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LV999の村人  作者: 星月子猫
第一部 
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なりたいものになればいい-4

 張り詰めた空気が暫くの間漂った。誰も発言することなく、誰も動くことなく、数分にも感じられる数秒が経った頃合いで、


「でも……街を攻めてきたその魔族の男の人は悪じゃないんですか?」


 いつの間にかクルルの背後に隠れて怯えながらもまじまじと鏡を見つめ、ティナが額に汗を浮かべながらそう言った。


 そう言われて鏡は数秒無言になった後、無表情でティナに視線を合わせ、


「それについてはもう、マジすまんかったとしか」


 鏡は先程の張り詰めた空気を一気に崩し、そう言った。


「えー……だったらその人を捕まえるのは私達が正しいんじゃ……」


 予想外の反応に、ティナは困惑した表情でそう呟く。


「いや違う違う。俺が言いたかったのは魔族全員が悪い奴じゃないよってことで、ちょ、話聞いて、話をまず聞こうお姫様」


「聞く耳持ちません! どちらにしろ、その魔族はヴァルマンの街を襲いました。これは紛れもない事実! やはり捕らえるのが道理です」


 一瞬でも自分が間違っているのかと考えそうになった腹いせに、クルルはすぐさま魔法の詠唱を始め、パルナと同じように魔法陣を生成し始めた。目の前の男は自分のペースを乱し、自分の素の部分を引き出す危険人物である。クルルは今のやりとりでそう確信した。


「待て待て! ほら! 人間も魔族の街とか攻めるだろ? 今回攻められたのも同じ事! 戦争に正義も悪もないだろ? 自分が信じるものが正義なんだし!」


「なら、私達が信じる正義のもとに、攻めてきた敵国の者を捕えるのは自然なことですよね?」


「確かにっ! いや、でも聞いてくれ、攻めたはいいけど魔王の様子がおかしいから、これから魔王の様子を探りに行くところなんだよ。ほら、王の命令で仕方がなく従ったけど、そのやり方があまりにもおかしいから謀反を企てる従者的な立ち位置」


 そのさらっと出た鏡からの妙な言葉に、レックスとパルナとクルルはしかめっ面になる。


「魔王の様子がおかしい? 何がどうおかしいんですか?」


「人間との和睦を望んでいる魔王が、街を襲うように指示を出すのはおかしいんだよ。だから昨日こいつを捕まえて本当に魔王の指示だったのか確かめた後、どうにも怪しいから直接魔王城に行って確かめることにした。こいつも気になるらしいから連れて行く。以上」


 鏡のあまりにも馬鹿げた発言に、レックスは声を上げて笑い、パルナは哀れみの眼差しを向け、ティナは苦笑いを浮かべ、クルルは失笑する。


「おかしいのはあなたじゃないですか? 魔王が人間と和睦を望んでいる? ……そんな馬鹿な話がある訳ないでしょう。魔王は人類の最大の敵です」


 その結論が絶対に正しいと思っているからか、自信満々な様子でそう答え返した。クルルの言葉に同意なのか、レックスは蔑んだ笑みを浮かべる。


「何を根拠にそう決めつけてんの?」


 だが鏡には、むしろ自信満々そうな表情が出来る意味がわからなかった。


「根拠ならいくらでもあります。かつて、この大陸全土に多くのモンスターを生み出したと言われているのが魔王です。そして今日に至るまでに……どれだけ多くの方々がモンスターに殺され、魔王に挑み、その命を失ってきたか……わからない訳ではないでしょう?」


 そしてその言い分を聞いて、鏡は溜め息を吐きながらやれやれと頭を抱えた。


 何度も、何度も訴えた時期があった。でも皆が口を揃えてそう言葉を返し、丁度今のレックスの表情のように鏡の言葉を嘲笑った。めげずに、この世界はおかしいと、今の魔族と人間の関係は間違っていると叫んでも、誰もが現状の事実だけに目を向け聞こうとはしない。


「モンスターが生まれたのは魔王の意志じゃないし、命を狙われたら応戦すんのが普通だろ。殺そうとしている相手を殺すなってのもよくわからん。和睦を願ってない根拠になってないだろ……固定観念に囚われるなよ」


