絶対的な強さの壁-14
「どうしてお前らはそう頑なに話そうとしないのかね? 真実を話して何かが減るわけでもないだろうし、こんな回りくどいことをしなくても、その理由を俺たちに最初から話してれば争いにもなってないかもしれないのに……ていうか俺たちを助けたいって言ったのはそっちだろ?」
「ノアではどうしているかはわかりませんが、我々ガーディアンでその内情を知る者は皆、呪術により他の者にそれについての一切を話すことを戒められています。許可なくそれを話せば、その時点で私は呪術により殺されることになるでしょう」
呪術という言葉を聞いて、それまで納得のいかない表情を見せていた鏡は「なるほど」とつぶやき、諦めたかのようにため息を吐く。
「ねえ鏡さん。ボク呪術師の役割の人ってまだ会ったことないんだけど……呪術って何?」
そこで、聞きなれない言葉にアリスが反応を示す。
「魔法の一種だよ。普通の魔法が即時発動のものとすると、呪術は特定の条件を満たした場合に発動する遅効性の魔法って考えればいい。いつ発動するかは呪術をかけた本人にしかわからないうえに、ものによっては永続的に条件さえ満たせば何度も発動させることが出来るんだ。まるで呪いみたいだから呪術な」
「え、それって一度かけられたらどうしようもないんじゃないの?」
「呪術は難しいんだよ。なんかパルナは少しだけ使えるとか言ってたけど……文字にして書き起こさないと駄目なものとかもあるらしいし。直接相手にかけることも出来るけど、そういうのは簡単に解呪することもできるとかで……まあつまりだ。俺もよくわからん」
真顔でハッキリと「よくわからん」と言われ、アリスはとりあえず「なるほど」とだけ答え返す。とりあえず今は話を進めるために口を閉ざし、「後でタカコさんに聞こう」と決意した。
「呪術か……厄介だな。油機やバルムンクもかけられてたのか? 一言もそんなことは言ってなかったけどな」
「ガーディアンのみでの話ですので、それはわかりません。どちらにしろ、呪術などかけなくても、話そうとする者はいないとは思います。それが万が一にも漏れ出て他に知られることになったらどうなるか、全員が理解しているはずですから」
「全員が? どうしてそう言い切れるんだ?」
「それを知った者は例外なく、今を生きるのも馬鹿らしく思えるほどに絶望するからです」
嘘を言っている様子はなく、全員がフローネの言葉を受けて頬に汗を浮かべる。
それが真実かどうかはわからなかったが、少なくとも、知っているからこそ放てる真実の重みかのような威圧が吐かれた言葉に圧しかかっていたからだ。
「仮に漏れ出て何も知らない人たちの耳にでも入れば一大事になります。生きる希望を失い……そして、滅亡の道を歩むことになるでしょう」
「じゃあお前らが大丈夫な理由はなんなんだよ」
「我々に夢や希望は最早ありません。ですが……望みならあります。その絶望を打ち破る日が訪れるようにと……未来に繋げることです」
「お前らはつまり……諦めてるってことなのか? 諦めて、その日がいつか来るようにただ死ぬように生きてるってことなのか?」
「そう捉えていただいても構いません。無論……希望を抱けない世界とはいえ、それでも日常を楽しんでいる者たちもいます。それこそ、何も知らずに世界を取り戻す夢を抱いて生きている者たちが居てこそ成り立っている生活です。故に……その人たちが絶望する真実を漏らすわけにはいかないんですよ。人には……希望が必要なんです」
「一体何なんだよその絶望って……」
「それを知るということは、一生をあの暗い地下施設から出られず、ひもじい思いをして暮らすという事実を知ることになります。果たして、いつか外の世界を取り戻すことを夢見ている人たちがそれを知って、まだ生きようと思うでしょうか?」
その絶望が何かはわからなかったが、それでもフローネが呪術の発動に引っかからない範囲でその恐ろしさを伝えようとしてくれているのがわかり、一同は息をのむ。
「私には、つまりどうあがいても世界を救うことは出来ないって言ってるように聞こえるのだけど?」
「その通りです。私が見た限り……世界はどうあがいても救うことは出来ません」
タカコの問いの返答を聞いて、少しずつだが油機や来栖がどうして鏡に協力を申し出なかったのかの理由に結びついていく。
「なるほど……そういうことね」
その瞬間、タカコは全てを悟ったかのような表情を見せた。
世界はどうあがいても救えない。それは、期限以内に世界を救い、アースクリアを開放するという鏡たちの目的とは相反する。
仮に、フローネたちがその絶望を知って、それでも将来いつかその絶望に打ち勝つために来栖に協力しているのだとしたら、期限以内に世界を救わなければならない鏡に「アースクリアを諦めろ」とはとてもじゃないが言えないだろう。
仮に鏡に真実を伝えた場合、どうしても世界を諦められない鏡が強行手段に出てその絶望に挑戦しようという考えに結び付いてしまう可能性がある。
そしてそれこそ、来栖たちにとって一番避けたい状況だったのだろう。こうまで慎重に動いているということは、恐らくその挑戦できるチャンスは一度。そのチャンスを、無理だとわかりきっている鏡に使われてはたまったもんじゃない。そう思っていたが――、
「だから……試す、なのね」
鏡にその絶望を打ち砕くだけの力がある可能性が浮上した。
故に、その実力が本物かを確かめるために来栖はロシアへと逃げ、鏡を誘き出して試そうとしている。今、こうしてフローネが警告するほどの試練を用意して。そのチャンスを使うにたる人物なのかどうかを試すために。
「気付いたようですね。申し訳ありませんが……これが精一杯です」
「いえ……充分だわ。色々と合点がいったから」
だがそうなると、一つ、矛盾が浮かび上がった。
「それで、フローネちゃんだったかしら? あなたはどうして私たちを助けようだなんて思ったのかしら? 話の通りだと、あなたが私たちに引き返せと言ってくるのはおかしいと思うのだけど?」
絶望し、生きる希望を未来に託したはずのフローネが、その絶望を打ち砕けるかもしれない鏡に諦めて帰るように進言してきたのはおかしかった。それはつまり、来栖の意志に反していたから。
「いくら絶望し、あらゆるものを切り捨ててきたとはいえ、私も人の子です。見逃せない非道はあります……それに、あなた方は大切な仲間を既に失っていると聞きました。これ以上の犠牲は不要かと思います」
瞬間、フローネは来栖が何をしようとしているのか知らないと言っていたにも関わらず、何かを知っているかのように表情を暗くする。
「嘘だな」
鏡はそれを見逃さず、矛盾を取り繕おうとするフローネに対してハッキリと言い切った。
「お前らがそんな生半可な理由でその絶望をなんとかするって意志を曲げるとは思えない。世界の未来のためなら、どんな残酷なことでもやってのけて、未来へ繋ごうとする……少なくとも、油機やバルムンクたちからはそれを感じた。例えどんだけ頭の中でそれが非道だとわかっていても、逆らえないくらいに強烈な使命感に縛られていた」
「随分と……用心深いですね」
「この前、裏切られたばっかりなんでね」
再び緊迫した空気が二人の間に漂う。だが、すぐにそれを崩すように、観念したとでもいうかのようなため息をフローネは吐き出した。