なりたいものになればいい-11
「良かったのかなぁ……逃げたりしちゃって」
「いいっていいって、無警戒だった向こうが悪い。それに捕まってたら、今頃めちゃくちゃめんどくさいことになってるぞ? あいつら人の話ちゃんと聞いてくれないし」
店から出た後、アリスをすぐさまヒョイっと持ち上げて抱えた状態で鏡は全力で逃げ出し、大通り付近にまで移動していた。先程歩いていた通りよりも人の行き交いが激しいため、人に紛れて身を隠すなら都合の良い状態になっている。
鏡がいる脇道の奥の方に存在する大通りの付近では、パレードを見るのを目的に集まる人だかりのせいで、鏡のいる位置からでは見えない程に大通りの端道が人で埋め尽くされていた。
そんな中、鏡は近くにあった露店で、ホットドッグを購入してアリスに手渡していた。
「トマトソーススパゲッティはまた今度だな。今日のところはこれで我慢してくれ」
「ありがとう鏡さん。……これは何? なんていう食べ物なの?」
「んぁ? ホットドッグも知らないのか? ソーセージをパンで挟んだだけの簡単な食べ物だよ。売店によってはソースが違ったり、野菜が大量に入っていたりするけど」
アリスはその説明を受けると、「へぇー」っと感心したように呟き、口を大きく開いてホットドッグにかぶりつく。その瞬間、アリスは目を見開いて輝かせ、鏡の方を見ると猛スピードで咀嚼して飲み込み、「美味しいっ!」っと返した。
そう言われ、ハムスターが食事をするかのような勢いでホットドッグを食べ始めたアリスを見て、鏡は思わず笑みをこぼす。普段食べ慣れている物でも、美味しいと言って嬉しそうに食べてくれているのを見ると、いつもと違った楽しみがあるなと実感する。そう思いながらも、鏡も同じようにホットドッグにかぶりついた。
「ふぁーごちそうさまでした」
「食べるのはっや。本当にハムスターみたいに食べたな」
「だって、美味しかったから」
そう言って、満足そうに笑顔を向けるアリスを見て、鏡も同じように満足そうに溜め息を吐く。その後、自分がかぶりついたホットドッグを見て、これを食べているのを待ってもらうのも悪く感じ、売店で更に追加でソフトクリームを注文してアリスに手渡す。渡す時に「例のやつ」と呟くと、これまたアリスは目を輝かせて、コーンの上に螺旋状に渦巻くクリームを、鏡が言っていた通り上品にペロペロと舐め始めた。
「お前ら魔族って普段何食べてんの? 魔王の娘なんだしそこそこ良いもの食べさせてもらってたんじゃないのか?」
「食べる物に困ったことはないよ。普段は野菜とか……猪や鹿の肉を食べたり? でも、調味料が少ないから、味にバリエーションが出せないんだ。人間の街は新たな味の発見が多いね!」
そう言って、これまたアリスは笑顔を見せる。その表情に鏡は再び満足すると、大通りに近寄らないように脇道をアリスと一緒に歩き出した。そして暫くして、鏡の視界にヴァルマンの街でもよく通っていた見慣れた光景が映る。
昼間なのにも関わらず、ネオンの光を放つ異様な看板。全国共通の銀行もやっているクエスト発行ギルドが運営し、大金持ちでもなければ利用することのない特殊な娯楽施設。古の時代から今に至るまでずっと存在するゲームセンターがそこにあった。
「そういえば……この街にもあったな」
突然立ち止まった鏡の視線を追って、アリスもその異様な存在に気付く。
「あれは……何なの鏡さん?」
「ゲームセンター」
鏡はそう呟くと、ニヤッと笑みをこぼし、「ちょっと寄って行こうぜ」と提案する。アリスがその提案を断るはずもなく、片手にソフトクリームを持った状態でトコトコと、鏡の後についてゲームセンター内へと入った。
その瞬間、アリスは目を見開いて再び目を輝かせる。入店すると同時に、各ゲーム筐体から鳴り響く音の騒音で耳を圧倒され、各ゲームの筐体から映し出される色とりどりの光の数々、イルミネーションとも言えるような、様々な形をしたゲーム筐体に自然と興味が引かれた。
「一つ一つが違ったゲーム性を持っていてな、1プレイ100シルバーと高いけど、ここにいればそこそこ時間を潰せる……まあ、ただの娯楽施設だよ」
「1プレイ100シルバー!? た、高くないかな?」
