なりたいものになればいい-7
いくら荷馬車で身を隠しているとはいえ、メノウから漏れ出す魔力によるトラブルを避けるため、極力道中にある街を避けて迂回しながらサルマリアへと目指したが、ケンタ・ウロスの異常なスタミナとパワー、そして速度から予想以上にも早く到着し、真っ直ぐ向かった場合とほぼ変わらない5日でサルマリアへと到着した。
「見えてきたわ……懐かしいわね」
昔に何かあったのか、感慨深くそう呟くタカコに、荷馬車に乗るアリスは呼応するように「わぁ……!」と、ようやく着いた事と、普通なら入ることすら叶わないサルマリアの内部に期待を寄せて、笑顔で荷馬車から顔を出した。
そして元々何度も来たことのある鏡と、上空から何度も見たことのあるメノウは無表情でサルマリアではなくタカコに視線を向ける。サルマリアよりも凄い光景がそこにあったから。
サルマリアに到着した時には、タカコは運転席ではなく、既にケンタ・ウロスの背中に乗っていた。その光景の異様さは、最早言葉にして語れるものではなかった。
「それにしても驚く程にスムーズに来れたな、もっとトラブルあるかと思ったけど」
目前に迫る巨大な壁門を前に、鏡は眠たげな表情でそう呟いた。
「人間とは遭遇しても誤魔化していたし、モンスターが現れても鏡殿とタカコ殿が一瞬の内に倒してしまわれたからな」
「いやー、なんていうか魔王軍が俺達の元に現れて邪魔しに来るとかさ? 四天王の一人が現れて『お前を魔王城に行かせる訳にはいかぬ……っ!』とかさ? よく漫画とかであるじゃん?」
「魔王軍の目的は別に我々を倒す事ではないし、来る訳がないだろう。勇者パーティーなら危険性を考慮して襲撃するやもしれないが……ところで鏡殿、漫画とは?」
そう言われて、魔族には漫画やゲーム等の娯楽の娯楽の類がほとんど存在しなかったことを思い出す。漫画やゲームは古の時代にあるものがそのまま残った高級品で、人間でも一部の金持ちにしか楽しめないが、それ以外にもチェスや、カジノにあるルーレットやポーカー等は今でも一般人が遊べる娯楽だ。それを知らないのは少し勿体ないなと感じた。
「今度教えてやるよ。今回のことが終わったらだけどな」
「ほ、本当か鏡殿! いや……しかし、もしも魔王様のご意志で魔王軍を動かされていたなら……ぐぬぅ……どうすれば」
そう言いながら苦悩の表情を浮かべるメノウを見て、鏡は思わず笑みをこぼす。
「もしもの時なんて今は考えなくていいよ。その時が来た時に考えればいい」
少なくとも、漫画を知る未来が良いものとメノウは考えている。それがわかっただけでも、鏡は充分満足出来た。そして同じように、メノウと鏡二人の表情を見て、アリスもはにかんだ笑顔を見せた。
「メノウちゃん、そろそろ顔を引っ込めて布を被って頂戴。街の中では絶対に顔を出さないようにね」
「あ、ああ。すまないタカコ殿」
タカコに指摘を受け、メノウはいそいそと荷馬車の中へと顔を引っ込めて布を被る。その瀬戸際、メノウはアリスに向かって「私のことは気にせず、楽しんでください」と呟くと、アリスは嬉しそうに「うん!」と答え返した。
「それじゃあ入るわよー」
巨大な外壁で包まれたサルマリアの東側と西側で二つしかない出入り口の東側の門前へと辿り着き、タカコが再度確認するようにそう声を掛ける。
巨大なドラゴンでも通れるであろう東側の門はまるで迎え入れるかのように既に開いており、門前にいる数人の要塞都市専属の門番は、余程不審で危険そうな人物が通ろうとしている場合か、東側からはほとんど寄り付かないモンスターが内部に入り込まないように立っているだけで、大体の場合はチェックされる事無くそのまま通ることが出来る。
それがケンタ・ウロスだとしても、行商人の中にはケンタ・ウロスを扱う者が少なくはなく、既に危険性の低さが知れ渡っているため、普段であれば止められることはない。
