敗者への現実-10
拳を止めた男の容姿は、どこかレックスと似通った部分があった。人を見透かしたかのような物腰の柔らかい目元。気品を感じられる鼻筋の通った美麗な容姿。王国に所属する騎士が身に纏うような気高い鎧を着用した姿は、勇者という言葉がしっくりとはまっていた。
「制限解除をした君には遠く及ばないが……制限解除をしていない状態での君と同等の力はあるんじゃないかな?」
来栖にそう言われて、鏡は自分の拳を見つめる。呪術で身体を抑えつけられているとはいえ、全力で放った一撃だった。なのにも関わらず、目の前に現れたロイドと呼ばれる男性はいとも簡単に鏡の拳を片手で受け止めた。
「初めまして鏡さん。ご紹介に預かりましたロイド・テルミンと申します」
対してロイドは、鏡の拳を受け止めながら爽やかな笑みを浮かべる。呪術によって動きが鈍っているとはいえ、制限を解除した鏡の全力の一撃を余裕の表情で受け止める姿は、タカコたちに脅威を感じさせた。
「あ、安心してください。余裕をこいて片手で受け止めましたが……後悔しています。これ多分、骨にヒビが入ってますよ?」
だが、ロイドはすぐに表情を崩すと、やってしまったと言わんばかりに「とほほ……」と拳を受け止めた手をプラプラと揺り動かした。
「噂通り、本当にすごい力の持ち主のようですね。気付いていますか? あなたは今……フローネが掛けた呪術だけではなく、この部屋の中にいる他の僧侶や魔法使いたちの力によって身体能力を低下させられているんですよ?」
「……部屋の中?」
「ええ、気配を消し、触れた者の姿を消すことができるスキルを持った方々の力でね」
鏡が怪訝な表情を浮かべると、ロイドはすぐさま「もういいですよ」と声をかけて片腕をあげる。すると、誰もいないはずの空間に、複数の僧侶や魔法使いと思われる者たちが姿を現した。
「とても特殊な力ですよね。あなたもですが……ノア出身の方々のスキルはどれも面白い」
「……お前と会話するつもりはない」
悠長に会話を試みるロイドに鋭い眼光を浴びせると、鏡は掴まれた拳を引いてすぐさま背負っていた大剣を引き抜き、ロイドもろとも背後の来栖を切り裂こうと大剣を振り下ろす。
しかしそれが来栖に届くことはなく、ロイドも腰元の鞘から抜いた剣を素早く引き抜くと、振り下ろされた大剣を両手を使って受け止めた。
「……っふふ、なんて重さだ。本当に身体能力が低下しているのか疑ってしまいますよ。僕の身体能力だって向上させているのに…………本当に脅威的ですね」
「身体能力の低下には限度がある。昔同じような経験があるからな……それくらい予想はしてた」
かつて、身体能力を大幅に下げるスキルを持っていた男、ミリタリア・リモートと戦った経験から、鏡は己がステータスを下げられたうえで戦う状況になることは覚悟していた。だがそれでも、制限解除をすればどんな相手であっても敵はいない。そう驕っていた。
「なるほど。ですが、僕という存在は想定出来ていましたか?」
鏡は答えなかった。答えないまま表情を歪ませた。
「こんな形でお会いしなければ、一緒にお茶でもしたかったですが……残念です。申し訳ありませんが来栖さんを失うわけに行きませんので、来栖さんに代わり……ここで死んでください」
あっけらかんとした表情を浮かべていたロイドから鋭い視線をぶつけられると共に、殺気が放たれる。
鏡にとって、通常時の自分に近い身体能力を持った相手が現れたのは、誤算だった。
ずっと、レベル300を超える勇者なんて存在しないと思っていた。アースクリアにいたダークドラゴンや、国王シモンの言葉からそんなのは存在しないのだと勝手に決めつけていた。
でもそれは、ヘキサルドリア王国に限った話であって、フォルティニア王国とは別の話だった。
少し考えればわかることのはずだった。ノアとガーディアンで管理者が違うのであれば、そうなっていても普通。むしろそれが当たり前でもっと早くに気付くべきだったと冷や汗を垂らした。
何故なら、制限解除には時間制限があるからだ。
「……ど……けぇぇぇえええ!」
「すみませんがそういうわけにはいきませんので」
激しい剣撃が鏡より何度も放たれる。大剣の重々しい一撃を受けてロイドは毎度大きくのけぞり、身体を痺れさせるが、背後に控えている僧侶の力によってすぐに治療を施され、何事もなかったかのように鏡の前へと踊りでる。
背後の僧侶や魔法使いを先に倒そうとしようにも、必ずロイドが阻んでそれを阻止しようとする。
「邪魔をするなあぁあああ!」
でも、鏡は諦めずに立ち向かった。
せめて、殺された仲間に報いるために、来栖の命だけは奪ってやると、鏡は本領も発揮できないその身体で大剣を振るい続けた。
だが全てロイドによって阻まれる。身体能力は明らかに自分が上回っているのに、鏡の剣撃に耐えられるロイドと、そのロイドを支える複数の高レベルであろうアースクリア出身の者たちを相手に鏡は来栖に何も出来ないでいた。
「鏡! 援護する……!」
直後、背後に控えていたメリーが魔力銃器を構えて発砲し、ロイドを支援している僧侶や魔法使いたちを狙い撃つ。合わせるようにしてレックスとタカコとペスも駆け出し、僧侶たちのいる元へと一気に接近する。
「君たちは何もしない方がいいよ」
だが、来栖のその一言でレックスとタカコとペスは、壁にぶつかったかのように立ち止まった。
まだ他にも控えていたのか、今度は戦士や武闘家と思われる屈強な者たちが現れたからだ。それも一人二人じゃなく、八人も。そして全員が高レベルであろうことは、容易に想像できた。
「鏡君一人が驚異的で、ロイド君じゃないと抑えられというだけで……他にも君たちくらいを抑える仲間はたくさんいるんだよ? 大人しくしててくれないかい?」
その数を前に、レックスとタカコとペスは一瞬躊躇する。だがここで鏡が殺されれば全てが終わる。終わらせてはならない。そんな使命感を糧に三人は立ち向かった。
「来栖ぁぁぁあぁぁああ!」
同じく、内に秘めた殺意、憎しみ、怒りを糧にして鏡は重く鈍った身体を感情がままに突き動かして戦い続けた。
しかし、その想いが届くことはなかった。