答えなんて自分次第だから-7
『……メノウ、どうして貴様が人間に肩入れをしていたのかずっと疑問だったが、なるほど……アリス嬢が人間に肩入れをするから付き添っていた訳か。魔王様に忠実なお前らしい』
そう言って空中に浮かぶ魔王軍の将、エステラーがメノウを一睨みすると、まるで大人に叱られた子供かのようにメノウは慌てて視線を逸らし、竦み上がった。そして、そんなメノウの反応を見て、鏡がすぐさまメノウの傍に駆け寄って耳打ちしようとする。
「どちらさまですか? あのちょっとナルシスト入っているお兄さん。突然語りだしたんだけど」
「エステラー=ウルゴッド様だ……私が魔王様にお仕えするよりも遥か昔から右腕として傍にいらっしゃる……魔王様に次ぐ実力を持った方だ。……それより鏡殿、怪我は?」
「ポーションのおかげでほぼ全快。ずっと使わないようにしていたから効き目抜群だった」
そう言って鏡は、本当に回復したからか首の骨をパキパキと鳴らして余力があるかのように腕をぐるぐる回し始めた。実際、演技ではなく本当に回復していたが、だからといって余裕がある訳ではなかった。薬品による回復はいずれ効果が薄まるからだ。
『まだ戦うのか? 先程の攻防で無駄というのはわかったはずだが?』
そして鏡は、空中に浮かぶエステラーを無視して再び前方から接近する黒い鎧の巨人の元へと向かおうとする。
「あんたを倒すより先にあれをなんとかしないとやばいからな。あんたが邪魔するなら戦うしかないけど、なんか余裕ぶっているからそのつもりもないんだろ?」
『ああ……ないとも。なら好きに挑戦するがいい。気が済むまでな』
ハッキリと臆する事なく面と向かってそう言った鏡に対し、まるで皮肉った笑みを浮かべてエステラーは直接脳内に語りかけるかのように言葉を伝える。すると宣言通り、鏡は咆哮を上げて疾風が如く黒い鎧の巨人の元へと走って行く。
「随分余裕そうだな……魔王の右腕とやら? どうやらあの村人がどれだけ規格外なのかわかっていないようだな」
そこで、まるで意に介さず黒い鎧の巨人の元へと走って行った鏡を見送るエステラーが気に喰わないのか、レックスがそう言葉をかける。
『わかっているさ。でもあれは所詮、村人なのだろう? 君がそう言っていたね確か? レベルも確か……999だったかな? まさか、村人でレベルが999に辿り着く者がいるなんて驚きだ。そもそもこの世界でレベルが999になること自体が前代未聞だが』
その言葉に、その場に居た全員が戦慄する。この魔族の男は、ずっと自分達の近くで隠れて情報を集めていた。だが、それに全く気付けなかった事実に、自分達との実力の差を一瞬で感じ取った。
「所詮村人……というのはどういう意味ですか?」
その時、まるで何かを知っているかのように吐いたエステラーの言葉をクルルは聞き逃さず、そう問いかける。エステラーに答える義理はなかったが、まるで暇つぶしとでも言いたげな退屈そうな表情でエステラーはクルルに視線を向けた。
『知らないのか? 村人は異常な程にステータスのパラメーターが低い。力においては戦士の方が3倍は優れているし、勇者ともなるともっとだ。村人のレベル999なんて、勇者の役割を持った人間のレベル300にも満たない力しかない』
「レベル999の恩恵はステータスだけじゃないはずです……スキルがあります!」
『じゃあ君は、彼の自動的に回復するというスキル以外を知っているのかな?』
そう言われ、クルルは「……それは」と口籠ってしまう。
『彼が自動的に回復するなんてレアなスキルを持ったのは奇跡に近い。かつて、物好きな村人がレベル100以上を目指した事例なんて実はいくらでもある。村人はその性質故に……レベルが上がりやすいからだ。さすがに999まで目指した者はいなかったが……どれもゴミみたいなスキルばかりだったよ。『指で弾き出す力が強くなる』等というスキルとかもあったな』
その結果、身分不相応と判断した者達は挫折し、村人というロールを全うする。そう付け加えてやれやれと、まるで努力を否定するかのようにエステラーは嘲笑した。
「どうして……あなたがそんなことを知っているのかしら?」
あまりにも知り過ぎている。そう思ったタカコがそう言葉をかけるが、意味ありげな微笑を浮かべるだけで、エステラーは何も答えようとはしない。
そして他の者はステータスも弱ければスキルも弱いのが村人という現実に、この絶望的な状況を鏡という希望ではどうしようもないのかもしれないと、不安を抱き始めていた。
『スキル以前に、ステータスの差は絶対だ。あれは基本的なステータスの低い村人に倒せる相手じゃない。ほら、その証拠に戻ってきた』
エステラーがそう言った瞬間、黒い鎧の巨人に再び殴り飛ばされたのか、凄まじい勢いと共に鏡が先程と同じ岩壁に激突する。先程走って行ったばかりにも関わらず、数分とかからず再び同じ場所へと激突する。その瞬間、全員が鏡でもどうしようもない事態だと確信した。
『成長の終わり。それがレベル999という数値だ。そして、スキルを持ったとしてもそもそものステータスの低い村人が太刀打ち出来る相手ではない。どう転んでも村人じゃどうしようもないのだ。それが、村人の限界だからな』
「そう思うじゃん?」
その瞬間、先程とは違って岩壁に埋まった身体を勢いよく飛び出させ、鏡が余力があるような口調でそう言った。だが、その全身からは血を噴出させている。
「どうよ、今度はちゃんと受け身取ってダメージを軽減してやったぜ……それでも大ダメージだけど。やば、ポーション。姫さんポーションください」
それでも調子を崩さずにそう言う鏡を見て、達観していたエステラーも一瞬だけ表情を崩すが、すぐに嘲笑して元の表情に戻る。
『確かに素晴らしい耐久力ではある。HPや耐久度ですら魔法使いに劣る村人が…………そういうスキルでも持っているのかは知らないが、それはそのスキルのおかげだ。命がある内に諦めた方がいい』
「お前は無理に俺達を殺そうとしないのな」
『邪魔をするなら無論殺す。私の目的は要塞都市サルマリアを陥落させることだけなのでな』
エステラーのその言葉に違和感があったのか、鏡は表情を強張らせた。言葉の意味を聞き出そうと鏡がエステラーに向き合うが、それよりも早く、守るように手を広げながら、鏡の目の前にアリスが立ち塞がった。
「エステラーもう止めて! お父さんはこんなこと望んでないよ! お父さんともう一度話をして……そうすれば!」
『でしょうね。魔王様とあなたはこんな事は望まない……知っていますよ? そこにいる魔王様に直接聞いたとしても同じことを言うでしょうね』
「そこに……いる?」
その言葉を受けた瞬間、アリスとメノウは絶望まじりに表情を歪ませた。『そこにいる』という言葉を吐きながら、エステラーが向いていた視線の先に、黒い鎧の巨人があったから。
『あの巨大な力を意のままに操るのに、随分と時間が掛かりましたよ? 薬で徐々に弱らせ、私の力で操れるようにするにはとても苦労しました。この戦いを魔王様は望んでいませんよ? 私が……望んでいるんですッ!』
「き……貴様ぁぁああああああ!」
高らかに笑いながらそう言い切ったエステラーに対し、メノウが目を見開いて表情を強張らせながら手を握り締めて拳を作り、地を蹴って空中に浮かぶエステラーの元へと跳び上がった。