第二十三章 「全てをぶち壊して、ただ前に」
それは、あまりにも異様な光景だった。
「……これは、どういうことですかね?」
ロイドは驚愕した表情で頬に一滴の汗を垂らした。ロイドの周囲にいる者たちも、その光景を前に、開いた口が塞がらない様子だった。
数時間前、突如襲来した三十機ほどのラストスタンドが鏡を確保して陣営を作っていたのは既に気付いていた。無論、そこで鏡の手当を施しているのであろうことも。
そうなれば、鏡を限界の限界まで追い込んだ意味がなくなってしまう。また、可能性のないと見限った鏡を処分する絶好のチャンスを失ってしまう。体力が回復してしまえば、仕留めるのに再び労力が必要になるからだ。
だが少数とはいえ、数十機のラストスタンドとその搭乗員たちを相手に無暗に突っ込むのは自殺行為に等しく、一度戦力を結集させて一気に攻めこもうと準備が整った時のことだった。
「まだ……四時間も経っていないのに?」
鏡を確保したであろう連中が突如動き出し、このガーディアンへと向けて進軍を始めた。
そこまではまだ理解できた。普通の流れだった。
「無理です……近付けません! 接近戦は自殺に等しいかと!」
「何故です? 相手は少数のはずですよ⁉」
「なんて説明したらいいか……とにかく、もうめちゃくちゃなんですよ!」
「落ち着いてください。小隊を組んで建物の影に潜み、隙をついて全方向から襲撃を掛ければ相手も対処は困難のはずです。確実に戦力を削って――」
「それも駄目なんです!」
戦況を報告しに来た到達者の一人が、現場を直接見てきたのか酷く慌てた様子でロイドに掴みかかる。
相手は百人足らずの数と三十機ほどのラストスタンドのみ、対するこちらは一万と百機を超えるラストスタンドを保有している。なのに、ロイドの陣営は相手の戦力をまるで削れない状態が続いていた。
遠目からでも、建物の影に隠れた鏡が率いる軍隊が止まることなくこちらに接近しているのがわかる。相手側のラストスタンドがゆっくりとこちらに近付いて来ているからだ。
「物陰に隠れて奇襲を考えても……あいつら、最初から場所をわかっているのか逆に各個撃破されるんです! しかもそいつら……耳とか尻尾とか生えてて、何の役割かもわからないんです」
「獣牙族……来栖さんが作り出した異種族というやつですか。話には聞いて鏡さんに付き従っていると聞きましたが、こんなところにまで?」
「その後、小隊を作らず本隊から分離する形で包囲網を作りましたが……それでも、近付いた者からやられてしまいます……!」
「どの方位から攻めてもですか?」
「はい……相手の部隊に近付いた者は例外なく、身体能力が大きく低下して……その隙に! 魔法の類でもないせいで解除も出来ず……恐らくスキルの力かと」
「なら、近付かずに遠距離で攻めてください」
「駄目です! 既にやっています! でも……届かないんです! 魔法障壁だけでなく、青白い光を放つ何かが撃ち放った全ての魔法、魔力銃弾を弾いてしまって……!」
「弾く……? 何が起きているのかはわからないですが、ずっと弾き続けるのは困難のはずです。最悪、弾かれないよう広域殲滅魔法で一気に仕留めてください。撃ち続ければいずれは……!」
「それが……駄目なんです」
その瞬間、ロイドは表情を歪めて静かに畏怖した。何を提案しても、児戯として扱われているかのように「駄目です」の言葉しか返ってこなかったからだ。そして気付く、報告に来た者が既に戦意を喪失させていることに。
「広域殲滅魔法を唱えようとすると……その青白い光によって即座に気絶させられるんです」
「全方位にいる魔法使いが一斉に殲滅広域魔法を唱えれば済む話のはずでしょう⁉」
「その全方位にいる魔法使いたちが同時に一瞬で気絶させられるんです!」
ロイドのほどの力はないとはいえ、ガーディアンにいる到達者たちは、一人が一人がアースクリアに存在する魔王に立ち向かうことの出来る実力を持っている。今報告に来た戦士の役割を持った男も、レベル300を超える正真正銘の化け物の一人だった。
そんな男が、戦意を喪失させている。戦うだけ無駄だと思わされている。
「それを見た他の魔法使いたちはその青白い光を恐れて……いや! それを見た魔法使い以外の全員が一度の戦闘で戦意を喪失させてしまい……皆、次々に撤退してます。自分も……もう」
その事実が、実際にその場をまだ見ていないロイドに、恐怖を与えた。
一体何が起きているのか? たった百人足らずの相手を前に、精鋭中の精鋭しかいないガーディアンの到達者たちを退けているのは一体何なのか? その答えは、すぐにわかった。
「き、来ました! 逃げてくださいロイドさん……我々じゃもう手に負えません! あれは……正真正銘の……怪物です!」
ロイドたちが野戦地として陣営を設けている場所から真っ直ぐに広がる大通り。そこからゆっくりとこちらに近付く、ラストスタンドを率いる百人足らずの軍隊が姿を現したからだ。
到達者たちが怪物と認める存在は今までこの方一つだけだった。倒すべき人類の宿敵、『星喰いデミス』のみ。その記録が今、塗り替えられようとしている。
先頭に立っていたのは、鏡だった。その背後に続くようにして、シモン、クルル、パルナ、ミリタリア、デビッド、ティナ、ピッタ、ウルガ、油機、フローネ、獣牙族とノアのレジスタンスたちが、恐れを知らないかのような表情で真っ直ぐにこちらへと向かってきている。
「……は、はは」
あまりの光景に、ロイドに乾いた笑みが思わず浮かび上がる。
疑問点はたくさんあった。何故、長い期間を使ってじわじわと負わせた傷、そして奪った体力が、ほんの数時間姿を見せなかっただけで完治しているのかという点。
何故、一万人の軍勢を前にして、百人足らずの軍勢で恐れずに堂々と正面から向かってこられるのかという点。
何故、こちら側の人間であるはずのフローネと油機が、鏡の後ろにいるのかという点。
何故、圧倒的な有利的状況のはずにも関わらず、誰もその軍勢に手出しをしないのかという点。
しかしその全てが、その軍勢の先頭に立つ鏡を見ただけで説明がついた。
「この短時間で……一体何が? いや、元々それだけの力を持っていたということですか? これが……彼の本来の力?」
先頭歩く鏡を前にして、誰も手を出すことができなかった。
手を出せば殺される。そう直感できるくらいには力の差を感じたからだ。
全身から放たれている青白い光、それが何なのかはわからなかったが、その光を眼にしなくても、実力差がわかってしまうほどの闘気が鏡の全身から溢れ出ていた。
鏡と感じていた実力差は、以前は赤子が大人に挑むくらいのものだった。それだけでも充分に差があったはずなのに、今では、赤子が隕石の落下に挑もうとしているくらいの差が感じられた。