「固定……観念?」


「俺は魔王に会ったことがあるから、そこにいる魔王の娘が和睦を望んでいると言われても違和感なかったよ。魔王は人間を滅ぼしたいなんて思ったことは一度もないはずなんだ。だから、今回の襲撃も魔王の意志とは思えない。それを確認しに行く」


 その時だった。憤りたった様子でレックスは鏡に近付くと、どこか焦りを感じられる表情で、胸倉を乱暴に掴みかかった。


「ふざけるな!」


 そして、周囲から木霊する程の声量でそう叫び散らす。


「魔王に会ったことがあるだと? 魔王が和睦を望んでいるだと? でたらめ抜かすな! 貴様こそ……その根拠はどこにある? 卑劣な魔族が演じて騙した可能性の方が……!」


 何をそこまで焦っているのかわからなかったが、胸倉を掴み掛かるレックスに鏡は視線だけを向け続ける。


「今まで、魔王が街を攻めてきたことがあったか?」


 そして鏡は小さくそれだけ呟いた。


 その瞬間、レックスの脳内を色々な過去の出来事、映像が駆け巡り始める。魔族の街を幾度となく滅ぼしてきた歴史、魔族を惨殺し、見せしめにした王国の者の存在をレックスは知っている。なのに、魔王は攻めてきたことがない。


 それが何故かなのは、レックスは鏡に言われるまでもなく、ずっと昔に理解していた。


「魔王がその気になっていたらとっくの昔に戦争だぞ。それに、どうしてこんなヘキサルドリアみたいな島国に、それも人間に狙われやすいダンジョンもほぼ存在しない辺境に魔王城があるのか疑問に思ったことはないか?」


「あ、それは私もずっと疑問に思っていました。攻めて来たらどうしようってびくびくで」


 変わらずクルルの背後に隠れていたティナは、勘付いたかのように恐る恐るそう言葉を漏らした。


「モンスターによる影響を最小限に抑えられるのがあの場所だったからだろ多分。立地は高低差があって人間に攻められにくい良い場所だけど……っうぉ!」


 鏡がそう言葉を発した瞬間、刃状の炎の塊が、真っ二つにせんとばかりに突如鏡の元へと接近する。ぎりぎりのところでそれに気付いた鏡は、胸倉を掴んでいるレックスの胴体をがっちりと掴み、そのまま一緒に飛んで回避した。


「耳を傾けない方がいい。馬鹿げているわ……魔王は敵よ。その男は魔族に洗脳されている可能性があるわ。あんた達もしっかりしなさい!」


 パルナのその一瞥で、レックスは目を覚ましたかのように掴んだ胸倉を離し、回避のために一緒に飛んだ鏡を空中で蹴ると、空中で一回転して着地し、先程奪われて放置されていたもう一本の剣を片手に持って握った。


 クルルとティナも、少しだけ迷いのある表情を見せていたが、パルナの一瞥で顔を震わせ、戦意を眼差しに灯らせ、持っていた杖を強く握りしめる。


 その様子を空中で蹴り落とされた鏡が見ると、がっかりした表情で「ま、そうだよな」と、呟いた。理解が出来たとしても害であることは変わらない。結局殺すことになるのであれば、それが悪であれ味方であれ、敵としてみなしていた方が楽なのだ。


 理解し合おうというのは、つまりのところ、害の部分を我慢して被害を受け続けろと言っているに他ならない。そして鏡は、それも理解していた。だから、諦めた。


「いやぁーアリスたん、やっぱこの道はすげえ厳しい道だわ」


 鏡はそういうと笑って見せた。前回は自分が一人で訴えるだけだった。でも今回は向こうから、魔族の方から歩み寄ろうとしてくれている。明らかに前回とは違うそのアプローチの仕方に、期待しない訳がなかった。


 この道の厳しさは改めて今、確認出来た。それでも笑う事が出来たのは、その可能性をクルルの反応から感じ取れることが出来たからだ。前回の時とは明らかに違う反応。


 可能性を感じられずにはいられなかった。


「よっしゃ逃げるぞ! 今なら楽勝で逃げられるはずだ!」


 だから鏡は、改めて、【全力でサポートしてやろう】、そう思い。まずは、一番の障害になっている存在の元へ向かうため、メノウの服の襟を掴んで走り出した。

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