敗者への現実-4
「ねえ鏡ちゃん……ここで一度引かないかしら?」
悩んだ末に出した答えなのか、家屋内の壁に背をもたれかけさせながらタカコは感慨深い表情を浮かべる。
「元々、敵の戦力や出方がわからないから何があっても動きやすい少人数で来たわけだけど……フローネちゃんからもらった情報も相まって知れたことは多いはずよ。ロシアの地下施設……ガーディアンの仕組み、保有してる戦力、この情報を一度持ち帰って出直しましょう」
タカコの提案に対し、すぐに異を唱えるものはいなかった。そうするのが賢い選択だと少なくとも全員が思っていたからだ。
「いや……引き返さない」
だが、一度一考したあと、鏡はハッキリとそう答え返した。
「ここで戻っても結局同じだ。ガーディアンのことを皆に話してこっちに来てもらって大人数で攻めても、向こうも大人数でうって出るだろ? 結局……ガーディアンの連中の方が人数も多ければ実力も上なんだ。ここで引き返して皆を連れてきても無駄に犠牲を増やすだけだ」
「そうかもしれないけど……少なくともガーディアンの中に潜入する方法も含めて作戦を練り直してもいいんじゃないかしら? 今ここで焦る必要はないはずよ……この寒さの影響もそうだけど、一旦引いて――」
「そんなに心配しなくても大丈夫だって。寒いって言ってもガーディアンの中に潜入しちまえばそんなことはないだろうし」
「でも鏡ちゃん……!」
「むしろ今はチャンスだって考えた方がいい。俺たちが来てるのは向こうもわかっているはずだ。なのにフローネが来ただけで俺たちを殺そうと探し出そうともしてないだろ? 元々想定していた通り……罠を張って俺たちが潜入してくるのを待ってるって思うべきだ。来栖の奴は俺を試すとかも言ってたし」
チャンスと聞いてタカコも再度一考する。確かにフローネの説明が真実であるならば、戦力的にも上回っているガーディアンに所属する者たちが自分たちを探そうとしないこの状況は、ガーディアン内に潜入するチャンスでもあった。
中で待ち受けている可能性もあったが、内部で対峙できる人数は外に比べればかなり限られてくる。過去にクルルを助けに王城へと突入した経験からその優位性をタカコは理解していた。
「俺たちはガーディアンの連中と戦争しにきたわけじゃない。来栖に会って、どうしてモンスターや異種族を生み出していたのか、あいつらが脅威としている存在が何なのか……メノウをテストと称して殺さなきゃいけなかった理由を聞き出すことだ」
「確かに……むしろ今を逃せばガーディアン内部に突入して来栖の元に辿り着くチャンスはなくなるのかもしれないわ。けど……」
でも、それはあまりにもわざとらしすぎた。むしろ、チャンスに見せて潜入するのを向こうが望んでいるかのようにタカコは感じていた。フローネがあまりにもあっけなく、身を引いたことからも不安を抱いていた。
鏡もそれは、それとなく感じていたが、来栖に対する怒り、憎悪、そしてアリスに刻一刻と迫るタイムリミットが焦りを生み、今すぐ突入するという選択以外を除外させた。
「それは冷静に判断しての言葉か? 師匠?」
どこかいつもと違う雰囲気を感じとり、レックスが睨むように鏡へと視線を送る。
「むしろ油断してくれている今が突入する絶好の機会なんだ。大人数で来られたらどうしようもないけど、少人数でなら俺は絶対に負けない。向こうは罠を張って俺たちを手の平で踊らせているつもりかもしれないけど逆だ。その罠を逆に利用して、一気に来栖を追い詰める」
「勝算があるから言っているんだな?」
「逆に聞くけど、俺が負けると思うか?」
「いや……そうだな。愚問だった。僕は師匠を信じる……師匠の判断に任せるさ。師匠がなんとかすると言ってならなかったことなんて一度もないしな」
何を言っても無駄と判断したのか、レックスは、納得はしていないが踏ん切りはついたかのような表情を見せる。
「鏡ちゃんのことだからここで何を言っても一人で行っちゃいそうね……わかったわ。私も腹を括って攻め込むことにするわ。……罠を逆に利用するのも今しかないと言えばそうでしょうし、私たちの目的が来栖にしかないのも本当だし」
そして、レックスが鏡について行こうとするのを見て、もう止めたところで無駄なのだろうと、タカコも諦めたかのように潜入を決意する。
「それで、結局どう攻め込むつもりなの?」
「戦力を持て余しているのにわざわざ俺たちが来るのを待っていたことや、今もこうして何もしないで俺たちが入ってくるのを待っているのだとするなら……」
「するなら?」
メリーとペスの寒さが限界に達し、「もう駄目」と目を虚ろにさせかけたその瞬間、鏡は不敵な笑みを浮かべて屋内の出入り口の扉を勢いよく飛び出した。
――――――――――――――――――
「見事に……想像通りの展開になったわね」
罠を張って鏡を試そうとしているから敵が変に攻めてこないのであれば、むしろ変に小細工を仕掛けて敵が本気で鏡たちを潰す気にさせないように、その罠にあえて乗っかり、鏡たちはガーディアンの正面出入り口の扉をタカコの力で破壊し、内部へと入り込んだ。
そして内部へと入り込むと同時に、鏡たちは来栖も使っていた転送装置による青白い光に突然包まれ、フローネが説明していたガーディアン内のダンジョンと思われる場所へと一同は飛ばされた。
「どっから侵入しても、多分ここに飛ばされてたな。大人数で来ててもバラバラに飛ばされてたか……? やっぱり、元々このシチュエーションになるのが来栖の目的だったと考えるべきか?」
「そうみたいね。急に誰かが襲い掛かってくる気配もないみたいだし、私たちを試すつもりみたいね……メノウちゃんの時と同じように」
メノウという言葉を聞いて、アリスは表情を暗くし、鏡は険しい表情を見せる。
「どうあがいても結果的にこうなってたな。こんなの、回避のしようがないじゃないか……私たちが知らない技術があまりにも多すぎる。あの野郎……私たちで遊んでやがるんだ」
腰元のホルダーに差してあったガバメントを取り出し、メリーは周囲をキョロキョロと警戒し始める。
ダンジョン内は、まるで外の空間にいるかのように晴れやかな青空が広がっていた。無論、それは天井に映し出された映像であり、実際の空ではない。
周囲には木々が生い茂り、まるで密林の中にいるかのようだった。だがダンジョンらしく進むべき道はちゃんと用意されてあり、途中で道が分岐していることから迷路の中にあるゴールを目指すのだろうと鏡は判断する。
「悪い……結局私、何の力にもなれてねえ。むしろ足を引っ張ってる」
その時、知識をつけたつもりでついてきたが、翻弄されるだけで何も出来ずにいた自分を呪い、メリーが肩を落として表情を暗くする。
「まーだわからないだろ? こっから先、メリーの力が必要になるかもしれないんだ。肩を落とすなって……な?」
そんなメリーを励ますように、鏡はそう言ってポンッとメリーの頭に手を置いた。
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