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LV999の村人  作者: 星月子猫
第一部 
39/441

なりたいものになればいい-14

「その情報は確かなんだろうな!?」


 そして次に、慌てふためいた様子でレックスが門番の肩を掴んでそう問いただす。


「ああ……間違いなく俺はこの目で見た! 今日はたまたま西側の外壁の上で見張り番をする日だったんだ。また性懲りもなく魔王軍の連中がモンスターを送り込んで来たと思ったら違った……空からのモンスター投下はただの陽動。正面から叩き潰しにきやがったんだ!」


 必死な形相でそう訴える門番が嘘を言っているようには思えず、レックスは苦虫を噛み潰したかのような表情を見せると門番の肩を掴んでいた手を放す。


 額に汗を浮かべ、どうしたものかと一考するレックスを、クルルとティナは不安そうな表情で見守り、答えが出るのを待った。


「それで? どうするのよレックス?」


 考えるまでもないことだと思っているからか、現状に気圧されながらも、これからするべきことを理解しているかのような堂々とした態度でパルナはレックスに聞き出す。


「勇気と無謀は違う……ここは一度引くべきだ。サルマリアは魔王軍に奪われることになるが……態勢を立て直し、人数を集めてまた奪い返しに来ればいい。ここで無駄に死ぬことはない」


「妥当ね……そのモンスターの軍勢が来る前に出来る限り街に残っている人達を誘導してこの街から逃がすわよ」


 そしてその答えを聞いて、クルルとティナも最善と考えたからか、真剣な顔つきへと変化させ、頷いて賛同を示す。その様子に、門番は「すまない……助かる」と感謝の言葉を述べた。


「鏡さん、あなたの力も貸してください。協力してこの街にいる人達を救うんです」


 その時、一連の行動をボーっとした表情で眺めていた鏡の手を突然クルルが手に取ると、そう言って申し訳なさそうな表情で懇願した。


 それに対して鏡は、「んっ」と言って力強く握り返すとすぐさまクルルの手から離し、「その前にちょいとやりたいことが」と言って、足を門番が走ってきた方角へと向ける。


「どこに行くつもりだ?」


 そしてそのままどこかに行こうとする鏡を、レックスがそう言って止めた。


「タカコちゃんを先に呼びにいく。タカコちゃんは戦力になるからな」


「タカコ? あの筋肉隆々の武闘家の男のことか?」


「ん? タカコちゃんは女だよ?」


 モンスターの大群が1万体押し寄せている話より驚きはしなかったが、それでもタカコの姿を既に知っている勇者一行は、衝撃の真実に驚きを隠せず、表情を歪ませた。


 レックスは今一度タカコの姿をイメージするが、女の要素がどう考えても0なのに対し、きっとそういう部分は全部燃焼して筋肉に変わってしまったのだろうと考えて気持ちを切り替える。


「そういう訳であんたらは先に街の住人の誘導に向かっといて。アリスよろしく」


「な……貴様、何を言っているのかわかっているのか? 僕達は魔族を殺すべきだと思っているんだぞ? ついこの間もそのことで争ったのを忘れたのか?」


「でもあんたら、俺に聞きたいことがあるんだろ? なら、少なくともその話が終わるまではアリスを殺すことにメリットなんてないはずだ」


 確かに、ここでアリスを殺すことになんのメリットもなかった。だが、今この街を攻めているのは魔族で、そしてアリスもまた魔族である。そのことも合わさって、元々害である魔族がここにいるなら殺すのは当然の状況。


 それなのにも関わらず、友人とまで宣言していた相手を、殺すかもしれない自分に面倒をみろと言ってきた鏡の考えがわからず、レックスは再び不快そうな表情を浮かべて困惑する。


「聞きたいことなんてどうでもいいから、今すぐこの子を殺したいって言ったら?」


 そして、不可解な行動に出ようとする鏡に対し、パルナはそんな意地の悪い言葉を、微笑を浮かべながら返した。



「……殺さないで守ってやってくれ、頼むよ」



 すると、予想外の反応と言葉にパルナは困惑する。踏ん反り返るわけでもなく、命令するわけでもなく、説教臭く言葉を理由付けて返すわけでもなく、ただ困った顔をしながら微笑を浮かべてお願いをしてきたから。


 そして予想外の言葉に呆然としていると、鏡は答えを聞かないまま駆け出して、この場からいなくなった。あまりにも突拍子のなさすぎる行動に暫く硬直するが、すぐに我にかえると「あぁ、もうっ!」と呟き、溜息を吐いた。


