを見てエステラーは驚愕の表情を浮かべた。明らかに各パラメーターのステータス値が、村人のそれではなかったからだ。
勇者と同等とまではいかないが、勇者が仮にレベル999になったとしてもその半分の実力はあるであろう数値。本来村人としてあるべきの数値はそこにはなかった。
そして、そのままステータスウインドの表示が切り替わり、鏡が持つ10あるスキルの内の一つがステータスウインドに拡大して表示される。そこには、こう書かれてあった。
スキル:神へ挑みし者
効果:その者の成長は止まらない。得た経験は限界を超えて力となる
「この世界の仕組みを作った奴がいる。だから俺はそいつを見つけてぶっ飛ばす。俺達は、操り人形なんかじゃない、俺達は自由だってな!」
絶句した。絶句するしかなかった。ずっと余裕の表情を浮かべていたエステラーでさえ「こんなことが……」と呟き、驚愕の表情を浮かべてワナワナと震えている。
そのスキルは鏡に二つの恩恵を与えた。【神】という存在がいるということ、そして、それに抗う術があって、自分はその欠片を掴んだということ。
「ヒントは見つけているんだぜ? こんな世界になった大昔からずっと手をつけられずに、ずっと同じ奴が保管しているアイテムが1万ゴールドで売られているんだ。賞品名未記入でな。まあ、確信もないただの直感でしかないからいつか買えればいっか程度だけど」
そして、パルナの回復魔法と、自分が持つスキルのおかげで体力を取り戻した鏡はそう言いながら、さっき諦めることを推奨していたクルル、ティナ、アリスが立つ方向を見て、
「だから俺はそれが答えだから諦めろって言われても絶対に諦めない」
そうはっきりと宣言した。
「答えなんて、自分次第だ」
そして、鏡は踵を返すと、遠くで未だゆったりと歩きながらこちらに接近するメシアへと向き合った。
次に、「回復も尽きたし……これが最後だな」と呟くと、今まで駆けだしては殴りに行こうとしていた方法をやめ、まるで気を集中させるかのように腰を落として構えて全身から視認できる程の白いオーラを噴出し始めた。




