敗者への現実-8
あまりの力の放出に放置は危険と判断したのか、メノウはレックスとの戦闘を途中で中断して爆破魔法を鏡へと放つ。
しかし、さっきまでそこにいたはずの存在は既にそこにはおらず、放った爆破魔法は誰もいない地面へとぶつかって大きな爆発を巻き起こした。そこにいたはずの存在は――、
「悪いな……メノウ」
メノウの胴体を、背後から手刀で貫いていた。
「……やるねぇ」
あまりにも無慈悲なその一撃に、来栖は嬉しそうな顔で称賛の言葉をかける。
躊躇いが一切なかった。その事実にアリスは目を見開いて言葉を失った。明らかに、殺そうとして放たれた一撃だったからだ。今まで見てきたどんな攻撃よりも鋭く、そして無駄のない一撃。
メノウの胴体からは、抜き出た鏡の手には流れ出た血が滴り、魔力が血と共に抜けていっているのか、光の粒子が大量に溢れ出ていた。
無表情のまま、メノウは口元から血を噴き出し地面へとぶちまける。
対する鏡は、これが最善なのだと自分に言い聞かせて行動に移したのが窺えるような、悲痛な表情を浮かべていた。
「ありがとう……鏡殿」
だがその表情はすぐに変化し、「メノ……ウ?」と確認するように声をかけると、目を見開いて困惑した表情となった。
その言い方はとても、メノウとは違うはずのコピーされた人形の口から放たれた言葉には思えなかった。
メノウの瞳からは少しずつ生気が失われ、そのまま鏡が真意を確かめるよりも早く、身体は光の粒子となって消えていった。
すぐに鏡は自分の腕を見つめ、わなわなと自分の名を呼んだ男を殺してしまったその腕を震わせた。そして確認するかのようにゆっくりと来栖を模したアンドロイドへと視線を向ける。
「ふふ……あはは! ごめんごめん。不要な人格を排除って言ったけど……あれ嘘なんだよ。人格や記憶はアースクリアにあったデータをそのままに……僕の命令を絶対に聞き入れて逆らわないように作ったんだ。表情を変えるな! 鏡君たちと戦えってね! どう? 凄いだろ? こういうことも出来ちゃう……性能の高い兵器だと思わない?」
「じゃあ……今のメノウは」
聞きたくないはずなのに、アリスは声を震わせながら問いかける。
「この世界で君たちと一緒に過ごした記憶を失ってはいたけど、中身も強さも外見も……ちゃんとメノウ君そのものだったよ? ほら、僕ちゃんと言ったじゃない……彼はメノウ君そのものだってさ……それを、鏡君は殺したんだよ」
「そんな……そんな!」
その事実に、アリスは肩を震わせて涙を流し、絶望したかのように膝から崩れ落ちた。
「いやー素晴らしかったね! ついこの間まで行動を共にした仲間を、目的のために躊躇わず一撃で……ズンッ! それが最善だと思ったのかな? 操られてしまった彼を救うんだーってさ? まあ……一番は僕を殺したくて『我慢出来なかった』んだろうけどねぇ⁉ あれでもメノウ君はレベル200相当の戦士であれば苦戦する相手なのに……痛快だったよぉ、君はやっぱり強……」
来栖を模したアンドロイドが、再び醜悪な笑みを浮かべながら言葉を発している途中。もう聞く耳を持たないと言わんばかりに鏡が来栖を模したアンドロイドの傍へと瞬時に移動し、鋼鉄で作られた頭部をもぎ取るように引きちぎり、地面へと投げ捨てた。
「…………お前が用意した試練は……乗り越えたぞ?」
直後、破壊された来栖を模したアンドロイドから大きな爆発が巻き起こる。鏡はその爆発を至近距離で浴び受けるが、何事もなかったかのように無傷で爆発を受けきった。
それは、遠く離れた場所で見ていた来栖にとっても異様な光景だった。
