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LV999の村人  作者: 星月子猫
第五部
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そんな現実、認めたくないから-8

「こんの……アホォオオおお!」


「ふげぇっ⁉」


 しかしそれだけでは終わらず、ティナはさらに追い打ちでビンタを鏡にぶちかます。いきなり何をするのかと、鏡は困惑した表情でティナを見つめるが――、


「どうして……どうして逃げなかったんですか? どうして途中で諦めて戻ってこなかったんですか……アホです。アホですよ鏡さんは!」


 そのビンタが、いつものように無茶をしたから放たれたものではなく、本当に悲しくて放っているものなのだと、瞳に涙を溜めた姿から察すると鏡は表情を暗くした。


「ずっと帰ってこないから……心配してたんですよ?」


 そして、ずっと身を案じてくれていたのかクルルが言葉を掛けると、涙を隠すように鏡の胸元へと飛び込み、すんすんと肩を震わせた。


「すまん…………お前らの言う通りだよ。俺が馬鹿だった。心配かけさせてすまん」


 既に理解しているかのような、妙に素直な鏡の反応にクルルとティナはキョトンとした表情で顔を見合わせると、首を傾げて困惑する。


「わ、わかってるならいいんです」


 すると、本当はもっと説教を垂れるつもりだったが、あまりにも素直に反省する鏡を前に少し熱くなっていたのが急に恥ずかしくなり、ティナは照れ隠しに回復魔法を鏡へと連続でかけ始めた。


「お父……抱っこ」


「ピっちゃん? 俺ね? 今ね? 凄いボロボロなの。我慢して欲しいなぁ」


 しかし忠告を聞かず、余程寂しい想いをしていたのか、ピッタは鏡の寝るベッドによじ登ると、鏡の膝元にゴロンと寝転がって丸くなる。


「はぁ……羨ましいですなぁ。あやかりたい」


「お前は変わらないな」


 それをまるで他人事かのように無表情で見届けるデビッドに、鏡はどこか懐かしさを感じてホッと安堵した。


 それと同時に、いつの間にかなんとかしないといけないという使命感や、理由や意味付けにこだわりすぎて大事なものを見失っていたことに気付き、鏡はさっきまでそこにいたような気がしたアリスを脳裏に思い浮かべ、顔を俯かせた。


「ああ……そっか、俺も……あいつも……」


 今、確かに楽しいと感じている自分がそこにて、こんな時間がずっと続いて欲しいと願っている。もう少し早くそれに気付ければ、今とは違う状況になったのかもしれないと鏡は後悔した。


「皆と一緒に、楽しく暮らしたかっただけだったんだな……」


 言葉にして、改めて実感する。


 だからこそ、アリスは復讐にこだわってなんかいなかったのだと、目的がいつの間にかすり替わり、それに気付けなかった自分の顔を強く殴りつけた。元々、鏡がこの世界に来たのは世界を救うためだった。だが、何のために世界を救いたかったのか、それを忘れていた。


「そうです。死んだら意味なんてないんです。私たちが求めていた理想は世界が救われることじゃない。私たちが……全員無事に笑って暮らせる世界です! 誰一人欠けてはならないんです。だから私は……行ってほしくなかった。もう……世界のことなんて諦めてもいいから、皆とまた……普通に過ごしたかった。鏡さんがいれば記憶を失っても、また皆、仲良くなれると思ったから」


 世界がリセットされてしまう。だからリセットされないように世界を救う。それはなんでか? 皆と、アリスたちと暮らし、楽しかった日々をなかったことにしたくなかったから。これからもずっと、アリスたちと共に、その日々を過ごしたかったから。