「無責任な男ね、あんた見捨てられたわよ」


 そしてすぐさま憐れむかのような表情をアリスに向けてそう呟くが、アリスは真っ直ぐな瞳で鏡が走り去る様子を見つめていた。


「僕はそうは思わない。鏡さんがそうするのが最善って思ったからこその選択だって僕は信じてる」


「何言ってんのよ魔族のくせに、それであたしがあんたを殺したらどうするのよ?」


「その可能性はあったけど……そうならないってあなた達を鏡さんは信じたんだと思う。だから鏡さんは変な条件なんてつけずに純粋に『頼んだ』んだ。だから……僕は鏡さんが信じたあなた達を信じる」


 そう言ったアリスの手は震えていた。明らかに強がりでそう言っているのが見てわかり、パルナは再度溜息を吐くと「先に行くわ」と言って、街の中心の方へと向けて歩き始めた。


「こ、怖くないんですか?」


 そこで、自分よりも小さい相手がそう強がりを言っているのが心配になったのか、ティナがそう声をかける。


「怖いけど……信じる。僕は、ぼ、僕の願いのためにも信じなきゃ駄目だから」


 そう言うアリスの立ち振る舞いは変わらない、真っ直ぐに真剣な表情で鏡が去った後を見つめている。だがその身体は確かに震え、目には涙が溜まっていた。


 鏡がどうしてこのような行動に出たのかはわからないし、その判断を信じるつもりではいるが、それでもやはり不安は拭いきれなかった。


 アリスの目標は人間との和解と共存だ。なのに、それを崩すかのように1万という数のモンスターが押し寄せてきている。そしてこれは火種の始まりにしかすぎず、今回のことをきっかけに魔族と人間の関係は悪化する。例えこれから父親の元に行って暴挙を止めたとしても、サルマリアの住人は故郷を奪ったと魔族を憎むだろう。


 仮に、鏡が言っていたように第三軍として戦ったとしても、終わりが見えなかったから。


「大丈夫です。安心してください」


 その時、涙を浮かべるアリスに対し、包み込むようにアリスを抱きしめてクルルがそう言った。


「約束は違えません。私も、鏡さんのことを信じようと思います。あなたは無害なのでしょう?」


 安心させようと思ったのか、アリスが今抱えている不安とは別の見当違いな言葉を述べるが、少なくとも目の前で抱きしめてくれている人は理解しようとしてくれているという事実に不思議とアリスは安心し、手の震えが止まった。


「……行くぞ」


 そしてその光景を見て異様な感覚に包まれたレックスは、思い悩んだような表情を浮かべてそう呟き、パルナの後を追う。


「先に……一つだけ教えてください。あなたにとって、鏡さんはどういう人ですか?」


「えっと……分け隔てなく接してくれる……じゃなくて、えっと、その……優しい人」


 アリスのその言葉に、「そうですか」と、わかっていたかのような満足した表情を浮かべ、「行きましょう」と言ってアリスの手を引き、ティナと共にレックスとパルナの後を追う。


 三人が追いつくのを待っていたのか、すぐにレックスとパルナと合流すると、街に逃げ残っている住人がいないかを走り回って探し始めた。


 道中何度か他の冒険者が倒しそこねたモンスターが襲い掛かって来たが、鏡が倒した魔獣ベルセルク程の強敵ではなく、四人の力を合わせて掃討していく。


 街の中は阿鼻叫喚の地獄絵図だったが、諦めて東側に向けて逃げていく者が多く、西側を中心に建物の中にまだ残っている者がいないか大声で呼び掛けながら移動する。


「モンスターは他の冒険者達が倒してくれたのかしら? もうほとんどいないわね」


「で、でも1万のモンスターの大群が来ていますから、中で籠っている人に教えてあげないと」


 パルナは周囲を警戒しながら歩き、ティナが大きな声で「モンスターの大群が向かって来ています! 皆さん逃げてください!」と呼び掛ける。そして、その後ろをレックスとクルルとアリスが逃げ残っている人がいないかを念入りに確認していく。


「そういえばお前、魔族なのにどうして魔力が発生していないんだ?」


 その途中、ふとアリスの角から魔力が発生していないことに気付き、レックスはアリスに向かってそう聞いた。レックスのその言葉に「そういえば……」と言いながら、アリスのお洒落なリボンで隠された白い布が巻かれた角らしき部分をつんつんとクルルはつつく。


「この布のおかげだよ。鏡さんがくれたんだけど……スポーンブロックから作れるレアアイテムで、魔族が放つ魔力を完全に抑えることが出来るんだ」


「ええ! じゃあそれを魔族全員がつけたらモンスターは発生しなくなるんじゃないですか!」


 そして予想外のその言葉に、さりげなく聞き耳をたてていたティナがアリスの目の前に迫ってそう叫び散らす。


 レックスもクルルも予想外だったのか、信じられない物を見るかのような目でマジマジとアリスの角につけられた白い布を見つめた。


「難しいかも、生成されたてのスポーンブロックからじゃないと作れないらしくて、凄く貴重だって鏡さんが言っていたから」


 そして、折角興味を示してくれたのに残念な報告しかできないことを少し惜しく感じながら、正直にアリスはそう答え返した。その様子にパルナは「当然……よ」と、内心驚きながらも呟く。


