答えなんて自分次第だから-5
それから、鏡という一人とび抜けた力を持った存在も相まって、終わりがないように見えた戦いも収束に向かいつつあった。敵の数は徐々に減り、その場に居合わせたほとんどの者が、目に見えて終わりを感じられるようになっていた。
「後もう少しだ! 全員気張れよ! 無理はするな……無理だと思った奴はすぐに下がれ!」
「っは……笑わせんな! 誰が無理だって? まだまだ余裕だっつの!」
ゴールが見えた事により、冒険者達は『もうすぐ戦いが終わり、勝利が確定する』と更に士気を高めた。しかし、士気が高まろうが、身体の消耗は誤魔化しきれない。その証拠に、多くの冒険者達が肩で呼吸をし、苦しげな表情を浮かべていた。
既に回復魔法や攻撃魔法で戦う者達の魔力は底を尽き、前衛に立って戦う者達は持ち合わせた回復アイテムや、魔力を失って役に立てなくなった者達がサルマリアとアトロスの荒野を行き来して補充してくれる回復アイテムを使ってなんとか耐え凌いでいた。
とはいえ、回復アイテムにも使用量が存在する。連続で使用したところでその効果は徐々に薄まり、最終的に戦線を離脱せざるを得ない状況に陥る。既に多くの冒険者が戦線を離脱し、残った冒険者達だけで苦しい戦いを余儀なくされていた。そんなもう駄目だと思えるような状況から、ようやくゴールが見えたのだ。冒険者達の士気が高まらない訳が無かった。
「メノウちゃん……無事かしら? っつ……まだいける?」
そしてそれは、タカコやメノウのような力のある存在も例外ではなかった。既にメノウも魔力の底を尽かせ、タカコに背中を預けて肉弾戦をモンスターに仕掛けていた。
「でも……驚きね。メノウちゃん、体術にも心得があったのね。いいライバルになりそうだわ」
「冗談はやめてくれタカコ殿。私のは付け焼刃にすぎない、魔族であるが故に素手でもそこそこの戦いが可能なだけだ。タカコ殿には遠く及ばんよ」
そして二人は言葉を掛け合いながら、ようやく見えた戦いの終わりに、闘志を再び灯らせる。
「レックスさん! 無事ですか? 新しいポーション(回復アイテム)を持ってきましたよ!」
その一方で、サルマリアの街から往復してガラスの瓶に液体の詰まった回復アイテムを大量に持ったティナが、そう言ってレックスに駆け寄る。
まだ戦える余力のあるタカコとメノウと違い、レックスは既に限界だった。むしろよくぞそこまで戦ったと誰もが思う程に、最前線に立ってレックスは戦い続けていた。
その結果、地面に突き立てた剣を支えにしておかなければ辛い程に、体力を消耗させていた。
「いい……もうポーションは無駄だ。いくら飲んでも効果がない……腹が苦しくなるだけだ」
「な、ならもう下がりましょう。このままここに居ても危険なだけですよ!」
「……断る。僕は勇者だ。僕は最初から最後まで……誰かの希望であり続けなければならない。あいつ以上に……僕は諦めては駄目なんだ! 死だって恐れない……勇気を振り絞る!」
そして、もう出せないにも等しい力を振り絞り、地面に突き立てた剣を引き抜いてレックスは構えをとった。だが構えた直後、レックスの頭部に軽くコンッと、小さな衝撃が走る。
何事かとレックスが振り返ると、そこには少し怒った表情のクルルが、レックスを殴ったであろう杖を握って立っていた。
「逃げるのも勇気です。無理して戦うより、まだ戦える人に任せて一度身体を休めるのも作戦です。一人で頑張り続ける必要なんてこの戦いにはないはずですよ?」
そう言いながら、クルルはここから少し離れた場所に滞在する、まだ数を多く残すモンスターの群れの中を指差した。その指先を追って視線を向けると、そこには戦い始めと何ら変わりない程の勢いで、モンスター達を元気よく吹き飛ばしていく鏡の姿があった。
疲弊している者達がほとんどの中、鏡だけは変わらず奮闘を続けている。
「……あいつがどうした? あいつこそ一人でずっと戦い続けているじゃないか」
「さっき鏡さん。普通に休憩していましたよ? ふぅ疲れたーって言いながら」
あっけらかんとした表情でそう言ったクルルの言葉に、レックスは驚愕の表情を浮かべて「え?」と言葉を漏らす。その姿を見ていたのか、ティナも賛同するかのように頭を縦に振った。