本来であれば、アンドロイドから発生する爆発はもっと大きいもののはずだった。なのに、今起きたのは鏡一人に影響を及ぼす程度の爆発だった。
「あいつ……本当に化け物か?」
それを間近で見ていたメリーが、思わず言葉を漏らす。
至近距離でその一部始終を見ていた一同には、どうしてそうなったのかがハッキリと見えていた。体内から溢れ出た闘気で爆発を内に抑えこみ、威力を殺していた。そうとしか説明できなかった。
ただの人の身体に流れる生命力だけで物理的な力を抑え込むなんて、見たことも聞いたこともなかった。だが、直前に地面に転がり落ちた破片が宙を浮いていたのを見ていた一同は、無くはないのかもしれないと息を飲んで理解に努めた。
「約束は守れよ? 次は……お前が姿を現す番だ。出てこい……出てこいよ来栖ぁぁあああ!」
そして、鏡から肌がぴりつくほどの怒号が放たれる。
「ああ、約束は守るよ」
そんな鏡をあざけ笑うように、来栖は臆すことなく、メノウのコピーがこの部屋に現れた時と同じく転送による青白い光のサークルを出現させて、その中から姿を現した。
「やぁ。お望み通り……姿を見せてあげたよ?」
来栖が何の悪びれもなく笑みを浮かべた次の瞬間、突風がその空間に巻き起こる。気付けば、殴りかかろうとしたが思いとどまって止めたかのような体勢で、鏡が来栖の前に立っていた。
微かに残った理性が真実を知るまでは駄目だと働きかけているのか、殴りたくて仕方がないと憎しみに満ち溢れた顔で歯をギリギリと噛みしめながら、拳を震わせて思いとどまっていた。
「おやおや、てっきりすぐに殺されちゃうかと思っていたけど。殺さないんだね? すごい抑制力だ……それだけの力を持ちながら、力のままに暴れないなんてとても素晴らしいことだよ」
「……だま……れ」
「でも、そんな躊躇してていいのかなぁ? また逃げちゃうかもしれないよぉ? ハッキリ言って……それは君の甘さだよ。君に似つかわしくない」
「だまれぇぇぇぇえええ!」
声を聞くだけでも爆発してしまいそうな怒りを抑えるのに必死なのか、鏡は息を乱しながら拳を震わせて来栖を睨みつける。
「鏡ちゃん……駄目よ?」
そしてこの状況は、タカコが恐れていた事態でもあった。
ここまで不安定な鏡はタカコもみたことがなかった。それと同時に畏怖していた。鏡が殺意に身を任せて人を殺してしまうのではないかと。メノウは殺したくて殺したわけじゃなかった。メノウのためにその手を汚した。だが来栖は違う。殺意と憎しみに任せて殺したくて殺そうとしている。この違いは大きい。
鏡がその一線を越えてしまった時の恐ろしさを、タカコも、この場にいないパルナも理解しているつもりだった。
巨大な力を持つ鏡が、今までどれだけ憎しみを抱き、恨みを抱いたとしてもその力をふるって誰も殺めてこなかったのは、人を殺してはいけないという良心があったからだとタカコは考えていた。
しかし、一度誰かを憎しみのままに殺めてしまえば鏡の中でタガが外れる。そうなれば、鏡はきっと、今後も仲間を脅かす存在が現れれば躊躇わずに殺し、憎しみや恨みを募らせる邪魔な存在がいれば暴れ狂う。そうなればきっと、今までと同じようにはいかなくなる。
憎み合うことが愚かだと訴え続けてきた鏡という存在がいなくなってしまう。
いくら言葉で取り繕おうが、憎しみに負けて暴れ狂う男に誰もついてなんてこない。
そう、誰か一人でも手にかけた瞬間、自分たちが知っている鏡という存在が、いつもふざけた態度で皆に笑顔の種を撒いていた鏡が消えてなくなってしまうような気がして、タカコたちは不穏に感じていた。
その兆候が、メノウを殺されてからの一週間、ずっと見え隠れしていたから。