絶対的な強さの壁-13
礼儀正しくお辞儀をして再び視界鏡たちに戻した瞬間、フローネは表情を歪めた。
頭を下げたほんの一瞬の間に、アリスを抱えていた鏡の姿が消え去り、その場に投げ捨てられたかのように地面にペタンと座り込むアリスの姿しかなくなっていたからだ。
「動くな」
そして鏡の姿が消えていることに気付いて五秒もたたないうちに、突風を巻き起こして鏡がフローネの目の前へと突如姿を現し、力が籠っているのがわかる手刀をフローネの首筋へと当てる。
あまりにも一瞬の出来事にフローネは一瞬呆け顔を見せると、すぐに納得したように鼻で軽くフッと笑ってみせた。
「なるほど。油断もせず、チャンスがあるなら逃さず攻められるだけの判断力はお持ちのようですね。正しい選択です」
「まるで試していたみたいな言い方だな?」
「ええ、あなたがどういう方なのか少し探らせていただきました。無論、攻撃するつもりはありませんでしたので、そこはご安心ください」
本当に攻撃する意思はなかったのか、首筋に手刀を当てられても余裕を見せるフローネに鏡はしかめ面を浮かべる。
「俺を探ってたってのはどういうことだ?」
「もうわかっているくせに……意地の悪い方のようですね。あなたが単体で動けば私を確実に倒せたでしょうが、このラストスタンドはただやられるだけで終わるほど性能は悪くありません。あなたの仲間を一人殺すくらいのことは出来たでしょう。あなたが仲間を切り捨ててでも前に進む方なのか、仲間を大切に考えている方なのか……試させてもらったのですよ」
「…………んん、お、うん?」
「……あれ?」
そして、妙な空気が二人の間に漂い始める。鏡はフローネの言っていることがいまいち理解出来ないのか首を傾げ、そんな鏡の反応の意図がわからず、フローネは「え? え?」と困惑し始めた。
「どうしようタカコさん……あの人、クルルさんとちょっと似た感じの匂いがするよ」
「気持ちが先走って見当違いを起こすタイプみたいね……確かにクルルちゃんっぽいわ。ちょっと規律に厳しそうなところとか、昔のクルルちゃんそっくりね」
そんないたたまれない空気が漂っている間に、タカコたちは合流し、固まって応戦態勢に入る。
「えっと……ラストスタンドに乗ってきたということは、ラストスタンドの仕組みはご理解していらっしゃるんですよね?」
「知ってるけど……それがどうかしたのか?」
自分が想定していた話の流れになっていないのか、フローネは「えーっと」とたじろぎ、鏡はそんなフローネに首筋に手刀を当てていることに少しずつ罪悪感を覚え始めていた。
「ラストスタンドはパワーに優れていますが、機動性はそんなに高くはありません。レベル150を超える戦士を相手にすれば、攻撃を当てるのも操縦者の技術にもよりますが難しくなります」
「え、いや……それはわかるけど、それがどうしたんだ?」
「ラストスタンドは操縦席への開閉ボタンが外に存在します……なので、ラストスタンドの仕組みを知る機動力の高い者に接近されれば終わりです……というのは、ご存じ……ですよね?」
そして更にそこから数秒間、お互い沈黙したまま時間がすぎる。ラストスタンドと対峙した時、破壊することしか考えていなかった鏡は、表情には出さなかったが、それを聞いて「確かに」と、より確実な攻略方法があったことに驚愕する。
「いや……うん。なんだ、その……知ってたよ?」
「そう……ですよね? そうですよね?」
二人はそう言い合うと、乾いた笑みを浮かべあった。その光景を遠くから見ていたレックスは、思わず「なんだこれ」と口走り、遠い目をしながら二人のやりとりを見届ける。
レックスの肩にぶら下がっていたペスに至っては、最早どうでもいいのか、目を瞑ってうつらうつらと遊んで失った体力の回復に努め始めていたほどだった。
「とりあえず……俺を探ってたのはわかったけど、何のためだ?」