「鏡さんはスキルのおかげで、休憩すれば回復アイテムが無くても回復しますから……ずるいですよね。でもあの人、誰よりも皆を頼りにして戦っていましたよ?」
鏡が休憩という行動をとったのは、単純に自分以外の戦ってくれている者達を信じたからだった。自分がいなくても頑張って耐えてくれると思えたからこそ、鏡は信じて戦場で横になりながら皆が頑張る姿をゴロゴロと見守りつつ全力で休憩行動をとった。
「あいつには……敵わないな」
すると、レックスは微笑を浮かべてそう言いながら、再び地面に剣を突き立てて楽な体勢をとる。
「本当……ですよね。レベル999って、こんなに凄いんですね」
そしてその言葉に賛同するように、ティナは遠くで戦う鏡を見てそう呟く。
「いや……あいつが真に凄いのはレベルの高さじゃない。俺達が当たり前だと思うような行動に縛られずに、迷わず行動出来る力だ」
感慨深くそう呟くレックスに、クルルも遠くで戦い続ける鏡を見て、「そう……ですね」と呟いて賛同した。
「固定観念に囚われるな……か、なるほどな。あの時の言葉の意味が、今なら分かる気がする」
遠く離れた場所で次々にモンスターを薙ぎ倒す鏡の姿を見て、レックスは素直にここは任せてもいいだろうと思い、その場に腰を落とした。味方である冒険者達の多くが傷つき、倒れはしたが、既にモンスターの軍勢の9割は消えていなくなっていた。それでも1割程はまだ残っていたが、鏡の姿を見るだけでなんとかなるだろうと思えてしまう。
「あら……休憩? お疲れさま」
そこで、遅れてパルナが両手にポーションを大量に持ちながらレックスの元へと現れる。
「本当に……なんとかなったわね」
そしてパルナは、遠くで未だに戦い続ける鏡を見てそう呟く。
「どうしてあれだけの力があるのに……魔族になんか味方するのよ」
続けてそう呟いたパルナの横顔は、信じられない光景を目の当たりにて驚きつつも、どこか納得していないような、そんな不満げな表情だった。
「噂をすれば……戻ってきたぞ」
暫くして、完全に体力が尽きたのか、タカコとメノウがフラフラになりながら、ポーションを求めてレックス達の元へと歩み寄る。
「もう……さすがに無理、ティナちゃんだっけ? ポーション分けてもらえるかしら……?」
普段の気迫からは負けるイメージが全く沸かないタカコがヘロヘロになってそう呟くのを見て、ティナは慌ててポーションの瓶を開けてタカコへと手渡す。受け取ったタカコはそれを一気に飲み干すが、既に何度か使った後だったからか、目に見えて回復した様子はなかった。
「わ、私もさすがにもう無理だ」
そう言って、タカコのすぐ隣でメノウも腰を下ろす。その時、早めにリタイアをして、ある程度の魔力を回復させていたパルナは、へとへとになったメノウを見て蔑むように視線を向け、手の平をメノウに向けようとする。『今なら簡単に殺れる』のではないかと。
「せめてそれは、鏡ちゃんの話を聞いてからにしなさい」
だがすぐに、全てお見通しとでも言いたげに睨みつけながらそうタカコに指摘され、身体を硬直させてその手の平を握りつぶす。
「……楽しみね。もうすぐだもの」
そして自分の気持ちを抑えたからか、唇をぎゅっと噤むと、パルナはそう呟いた。
そうこうしている間にも、鏡が次々にモンスターを倒していく。サルマリアの冒険者達が勝どきをあげる時が来るのも、最早時間の問題だった。
『困るなぁ……シナリオ通りに進んでもらわないと』
その時、その場にいた全員の耳に、どこから聞こえたのかわからない、脳に直接響くような声が聞こえた。幻聴かと一瞬思ったが、周囲にいた他の者も、同じように困惑している様子を見て、幻聴ではないと判断する。
「……な……んだ……あれ」
レックスが驚愕の表情でそう呟いた直後、その場にいた全員の表情が青冷めた。
まるで、大砲でも撃ち続けているかのような振動のあるただの【足音】。どんな攻撃も弾いてしまうのではないかと思える金属の装甲に覆われた身体。雲に届くのではないかと思える程に大きく、サイクロプスの十倍はあるのではないかと思える程の巨大すぎるモンスターが、魔王城のある方角から、このサルマリアに向かってゆったりと進行していたから。