 そのヒントを、ティナはずっと出し続けていたのに、暴走して気付けずにいた自分を強く叱咤し、鏡は深く頭を下げて詫びを入れた。


「はーい。それじゃあ……時間もないからイチャイチャタイムはそこまでよ」


 そこでずっと見ていたのか、クルルたちが入ってきた扉から追ってパルナとウルガ、そして、フローネと油機の四人が顔を見せた。


「フローネ……それと、油機?」


「あら? あれだけコテンパンにされたあんたのことだから、二人を見たら激情して表情を歪めるかと思ってたけど……案外平気そうなのね」


「ああ、そういうのは無駄って教えられたからな」


 仄かに胸元に残る、ナイフを刺されたアリスの血液から一緒に付着した微量な魔力を感じつつ。鏡は目を瞑って拳を握り締める。


「教えてくれ……これはどういう状況なんだ? フローネと油機はどうしてここに? というより……デビッドはなんでここにいるんだ? というよりここはどこなんだ?」


「ここは、モスクワからほんの数キロ離れた場所にある市街地の中ですよ。私があなたを見つけてここに運んできました」


「フローネが?」


「ええ、あなたが最後に逃げ出して倒れてから……まだほんの三時間しか経過していません」


 それを聞いて、鏡は違和感を覚える。あの絶望的な状況から、まだたった三時間しか経過していないにも関わらず、傷が既にほとんど癒えていたからだ。てっきり、既に丸一日経過しての傷の状態だと思っていた鏡は困惑した顔を浮かべる。


 傷だけじゃなく、制限解除による反動さえも、まるで何事もなかったかのように身体が軽くなっていた。


「私はあなたにお詫びしなければなりません。まさか……私の呪術のせいで、こんな事態にまで発展してしまうとは思ってもいませんでした。平和的に解決すればと思っての不殺の呪縛でしたが、あなたをこんなに苦しめることになるなんて……」


「いや、俺はあんたを信用せずに置いて行ったんだ……何も言えねえよ。あんたを連れて行ってれば、また状況も変わったのかもしれないのに」


「いえ、それでもきっと……来栖は止まらなかったでしょう。殺したいという気持ちを抑えて話し合えればと考えていましたが」


 力不足を本当に申し訳なく思っているのか、フローネは胸元に手を置いて頭を下げる。


「どうしてあんたは……俺を助けてくれたんだ」


「私も……あなたに心を揺さぶられたとでも言っておきましょうか? ここにいる人たちと同じく、充分な可能性を見せてもらいました。彼女も……同じです」


 フローネは視線を油機へと向けて微笑みかける。追って鏡が視線を向けると、油機は裏切って来栖についていったことを後悔しているのか、ビクッと身体を震わせた。


「……久しぶりだな」


「あの、鏡さん……その」


「気にすんなとは言わない。でも、それよりも今は、助けてくれたことに感謝したい」


 その言葉を聞いて、全員が表情をキョトンとさせる。てっきりメノウを殺されたことに対してもっと激情するかと思っていたが、まるで聖人にでもなったかのように素直に感謝を述べる鏡が別人に見えたからだ。


「あんた……どうしちゃったの? なんか憑き物が落ちたみたいな顔してるわよ」


 その表情に、気味悪がりながらも安心したような表情でパルナがフンッと鼻で笑う。


「いっぱい気付いたことがあるんだ。皆が教えてくれた……忘れてた俺らしさっての?」


 何があったかはわからなかったが、とにかく落ち込み悩んでいるその様子から、自分たちが考えていた一つ目の心配はもう大丈夫だと、鏡を除く全員が安心したような表情を浮かべる。


「お前らこそいいのかよ。油機を許したのか?」


「ま、それはこれから考えることかしらね。まずは来栖をなんとかしないと……でしょ? ここにあんたたちの状況を伝えて私たちを呼びに来たのも、この二人なわけだし」


「二人が?」


 視線を向けて問いかけると、フローネと油機は頷いて答え返す。


「油機さんの協力がなければ、救援は呼べませんでした。私一人では……到達者たちの目を出し抜いてラストスタンドを出撃させることは出来ませんでしたから」


 未だ、二人はこれが本当に正しいことだったのか迷った様子だった。だがすぐに、フローネは顔を左右に振って断ち切り、油機は思い詰めた表情で鏡を見つめる。


「お願い……メリーちゃんを助けてあげて!」


 そして油機が、それでも優先したいものに気付いたのだと瞬時に理解した。


「どの口で言ってるのかって思うかもしれないけど……いっぱい悩んで、諦めようとしたけど……でも、やっぱりイヤだ。メリーちゃんが死ぬのなんて耐えられないよ……こんな絶望的な世界で見つけた。一緒に居て楽しいって思える友達だから」


 もうどうしたらいいのかわからないのか、油機はすがるように鏡へと頭を下げた。その様子を見て鏡はベッドから抜けて立ち上がり、油機の頭をポンッと叩く。


 そして、意を決したのか、鏡が視線をそれぞれその場にいた全員に送ると、そこにいた一同も意を決したかのように頷いた。

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