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LV999の村人  作者: 星月子猫
第一部 
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なりたいものになればいい-16

「どういう意味だ?」


「言葉通りの意味よ」


 レックスには言葉の意味が理解出来なかった。死に対する覚悟、魔王討伐を試みる者なら誰もが持っている勇気であり、持たなければいけない必需品でもある。いつ死ぬかもわからない、そして死ぬ可能性の高い魔王討伐で、今更死に対する恐怖は勇者一行には無い。


 それが欠けていると言われても、いまいちピンとは来なかった。


「死の恐怖なぞ、あの村人でなくても僕達にもとっくにない……それが特別なのか?」


 そんなレックスの言葉に、タカコはふぅっと溜め息を吐いた後、「見てればその内わかるわ」とだけ告げて、そこからは何も言葉を発さずに西側の門へと走り続けた。


 暫くして、アリスの視界に巨大な壁と見慣れたサーコートに身を包んだ男性が見え始める。


「メノウッ!」


 先に向かったにも関わらず、何もせずに只立っているだけのメノウに対し、アリスは声を張り上げて呼び掛ける。


 西側の壁門に辿り着くと、閉ざされていたはずの壁門は開かれていた。


 そこにメノウと十数人の門番が、何もせず棒立ちし、言葉を発さずに口を開き、驚愕の表情を浮かべながら壁門の外を信じられないものを見るかのような目で凝視していた。


「メノウちゃん、鏡ちゃんは?」


 タカコがそう言って呼び掛けるが、それでもメノウは言葉を発さなかった。


 まるで何かに縛り付けたかのように一点を凝視し、言葉に出来ないとでも言うかのように、壁門の外を指差した。全員がその指の先を追ったその瞬間、タカコ以外の全員がメノウと門番達と同じように驚愕の表情を浮かべ、言葉を失った。


 西側の門を出た眼前に広がる乾いた大地。今にも乾いて消えてしまう程に少量の草が点々と生え、枯れて折れてしまった木やごつごつとした岩がそこら中に転がり、夕日が赤土を照らしているアトロスの荒野。


 そこには門番が言っていた通り、確かに1万はいるであろうモンスターの大群がサルマリアへと迫って来ていた。だが、そのモンスターの軍勢はサルマリアからほんの少し離れた地点で進軍の足を止めていた。


「か……鏡、さん?」


 視界に映るべきモンスターの軍勢、その軍勢がまるで大したことがないかのように見える程に圧倒的な存在感を放つ1人の悪魔のような存在……鏡に、アリスは目を疑う。


 本来の目標であるサルマリアを攻めようとはせず、そこにいた1人の存在に、その場にいた全てのモンスターが敵意を向けていた。「ここでこの存在を倒さなければ、まずい」全てのモンスターがその存在が現れた瞬間、本能的にそう判断したのだ。


 そしてその存在は、人間と同じ形容をしながら緑色の肌を持ち、岩石をも軽々と持ち運べる程に力強く、人間の数十倍の大きさを誇る一つ眼の巨人、サイクロプスと呼ばれるレベル168のモンスターの脚を片腕でガッチリと掴み、武器のように振り回して、周囲に存在する大量のモンスターを、まるで紙吹雪を舞わせるかのように薙ぎ払っていた。


 アトロス地方に生息する最も接近戦を何の策略も無しに挑んではいけないと呼ばれているサイクロプスを片手で振り回す人間がいる。


 それがどれだけ狂った出来事なのか、それを実際に見ていた者達は言葉にしてそれを伝えようともしなかった。


 見たら、わかるから。


「っ……危ないぞ! あいつ!」


 レックスがそう叫んだ瞬間、モンスターの軍勢の中に混じっていたレベル126の爬虫類のような見た目をした飛行するモンスターが、鏡に向かって口から熱光線を一直線に向けて放つ。


 だが、鏡はそれを当たる寸前のところでギリギリ回避する。少し間に合わなかったのか、頬にパックリと傷が開くが、意に介していないのか不敵な笑みを浮かべると、鏡は手に持っていたサイクロプスを飛行していたモンスターに投擲をするかのように投げつけた。


 手元にサイクロプスがいなくなった瞬間、周囲にいたモンスター達が一斉に鏡へと襲い掛かる……が、立っていた周囲に爆風を巻き上げ鏡は一瞬にしてその場から姿を消した。


 直後、ぶれてまるで残像が生み出されているように見える鏡の姿がモンスター達のすぐ目の前へと次々に出現し、何をしているのかわからない程に両手を高速で突き出すと、モンスター達はこれまた紙吹雪が舞っているかのように上空へと吹き飛ばされ、その姿をお金へと変化させていった。


 だが、鏡が攻撃を終えて再び足を先程まで立っていた位置へと降ろした瞬間、間髪入れずにサイクロプスが巨大な腕を薙ぎ払い、近くに存在した巨大な大岩へと鏡を叩きつける。


 それだけでは終わらず、数十体の飛行していたモンスター達が次々に鏡が叩きつけられた大岩へと熱光線を放ち、大岩の周囲に大きな爆発に見える無数の小さな爆発を巻き起こした。


 放たれた熱光線に耐えられず大岩は半壊し、爆発の影響で巻き上げられた砂が煙のように巻き上がる。その中からゆったりと、まるで攻撃を喰らったことを意に介していないような鋭い眼差しと、不敵な笑みを浮かべながら、額から血を流してボロボロになった姿の鏡が再びモンスター達の軍勢の元へと走って向かって行く。


「ねえ……あいつ」


 驚愕の表情で額に汗を浮かべたパルナが言おうとしたことを、その場にいた全員が理解出来た。ダメージを確かに喰らっている。それも重傷だ。なのに……恐れずモンスターの軍勢へと立ち向かっている。その狂気に、息を呑まずにはいられなかった。


「言ったでしょ? あの子には死に対する恐怖心がないって。どんなダメージを受けても、死ぬギリギリになるまであの子は安全な戦いなんてしようとしないわ。あの子の考えにあるのは出来るか出来ないかだけ。出来る……やると思ったら死ぬまで止まらないし、出来ない……やらないと思ったらすぐに諦める」


 そう言うタカコの言葉を聞きながら、勇者一行はボロボロになりながらも戦い続ける鏡の姿を見て目を疑った。少しずつ、少しずつだが、戦ってダメージを受けていない間に鏡の傷が無くなっているように見えたからだ。


 そんな勇者一行を見て察したのか、タカコは「鏡ちゃんのスキルよ」と呟くと、再び勇者一行は驚愕の表情を浮かべて鏡の方へと視線を向けた。


 死ぬようなダメージを受けても屈さず、立ち向かい、そして立ち向かっている間に傷を癒し、また戦い、傷をつけて、そして……笑っている。まるで、悪魔のように。


 あるいは、鏡がアリスを勇者一行に預けたのも、今のその姿を見られたくなかったからかもしれない。そう思える程に、今の鏡は明らかに普通ではなかった。殺気の籠った眼、睨まれれば背筋が凍てついてしまうのではないかと思える程に近付きがたいオーラを放ちながら、1万という数のモンスターに立ち向かっている。


 その場にいた全員が見た瞬間にわかった。これが、鏡の本気なのだと。自分達と相対した時はまるで本気じゃなかったと思わせる程の圧倒的存在感。



 一騎当万。



 果てしなく厳しい、もしくは不可能なはずなのにも関わらず、全て倒せてしまうのではないかと思える程に、1万の軍勢よりも鏡1人に恐怖心を抱いた。抱かずにはいられなかった。

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