「ちょっと待て。貴様……怪しいな、どこから来た?」
だが、ケンタ・ウロスに跨るピンク色の道着を着たムキムキすぎる男らしい女性が荷馬車を引きずりながら目の前を通り過ぎようとした瞬間、門番の1人がそう言って制止をかけた。
そして、まあそうなるだろうなと思っていた鏡は、溜め息を吐きながら荷馬車から降りる。
止められたことが腑に落ちないのか、タカコは一瞬殺意剥きだしの表情を門番に向けるが、すぐさま鏡がタカコと門番の間に割って入り、お互い視界に映らないように遮る。
「俺達はヴァルマンの街からドロップ品目当てでここまで来た冒険者だ。怪しい者じゃない」
鏡はそう言うと、ステータスウインドの一部を表示し、自分が犯罪を起こしていない人間であることを伝える。それを見た門番は不審な表情を向けながらも、唸りながら一考するかのような動きを見せた。
「……ん? 妙だな。その荷馬車の中には何がいる? 魔族の……魔力のようなものを感じられるが?」
「荷馬車の中には俺の妹と、ここに来る途中で手に入れたブルーデビルの角しかないよ。大量に手に入ってね。保存する容器もないから剥き出しで置いてあるんだ」
こういう展開になった場合の対処法として、事前に打ち合わせていた通りに荷馬車からアリスが顔を出してブルーデビルの角を片手に、門番の視界に映るようにちらつかせる。
「妹……? 随分若いように見えるが……戦えるのか?」
「妹は別に戦わないよ。前々からこのサルマリアに来たいって言っていたから連れて来たんだ。妹だけは観光目的だよ。ほら、ここって国内一賑わっている場所だし」
鏡のその言葉を聞いて、門番は荷馬車から顔を出すアリスを不審そうに凝視する。だが、アリスが微笑むように笑顔を見せて暫くした後、害が無いと判断したのか、首だけをくいっと動かして進むように合図を出す。
「止めて悪かったな。半分観光が目的ならぜひ楽しんでいくといい。今は盛大にお祭り騒ぎをしている最中だからな。パレードなんかも毎日やっているぞ」
タカコがケンタ・ウロスに指示を出してサルマリア内部へと移動を始める傍らで、それに続こうとする鏡を呼び止め、門番がそう声を掛ける。
元々サルマリアには何度も足を運んだことのある鏡は、パレードという言葉を聞いて足を止めると、門番の方へ振り返り首を傾げた。
「パレード? こんな時期にか?」
国内で毎日のようにバカ騒ぎをし、国内で一番の活気を見せるサルマリアでも、パレードのような大掛かりなことは年に2、3度しか行わない。
いくら盛り上がろうとも、パレードのような都市全体を使っての行事は、街の大通りを占有してしまうため1年に1回のサルマリアの創立記念日か、余程のおめでたいことが無ければ行われることはない。
「つい先日からの話だがな、今まで全く音沙汰の無かった魔族の魔王軍を語る連中がサルマリアに侵攻を開始してきてな、既に何度かサルマリアを攻めてきたんだが……全戦全勝! 最早魔王なんざ取るに足らないってんで、魔王軍及び、魔王討伐の大規模な部隊が結成されてな。それの前祝いっていうか、戦いに出る者達の健闘を祈ってこうしてパレードが行われてるのさ」
それを聞いて、鏡は少し表情を強張らせる。
「その……魔王軍討伐のための部隊はいつ出発するんだ?」
「明日だ。昨日と今日で魔王討伐の戦いに志願した戦士達を盛大に称え、明日の朝に出発してもらうことになっている。魔王を討伐して戻ってきたらまたパレードだ。暫くこの街に居れば退屈せずに済むぞ?」
思っていた以上に事が大きく進んでいたことに、鏡は焦りを感じて表情を曇らせながら門番に背を向けてタカコの元へと急いだ。例えこのまま魔王討伐隊が魔王城に向かったとしても、全滅、良くても半壊して戻ってくるだろうと鏡には確信があったから。