ゲームセンターの入り口で目を輝かせながらぼーっと突っ立っているアリスに対し、鏡がそう言ってゲームセンターについて教えると、アリスは驚愕の表情を浮かべてそう返した。
「なんか消費エネルギーが激しいとかいう理由で、この値段設定らしいんだよ。遊んでいる奴らも相当裕福じゃないと出来ないだろうな」
そう言われたのでアリスは周囲を確認すると、筐体の前で実際にゲームをプレイしている者達の身なりが良いことに気付いた。そうでない者もいるが、筐体の後ろでウロウロしてプレイしている人達を見ているだけで、プレイしようとはしない。そんな連中をぼーっと見ていると、鏡が横から「入場してみてる分には無料だからな」と言い、「なるほど」と納得する。
「一回何かやってみるか?」
「い、いいよ! 100シルバーもするのに、それに今ただでさえ借金もしているし、ご飯とか色々面倒見てもらってるし、これ以上迷惑かけられないよ」
そう言われて、鏡はそういえばそうだったと、魔王城に行くための目的が変わってすっかり忘れていた借金の話を思い出す。別にそんなに気にしないが、無理やりやらせるのもお門違いと想い「そうか、じゃあ借金返してもらってからまた今度な」と言って微笑んで見せた。
だが、一応ゲームそのものには興味があるらしく、見たいということで暫く滞在して他の人がプレイする所を背後から見物することにした。
ゲーム筐体はモニターに映像が映し出されるビデオゲームの他に、乗り物に乗って動きを体感しながら遊ぶゲームや、リズムに合わせてボタンを押すゲーム等様々なものが存在する。アリスはその全てに興味を抱き、誰かがプレイするタイミングを待って、楽しそうに笑みを浮かべていた。
「鏡さんって、どのゲームが好きなの?」
「俺は対戦格闘ゲームが好きかなぁ、勝てば追加でお金を払わずにずっと遊べるし」
鏡はそう言って、普段自分がプレイするゲーム筐体の前へと移動する。他のゲームに比べると見物人が多く、また、声援を送る者までいる程に熱狂していた。プレイしている者も、一つ一つのプレイに表情がコロコロと変化する程に熱中している様子で、勝利すれば雄たけびをあげ、敗北すれば頭を抱えて筐体を叩いている。
その光景にアリスは「おぉっ!」っと興味を引くが、そんな光景の傍らで、ゲームセンターの隅の方にわざと他のゲームとは離されて置かれた一台のビデオゲーム筐体が気になり、視線を向けた。周囲には誰もおらず、場所の立地が悪いのか見向きもされていない。
「ねえ鏡さん、あれはどうしてあんなに端の方に寄せられてるの?」
「あれは他と違って1プレイ辺りの料金が時間制なんだよ。10分100シルバー、しかも育成して強くならないと敵を倒せないからクリアにとてつもなく時間が掛かる」
「どんな内容のゲームなの?」
単純に気になったので聞いた言葉だったが、何故か鏡は表情を強張らせ、言い難そうに口籠らせた。
「……RPG。ロールプレイグゲーム」
そして何故か不快そうに、呟くようにそう言葉を発する。
「ロールプレイング……ゲーム?」
「単純だよ、この世界と同じ仕組みをゲームでもやってるだけ。自分が好きな役割のキャラを育てて、モンスターを倒して強くなって、魔王を倒してクリアするだけのゲーム」
「それって……面白いの? わざわざゲームでやる必要もないような」
「まあ一応、俺達と同じようにステータスが存在して、その数値によって敵と自分の有利不利が生まれるから、うまい具合に考えないと負けてしまうってところは頭を使うから楽しいのかもな」
そう言った鏡の表情は全然楽しそうなものじゃなく、「役割に村人がいないのは気に喰わないけどな」と付け足して失笑するが、何か違う部分で気に喰わない何かを知っているような感じがして、アリスは言葉にしてそれを聞こうとする。
だが、その瞬間、ゲームセンター内にいてもはっきりとわかる程の音量で、外側から大歓声と楽器の音が鳴り響いた。
「お、パレード始まったみたいだな。行ってみるか」
「う、うんっ」
手を差し出してそう言う鏡に返事をし、どうせ大したことがないと決めつけて放とうとしていた言葉を引っ込め、ゲームセンター内を跡にした。