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LV999の村人  作者: 星月子猫
第五部
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敗者への現実-11

「一時間……制限解除の本来の効果発揮時間である三分を大幅に超えていた。これはやはり、元々……それだけの力があったと考えるべきか? 素晴らしい……いや、素晴らしかったよ」


 気付けば、鏡は地に伏していた。孤軍奮闘も虚しく、レベル450の勇者とその仲間たちに遮られ、その拳が来栖に届くことは一度もなかった。


 繰り返される攻防の途中で、この拳が届くことはあるのかと、自分が戦っていることに鏡は疑問を一瞬抱いてしまった。その時、鏡に宿っていた制限解除の力は消えてなくなり、その反動によって動けなくなってしまった。


 残ったのは、鏡と共に戦い同じく力尽きて膝を崩したタカコとレックスとペス。ただ見ることしかできずに立ち尽くすメリー。未だ消えることなく、その瞳から光を失わせてすっかりと青くなって無残に倒れるアリス。そして、その6人を来栖が無表情で見下ろす光景。


「僕の読みはやはり当たっていた。感情の起伏……それが君の力をここまで引き出した。比類なき絶大な力だったけど、これじゃあ駄目だ。足りない……足りなさすぎる」


 動けなくなった鏡へと、これみよがしに来栖は一歩ずつ近付く。その素振りは、鏡に絶望を刻み込もうとしているかのようだった。


「残念だけど。君はもうここで終わりだ」


「…………ふざ……けんなぁ!」


 しかし、そのチャンスを鏡は見逃さなかった。反動によって動けないはずの身体にも関わらず、身体は鏡の意志に呼応して来栖へと飛び掛かった。


 だが、最後の力を振り絞った抵抗も虚しく。来栖が一歩下がるとこれまでと同じように、ロイドが鏡の拳を受け止めてしまう。本当に最後の力だったのか、搾りかすの力すらも使った鏡は、ロイドにぶら下がる形でそのまま地面へと倒れ込む。


「反動によって動けないはずの身体が……また動いた。どうやら君にはまだまだ多くの可能性が残っているようだね。でももう終わりだ。チャンスは……二度もない」


 そして、溜息を吐くと来栖は興味を失ったかのように「後は任せる」と背中を見せた。


 その行為があまりにも屈辱的で、その場で倒れていたまだ意識を残していた鏡やタカコ、レックス、ペスは悔しそうに歯を食いしばった。


 どうして自分たちはこの相手を倒すことが出来ないのかと、非力さを呪った。まるでそれが運命だから諦めろと、一人では何も出来ないのだと言われているかのようだった。


 その感覚は、ずっと昔に鏡が抱いた感情に酷似していた。


「レックス……ちゃん。ペス……ちゃん? まだ動けるかしら?」


「ああ……僕はまだ、もう少しだけなら」


「ウチも……レックスが頑張るナラ、ヤレル」


「ありがとう……十秒でいいから耐えてちょうだい」


 動く気力も、力もなくしてしまったのか、瞳から生気を失いかけている鏡へと視線を向けると、タカコは「希望を繋げるわ」とつぶやいてゆっくりと立ち上がる。


 既に体力を使い果たし、弱弱しくも力強い意志を感じさせるタカコの表情を見て全てを悟ったのか、レックスとペスも頷いて立ち上がると、搾りかすに近い残りの力を全て使いきろうと戦闘態勢をとった。


「私も……やってやる。どうせ死ぬんなら、やるだけやって死んでやるよ」


 そこで、仲間に守ってもらっていたおかげでまだ体力にも余裕のあるメリーも、腰元の魔力銃器を取り出してロイドたちへと構える。


 それまで無力と感じていたが故に何もしなかったロイドだったが、その決死の覚悟を認めて、魔力銃器を再び腰元から抜いたメリーに、「後悔するよ?」と訴えかけるように睨みつけた。


 鏡ほどではないとはいえ、威圧的な視線を受けてメリーの身体は震えあがり、膝から崩れ落ちてしまいそうな恐怖に包まれたが、「それでも」と勇気を振り絞り、魔力銃器の引き金を連続で引いた。


 そして、魔力銃器の発砲音を合図に、タカコ、レックス、ペスの三人はそれぞれ駆け出した。


 タカコは部屋の壁際へと走り、タカコを守るようにしてレックスとペスがロイドたちの前へと立ちふさがる。直後、タカコは壁に拳を何度も打ち付け始めた。


 壁に拳が触れるたびに、タカコの拳からかつてないほどの威力の爆発が巻き起こる。それは、タカコ自身の身を削ってしまうほどに制御が出来ていないスキル『気合噴火』による爆発だった。


