なりたいものになればいい-8
そもそも、モンスターは人間のように成長して強くなる工程を必要としない。モンスターによっては生まれた瞬間から高レベルだ。そしてアトロス島はモンスターを生み出すスポーンブロックのあるダンジョンこそ少ないが、そこから生み出されるモンスター、生息するモンスターは全て高レベルである。
さらにそのモンスター達は、魔族がその気になればいくらでも増やすことが出来る。今まではモンスターを増やす必要性が無かったが、侵攻のための道具として扱うとなれば容赦なくモンスターを量産しているのはほぼ間違いなかった。
もしも今までの侵攻がただの牽制だとするなら、ヘキサルドリア全土への本格的な侵攻のために大量のモンスターを蓄えている可能性がある。それに加えてレベル100未満の冒険者が100人束になっても倒せないとまで言われている魔王までいるのだ。
魔王を倒すのが目的ならば、暗殺という形式で実力のある少人数が魔王城に乗り込めばいいが、魔王軍を相手にするのであればそうもいかない。
サルマリアにいる冒険者達が弱いとは鏡も思っていないが、それでも勝つ可能性は低かった。殺してもいなくならない圧倒的に強い兵に対抗しようと思えば、サルマリアにいる冒険者だけじゃ数が足りない。
「でもそれ、私達が先に行った所でどうしようもなくないかしら? サルマリアの人達が攻める意志を失わない限り結局攻めて来るじゃない」
「俺の筋書はこうだ。まず魔王城に潜入して魔王に会います。そして事情を聞いた後、説得して魔王軍を止めて、魔族の連中を全員連れて逃げる。はい完璧」
鼻をふんっと鳴らして意気込む鏡の計画の浅さに、タカコは溜め息を吐いた。
「あのね……もし魔王がその気だったらどうするの? その時は私達も腹を決めなきゃいけないわよ? 人間を滅ぼそうとしている相手を放置して暮らしてなんかいけないわ」
荷馬車の中でも外で歩く二人の会話が聞こえたのか、アリスとメノウは表情を曇らせる。
もしもその時になれば、必然的にアリスとメノウも覚悟を決めてどうするかを考えなければならない。メノウも、魔王軍として元通り人類を倒すために戦うつもりではあったが、どうにも鏡とタカコを敵に回したいとは思えなかった。それは、実力が上だからとかではなく、短い期間とはいえ、魔族を嫌悪どころ親しく接してくれたタカコと鏡を良く思っているからのことだった。
アリスも、もしそうであった時は人間との交友を諦めざるをえない。だが、タカコと鏡と敵対することになると考えると、どうにも胸が苦しくなった。
「その時は俺も腹をくくって戦う覚悟くらい決めてやるよ。ただし、第三軍としてだけどな」
だがその時、鏡が放った謎の発言に二人は目を丸くする。
「第三軍? 何なのそれ」
「魔王軍、人間軍ときて、魔族と人間の共存軍だ。俺はそこに入る。アリスやタカコちゃんみたいなのがいるんだ。きっとある程度集まるはずだ。やるなら妥協で戦うんじゃなくてとことん抗ってやるよ」
それを聞いて、荷馬車の中にいたアリスは安心したかのように笑みを浮かべた。
「はいはい! その軍、僕も入れて欲しい!」
そして荷馬車から顔を出して、アリスは元気よく手をあげてそう言った。
「お? まあそのつもりだったけど……いいのか? 親父さんと敵対することにもなるぞ?」
「お父さんと戦うのは嫌だけど……いいんだ。父さんが人間と友好関係を築きたかったから僕もそうしたいと前は思っていたけど今は違う、僕が鏡さん達と一緒にいたいから、そうしたいんだ」
「くぅ、なんてかわいい奴。後でお菓子買ってやろう」
満面の笑顔でそう言ったアリスに、鏡は親指をたててグッドサインを見せた。
そんな二人の様子を見て、タカコも笑みを浮かべて「なら私も入らせてもらうわ」と、呟いた。そんな中、荷馬車の中でメノウは苦悩していた。「魔王様を裏切ってよいものなのか、だが魔王の娘であるアリス様がいるならそれはっ!」等と、どうするのかはもう決まっているにも関わらず、苦悩する自分を演じていた。
「人間よ、貴様が地に頭をつけて懇願するのであれば、タカコがそこにいるというよしみで我々もその軍に入ってやらないこともない」
「あ、ご遠慮しておきます。野に帰ってください」
「……マイナス7点っ」
そんなもしもの時の話をしながら、鏡達はサルマリアの内部へと入場する。
その瞬間、アリスは会話をしていることを忘れ、その圧倒的な光景に口を開いて驚きの表情を見せた。
殺風景な外壁とは裏腹に、内部は今まで見たことがない程の規模で、新しさを感じる小奇麗な家屋が並び、魔族にとっては本でしか見たことがない人間達の貴族街のような風景が眼前に広がっていたからだ。
数キロ先まで家屋が広がっているのがはっきりとわかる程に広い通りに、その通りの端々で、多くの行商人が露店を開き、その中を冒険者と思える者からただの一般人にしか見えない者達まで、多くの人達が行き交っていた。
ヴァルマンの街の光景にもアリスは大きな感動を抱いたが、それ以上の感動をアリスは抱く。
通りで露店を開く行商人だけでなく、並ぶ家屋のあちらこちらからお腹が思わず鳴ってしまいそうになるような良い臭いと煙があがっており、多くの人達が出入りしていることから家屋に見える建物の多くが何かしらの店を構えていることがわかる。
これだけ人が行き交っているにも関わらず、ヴァルマンの街のように窮屈な感じがしないのは、純粋にこの街がどれだけ広く大きいかを物語っていた。それもそのはずで、要塞都市サルマリアは、ヘキサルドリアの本土と、アトロス島の間に存在する土地の全てを使っていた。
街のあちらこちらにはそのまま海に続いているのか堀が敷かれ、綺麗で澄んだ水が流れており、それがまた清潔感を漂わせている。
「おーおー口なんか開いちゃって、これでもまだただの通りだ。パレードをするって言っていた大通りはもっと広いぞ?」
「凄い……凄いよ鏡さん!」
だが、残念ながらサルマリアに呑気に滞在している暇はなく、そのまま鏡達はサルマリアの西にある出入り口である壁門を目指す。目を輝かせていたアリスもそれに気付いてか、少し残念そうにしょぼくれた表情へと変化した。
「まあ、そんな顔するなって。どんな結果になろうが、事が終わったらまたくればいいさ」
そんな表情を見せるアリスの頭をなだめるようにポンポンと鏡は叩き、安心させるかのように笑顔を見せた。そしてそんな鏡の行動にアリスはすぐさま気持ちを切り替え「っうん!」と、大きな声で返事をし、はにかんだ笑顔を見せた。
「はい、お手上げー」
それから三十分後、サルマリアを出ようとしていた鏡達はサルマリア内に多く存在する宿屋の一室内のベッドの上でゴロゴロだらだらと転がって時間を潰していた。