「……っ! 危ない!」


 その瞬間、前方を見ていたアリスが目を見開いてそう叫び、アリスの視線から自分が狙われていることを察したパルナが左へと跳ぶ。直後、パルナが先程まで立っていた位置に、青白い光を放つ球状の物体が飛び、着弾するとその場で爆発して炎を巻き上げた。


「アリス様から離れろ!」


 その声が聞こえた瞬間、勇者一行は全員武器を手に取り身構える。何事かと確認すると、そこにはピンク色の道着を着た筋肉質な男性と、サーコートに身を包み、銀色の長髪にハットを被らせた男性が立っていた。


「タカコさん! メノウ!」


 そしてその姿を見て、アリスが真っ先に反応して二人の元へと駆け寄る。あまりにも普通に解放されたアリスに対し、「あれ?」っと、困惑した表情でタカコとメノウはアリスを迎え入れた。


「アリス様! よくぞご無事で……っ! あっさりと解放されましたが……どういうことで?」


「えっと……説明すると長いんだけど……」


 なんとなく察しのついたタカコはアリスの説明を聞くまでもなく、武器をこちらに向けて構える勇者一行に視線を送ると、「……随分と異色なパーティーが結成されたものね」と呟き、溜め息を吐いた。


 そして、右手を頬に置いて溜め息を吐く目の前のピンク色の道着を着用した筋肉質な存在に対し、レックスとティナとクルルは息を呑む。『これが……おん……な?』と。


「魔力、隠れてないけどいいのかしら? 角は隠れているみたいだけど」


 そこで、タカコが女性だろうが男性だろうがどうでもよく思っていたパルナが、メノウに嫌悪の視線を向けながらそう聞き出した。


「この混乱だ。魔力が発生しているかなぞ一々気にしている奴もいなかろう。この周辺にスポーンブロックもないであろうしな。それより、何故貴様達がアリス様と行動を共にしている!」


 先日の一件のことで警戒しているのか、メノウは殺気を剥き出しにしながらアリスを庇うように前へと足を踏み出し、そう叫び散らす。


「鏡さんに頼まれたんです。この事態を解決するべくタカコさんの力を借りると言って……鏡さんにはお会いしていないのですか? 鏡さんはタカコさんを探すと言っていたのですが」


 だが下手にメノウを刺激しないよう、武器の構えを解いたクルルがメノウの質問に答え返した。


 返って来た言葉に、タカコとメノウは顔を一度見合わせると、心当たりがないのか困ったような表情を浮かべて首を左右に振る。


「宿屋から真っ直ぐこっちに来たのだけど……この街、入り組んでいるしどこかですれ違ったのかしら? とにかく見てないわね」


 その言葉に「そうですか……」と、逆にはぐれる結果となってしまった鏡を心配に思いながらクルルは呟いた。経緯を知らないタカコとメノウは、どうしてこんなにもクルルが心配そうにしているのかわからず、首を傾げる。


「誰かっ! 誰か来てくれ!」


 その時、西側の方角にある道から、慌ただしく助けを呼ぶ声が聞こえ、その場にいた全員がこちらに向かって走って来る門番に視線を向けた。


「誰か……誰でもいい……西の、西側にある門に来てくれ!」


 走り寄って来た門番はレックスの目の前で立ち止まると、肩を上下させ、乾ききったガラガラの声でそう言葉を放つ。


 先程、この男性とは違う門番に西側からモンスターが迫っているから逃げろと言っていたのと、真逆のことを言われ、何事かとレックスとティナは困惑した表情を浮かべた。


 そんな中、クルルが回復魔法をかけることで体力を回復させ、心配そうな表情で何があったのか落ち着いて話すように促す。すると、



「……1人で1万のモンスターの大群に立ち向かっている馬鹿がいるんだよ! 止めたんだ! 止めたけど聞かなくて! どう考えても強そうには見えない村人みたいな恰好してるのに……たった1人で、今もモンスターと戦っているんだ! 誰か……誰でもいい! 見捨てられねえ! 連れて逃げてくれるだけでいいから……助けてやってくれ!」



 自分で見たのに、自分でもその無謀な挑戦を信じられていないのか、困惑した落ち着きのない様子で門番はそう叫んだ。


 直後、アリスは西側の壁門へと向かって一目散に走り出した。一瞬でも、これからの事を考えて不安で泣き出しそうになっていた自分を後悔しながら。


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― 新着の感想 ―
[一言] いつまでも明記されないタカコの性別が気になって授業中にすら眠れない。なんとかしやがれろください
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