「まずいね……やらせるな!」


 何をしようとしているのかを瞬時に悟ったロイドは、すぐさま周囲の仲間に指示を出して止めさせようとする。だが、それをレックスとペスとメリーの三人が必死に、実力差が大きくあるにも関わらず、命を燃やすかのように抵抗し続けた。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 タカコの魂の雄叫びが部屋中に響き渡る。気付けば、タカコは自分の拳から放たれた爆発によって全身がボロボロになっていた。それでも、どんな硬度の相手も等しく防御力を無視できるスキルと、その拳から爆発を巻き起こすスキルを駆使して、通常では決して空けることの出来ない分厚く強靭な壁に少しずつ穴をあけていく。


「レックスちゃん! ……今……よ!」


 そして、全身が血まみれになり、意識が朦朧とし始めた頃、タカコが殴りつけていた壁に人が二人ギリギリ通れるくらいのサイズの穴が開く。


 すると、何をするか支持されるまでもなく、レックスは意思疎通し、倒れる鏡の身体を担いでタカコの元へと放り投げた。


「後は、頼んだ……師…………匠」


 そして、タカコの元へと鏡を投げつけると同時に、レックスは力尽きたのかその場へと倒れこむ。


「ナイスよ、レックスちゃん…………あともう少し頑張ってちょうだい、私の身体ぁぁぁぁああ!」


 追うようにして、ペスがレックスに被さるように倒れると次にメリーが接近してきたロイドに腹部を殴られ、意識を失う。



「これが……最後の……タカコバズーカよ。じゃあね、鏡ちゃん……」



 最後に、タカコがレックスから受け取った鏡の身体を、開けた穴にめがけて全力で投げつける。すると、鏡は砲丸が打ち出されたかのように雪が降り注ぐモスクワの上空を飛んで行った。


 そして、誰かに何かをされたわけでもなく、力を失ったタカコが地面へと倒れ込む。


「……逃げられましたか」


 後には、鏡以外の全員がボロボロになって倒れこみ、それを哀れむ表情で眺めるロイドの姿と、相も変わらず不敵な笑みを浮かべる来栖の姿が残った。


「手間が省けたじゃないか。まさか自力でこの状況を作ってくれるなんて……彼らはとても頑張ってくれたよ。おかげで自然にこの状況を作り出せた」


「……えぐいことをしますね」


 第三者から見れば、あまりにも酷すぎる結末に対して笑みを浮かべる来栖に、ロイドが嫌悪の視線を向ける。


「まあ……そうじゃないと意味がないからね。どうだった? 彼は?」


「……背筋が凍りましたよ。ぜひあなたにも、彼の一撃を受け止めていただきたいですね。もう……手の感覚がない。いくら回復されたからと言っても、あの方が放つ攻撃を何度も受け止めるのは精神的な疲労が半端じゃありませんよ」


 ロイドの素直な感想に、来栖は「素晴らしい」と期待を胸に抱かせる。


「もっても15分から30分くらいじゃなかったんですか? 1時間は戦っていたように思えますが?」


「その1時間の間、君は勝てると一度でも思えたかい?」


「いえ……一度も。ですが、いずれ力尽きるのはわかっていましたから」


 その返答に来栖は一考する。やはり鏡が持つ力は、この先現れるかもわからない可能性を秘めていると。レベル450にまで上り詰めたロイドでさえ、まるで歯が立たないと思わせられるその力に満足気に頷いた。


「今の彼では駄目なのですか? あれほどの力をもっていても、やはりアレを倒すことは出来ないのでしょうか?」


「君がダメなんだから、今の彼では駄目だろ。強さでいえば通常時は君の方が上回っているはずだし……制限解除を使ったとしても一時間程度で何が出来るんだい?」


「厳しいのですね」


「厳しいんじゃない。本気なんだよ……僕はいつだってね」


 そんなことは理解している。でもそれが自分の使命なのだと来栖は表情を強張らせると、そのまま空いた壁へと向かい。鏡が飛んで行った雪が吹雪く空を見つめる。


「甘えで……妥協していいことじゃないんだ。君もそれがわかってるから、僕に協力するんだろう? 違うかな?」


 その通りなのか、何も言わずにロイドも表情を強張らせながら来栖の隣へと立って、鏡が消えた空を見つめた。


「さっきの煽り……人をイラつかせる小物臭さまで完璧な演技でしたね。僕から見ればピエロのようでしたが……以前に同じような経験が」


「過去に一度だけね。まあ……何百年も昔の話だけど」


 遠い過去を思い出しているのか、感傷に浸った表情で来栖はため息を吐く。だがすぐに切り替えて「どうでもいいことさ」と吐き捨てると、背後で地面に這いつくばる鏡の仲間たちの姿に視線を送った。

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