どちらにせよ、単体で動くことでアリスたちに危険があるならば、一人で突っ込んだりは出来なかったと考え直し、鏡は本題に入ろうとする。
「し、失礼。話が脱線していましたね。先程申しましたとおり、私はモスクワの中心地にある地下施設ガーディアンから来た者です。あなたを助けたくて……ここに来ました」
「助けたい?」
「はい。仮に……あなたが仲間を見捨てて行動するような人であれば、そのまま引き返そうと思いましたが……やはり想像通り、心、技、体、全てを兼ね備えた方のようで安心しました。あなたを失うのは人類にとって大きな損失……今ならまだ間に合います」
「間に合うって何がだ?」
「あなた方が今ロシアに向かおうとしていることです。悪いことは言いません。全てを諦めて……引き返してください」
「断る」
即答だった。引き返す意志が微塵もないのか、鏡はフローネを力強く睨みつける。
「つい先日。ノアの地下施設の管理者であった来栖がガーディアンを訪れました。何があったのかは大体把握しているつもりです。来栖は、あなた方を殺そうとしています……私はそれを黙認するつもりはありません」
そこまで聞いて、ようやく鏡は手刀をフローネの首筋から離し、話しをするつもりになったのかラストスタンドから一度飛び降りて、続くように手招きする。
フローネはそれに素直に従うと、アリスたちの目の前へと移動し、改めて頭を下げた。
「来栖の野郎は……どんな方法で俺たちを試そうとしていやがるんだ?」
「方法はわかりません。ですが……あなた方が死ぬことを何も厭わない様子でした。どのような方法で試し、死へと誘うかはわかりませんが……私が見た限りの来栖という人間は、必ず非道な手段であなた方を追い詰めるでしょう」
「そんなの、百も承知なんだよ」
その言葉に賛同なのか、タカコたちも頷いて答える。少なくとも、この場にいる全員が死のリスクを背負ってガーディアンへと向かっているのは間違いなかった。
「例え死ぬことになっても、俺たちは知りたいんだ。メノウが死ななきゃいけなかった理由。異種族を生み出し、俺たちと戦わせていた理由……その全てを。そして、あいつ等がやろうとしている目的を」
「頭に血が昇ってはいませんか? あなた方は相手の戦力も、その手口も何も知らないはずです。相手の懐に潜りやすく、逃げることを重視した少人数で来たところを見ると、それは理解しているのでしょう?」
「だからと言って、動かなければ何も始まらねえだろ? だからこうして少人数で、俺が直々に乗り込もうとしてるんだ」
「あなたがいれば何とでもなるとでも?」
「何とでもなるじゃない。何があってもなんとかするんだ……俺がな」
言葉にならない重苦しいにらみ合いがフローネと鏡の間で交わされる。暫くして、諦めたようにフローネは小さく溜息を吐く。
「やはり……諦めてはくれないのですね?」
「ああ。あんたが来栖に代わって話してくれるって言うなら話は別だけどな? 知ってるんだろう? ラストスタンドを扱ってるくらいだ……どうせあんたも油機たちと同じ立場にあった人間じゃないのか?」
嘘は言わせないと、鏡はフローネを真っ直ぐに見据えて問いかける。
フローネもその眼差しを暫く見つめたあと、ゆっくりと瞼を閉じて頷いた。
「坂上油機……確かに来栖と共にガーディアンにいらっしゃった方ですね。彼女と私が同じ立ち位置にいるかはノアとガーディアンとで違いますので同じであるとは言い難いですが、来栖の目的……いえ、この世界に残された人類がやるべき目的を知っている人間ではあります」
「やるべき目的……? どういう意味かはわからないけど、とにかく知ってるんだな?」
「ですが、私がそれについてお話しすることは出来ません」
しかしバルムンクや油機と同様に、頑なに話そうとはせず、また、その表情から話すつもりがないのが窺え、鏡は怪訝な表情を浮かべた。