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LV999の村人  作者: 星月子猫
第一部 
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なりたいものになればいい-15

 どうして自分を勇者一行に任せてタカコを呼びに行こうとしたのか疑問だった。最初は、タカコをすぐ探すのに自分が足手纏いになるからと思っていた。緊急事態の今、一番効率の良い方法で動こうとするのは当然のことで、だから勇者一行に任せたと思っていた。


 諦めていたと思っていた。もうこうなってはどうしようもないことだから、今出来る最善をせめて尽くそうとしている。鏡ならそう考えると勝手に思っていた。


 でも違った。


 鏡は諦めていなかった。この街が奪われたとなれば、その傷を埋めるのは不可能に近い。だが奪われなければ、まだなんとかなる可能性はある。取り返しのつかなくなる程に、憎しみに埋め尽くされることはなくなる。攻めてきたという事実は無くならないが、人間が勝利したという賛美が生まれて憎しみは収束する。何故なら、まだ誰も何も失っていないはずだから。


 鏡は、まだ魔族と人間との関係を諦めていない。自分を勇者一行に預けたのは、そういうことなのだ。だからあの時、快く承諾しない勇者一行に鏡は困った顔を浮かべながら素直にお願いしたのだ。最善を尽くすために。


「優しいなぁ……鏡さんは、本当に……っ!」


 鏡は、自分の夢を全力でサポートしてくれている。なのに、不安がって半分諦めていた自分が情けなくて恥ずかしくなり、同時に後悔した。そしてその言いようのない感情をぶつけるように、アリスは西側の壁門へと向かってがむしゃらに走った。


「そんな小さい歩幅じゃ、到着するのに時間が掛かっちゃうわよ」


 直後、背後から猛スピードで追いかけて来たタカコにそう言われながら、アリスはヒョイっと拾われるように持ち上げられて抱えられる。だが、走る速度はアリスを抱えたにも関わらず落ちることはなかった。


「タカコさん……鏡さんが!」


「わかっているわ。急ぎましょう……さすがにレベル999で自動的に回復するスキルがあったとしても、1万の数が相手だと攻撃の手数が違いすぎて厳しいはずだし」


 そう言いながら猛牛が突進するかのような勢いでタカコは走り続ける。その時、背後から何者かが近付く気配を感じ、タカコは走りながらも後ろを振り返った。するとそこには、猛スピードで走るタカコに迫る速度で勇者一行が追いかけて来ていた。


「あらぁ? よく追いつけたわね……それなりに本気で走っているのに」


 そう言いながら、追いつこうとするレックスに合わせてタカコは少しだけ走る速度を落とす。


「はぁ……はぁ……っ! こっちには……賢者のクルルがいるんでな、素早さを一時的に上昇させる魔法をかけてもらっている。むしろ……それをかけないで息を乱さずにこの速度で走るあんたが異常なんだ」


 レックスにそう言われて視線をクルルとティナとパルナに向けると、体力の限界が近いのか全員徐々に走る速度が落ち、更に表情を歪ませていた。レックスだけが少し余裕を見せているが、どうせ助けに行くなら全員揃っていた方が良いと考え、合わせてタカコも速度を落として並んで走る。


「もしかして助けてくれるのかしらん?」


「奴とは話したいことがあるから仕方なくだ。それに……一度聞いてしまったのに見捨てるのも寝覚めが悪いしな」


 タカコの質問にレックスはそう言って答え返すと、照れ臭そうに視線をタカコから背けた。


 その光景にタカコは「へぇ……」と、勇者という立場を守って魔族と敵対しているだけで、そもそもの人間姓は悪くないのだと気付き感心する。


「あれ? メノウは?」


 そこで、タカコに抱えられているアリスが背後に視線を向けてそう呟く。


「あの魔族なら先に建物の屋根を伝って一直線に西の壁門に向かったぞ。魔族だけあってふざけた跳躍力だったよ」


 レックスのその言葉を聞いて、「その手があったか」と、タカコは指をパチンっと弾く。


「それより……あの村人の行動はどういうことだ? 貴様はあの男と長いのだろう? 何故あいつが1万の軍勢に1人で立ち向かおうとする?」


「本人に聞かないとわからないけど、1人で行ったのは誰も犠牲にしたくなかったから……つまり自分でも無茶だってわかってるのよ多分。それでも立ち向かうのは人間に街を襲われて奪われたという恨みを残したくないからでしょうね。魔族のために、人間のために、どちらのためにも戦っているのよあの子は」


 そのタカコの言葉に、アリスは少し悲しそうな表情を浮かべた。最初は足手纏いだからと思っていたが、今思えば嘘をついてでも自分を巻き込みたくなかったのだろう。そう思えてしまうからこそ、先程の自分の考えを叱咤したくなった。


 そしてそれとは対照的にレックスは嘲笑し、馬鹿馬鹿しいとでも言いたいような表情を見せた後、聞きたいのはそれではないと言わんばかりに表情を強張らせた。


「奴が人間と魔族の共存のために少しでも傷跡を残さないよう戦おうとしているのはなんとなくわかる。僕が聞きたいのはそんなことじゃない! 理由があるにせよ、どうして死にに行くような戦いに挑もうとしているのかだ! 勇気と無謀は違う……それがわからない程愚かな奴だとは思えん」


 その言葉を聞いて、タカコはレックスから視線を外して前を見た後、表情を暗くして真顔になった。


「あの子にとって勇気だとか無謀だとかの定義は一切存在しないわ。あるのはとてもシンプルな考えだけ、出来るか出来ないか……諦めるか諦めないか……これだけよ」


 そしてその様子の変化と声色が低くなったのを見て、レックスは走りながらも緊張し、額に脂汗を浮かばせながらタカコの言葉に耳を傾ける。


「今鏡ちゃんが戦っているということは少なくとも出来るって考えたのよ。勿論可能性は低いでしょうけど……1%でも出来る可能性があるならあの子はやるわ。特に今回のことは諦めたくないでしょうしね」


「馬鹿な……命を捨てるようなものだぞ、例え1%の可能性があったとしても、99%は死ぬ。無謀もいいところだ。最善にはならないとはいえ別の選択肢もあるはずだろう?」


「言ったでしょ? 勇気だとか無謀なんて定義がないって、可能性があるなら後はそれに対する思い入れで決めるのよ。諦めるか諦めないかをね」


 その答えに納得がいかないのか、レックスは不可解な表情を浮かべてタカコのすぐ隣を走り続ける。その様子を見て「仕方がないか」とタカコは溜め息を吐き、鏡のイメージが変わってしまうかもしれないため、言わずにおこうとしていたことを口にする。


「鏡ちゃんは……どんな生物においても大切なものが一つだけ欠けているのよ」


「大切な……もの?」


 そのタカコの言葉にレックスだけでなく、少し後ろの方を余裕のない表情で走っていたクルルとパルナとティナも耳を傾けた。アリスも、以前聞こうとして結局聞けていなかったそれの答えに対し、息を呑んで耳を傾ける。


 そしてタカコは、どこか憐れむような表情をしながら、ゆっくりと口を開いた。



「死に対する恐怖心、抵抗。鏡ちゃんにはそれが一切ない」



 そして放たれた言葉に、全員が不可解な表情を浮かべた。

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