絶対的な強さの壁-2
見た目とは裏腹に、まだまだ元気を感じさせる声色を耳にして、来栖は「またこのおっさんは……」とぼやいてため息を吐いた。
「ライアン君? その身体であまり無茶しない方がいいと思うんだが? 変に動かすとポックリと行っちゃうかもしれないよ? そろそろ……身体を入れ替えたらどう?」
「馬鹿言え……身体は苦楽を共にしてきたパートナーだ。朽ち果てるその一瞬まで共に過ごすのが道理であろう? お前のようにその誇りを忘れてポンポンと代える方がどうかしている。施設の管理だけなら、この身体で充分だしな」
「非効率だねぇ。そんなヨボヨボの身体じゃろくに研究も出来ないでしょ?」
「俺はお前と違って、ずっと研究しているわけじゃないからな。研究に値する個体が育つまで待つ必要がある。……待つだけなら、この身体で時が満ちるのをジッと待つのも悪くないさ」
不可解な会話を繰り広げる二人を前に、困惑してフローネが首を傾げる。
「こいつも俺と同じということだ。ただ事情を知っているだけの青年じゃない」
だが、ライアンと呼ばれる老人がそれを伝えると、フローネは「なるほど」と、合点がいったかのように頷いた。
「それで? その村人が強いってのはわかったが……どう強いんだ? スキルイーターを使ってスキルを持った生体兵器を量産する道を選び、より優れたスキルの持ち主が生まれるのを重要視したお前のことだ……そいつはとんでもないスキルを持ってるんだろう?」
「いや……どちらかというと彼は……ここの施設寄りの人間だよ。個体としての能力が異常に高い。さすがレベル999って言いたくなるくらいね」
アースという現実世界を失い、安寧を求めた人類が逃げ込んだ世界アースクリアには、名目通りアースに迫った脅威にさらされることなく暮らせるという役割と、アースを再び取り戻せる力を持った進化した人間を生み出すという役割がある。
しかし、アースクリアからアースへと出る手段こそ日本もロシアも同じだが、日本の地下施設ノアとロシアの地下施設ガーディアンとで、その性質は大きく異なっていた。
ノアは、輩出された強靭な肉体とスキルを持った人間を利用し、強い力を持った新たな生物を量産して作り出すことを目的としていた。作り出した生物をレジスタンスと戦わせることで性能を試し、少しずつ改良を加えてどんな兵器をも凌駕する存在を生み出そうとしていた。
対してガーディアンは、人間よりも優れた新たな生物を作るのではなく、人間そのものを兵器として更なる進化を促す手段を率いていた。
それは、魔王を倒す実力を持った人間同士を交配させ、優れた進化した遺伝子を持った赤子をアースクリアへと戻し、能力の高さから必然的にアースへと戻ってきた赤子が新たに子を成すことで、人間という種そのものを強化する方法だった。
ノアとガーディアンで共通しているのは、強い存在を生み出すという一点のみ。
「……村人なのにか?」
身体能力の伸びしろとしても最弱な役割で、種としてノアよりも遥かに身体能力の高いはずのガーディアン出身の者に近いと言われ、ライアンは「ガーディアンの人間を舐めているのか?」と訴えるかのように鋭い視線を来栖へとぶつける。
「おいおい……そんなに睨まないでよ。僕だって彼の存在には驚いてるんだ。そりゃ……レベル999ともなれば身体能力が高くてもおかしくはないんじゃない?」
「だが……所詮村人だろう? それもノアから排出された種としての強化も施されていないただの村人だ。勇者の役割を持った人間のレベル350も満たない力しか持っていないだろう? 交配を重ねた内の勇者連中と比べるなら300くらいか?」
「まあ……普通に考えればそうなんだろうけど、彼の身体能力は村人という役割のレベル999のそれじゃない。明らかにそれを遥かに超えた力を持っている」
「どういうことだ?」
「彼は……レベルの限界、種としての限界を超えて強くなり続けるスキルを持っているんだよ」
その言葉を聞いて、ライアンは表情をこわばらせる。隣に立っていたフローネもそんなスキルを聞いたこともなかったのか、驚愕した表情を浮かべた。
「強くなろうとすればするほどに際限なく強くなれるということか?」
「多分そうだろうね。ちゃんと調べられなかったからスキルの詳細は詳しくはわからないけど……村人だからって甘くみない方がいい。彼はレベル999になったあとも力を高めようとかなり努力したみたいだからね」
そこまで説明して、ライアンはようやく納得がいったのか「……なるほどな」とつぶやいて大きくため息を吐いた。
「まさか、俺がやろうとした種としての強化を、スキルでしかも単独でやっちまうとはな……というか、その村人はなんでレベル999になるまで魔王を倒さずにいたんだ?」
「そ、それより……それでその力を倍近くあげるスキルもあるんですよね⁉ 3分って制限はあるみたいですけど……やっぱり凄いスキルの持ち主なのでは?」
「いや……どうかな?」
うろたえるフローネとは逆に、冷静な物言いでライアンはそう言葉にする。
「それだけじゃ、お前がノアの施設を放棄するほどの存在とは思わん。いくら999を超えた力を持っていても所詮は村人。倍近くの性能を出せるとはいえ所詮は短時間。お前にとって今までの全てともいえるノアを捨てるには足りん」
「さすがライアン。よくわかっているじゃないか」
「これで話が最初に戻るわけだ。他にもスキルがあるのだろう? そしてそのスキルは一見使えない能力……だがそれはアースクリアのシステムの判断での話で……実際のところはそうじゃない可能性がある……ということか?」
これが来栖の言いたかったことだろうと、確信を得たかのような表情でライアンは来栖に指を差した。だが来栖は、半分は正解で半分は間違いだと言いたげな微妙な表情で「……うーん」と腕を組みながら首を傾げた。
「正直ね……彼には色々な部分で面白い要素がありすぎて、一気に説明しきれないんだよね。とりあえず、彼のアースクリア内におけるスキルの詳細データを持ってきたから見てほしいんだけど」
来栖はそう言うと、懐のポケットから正四角形状のメモリーチップを取り出してフローネに「ッホイ」と渡す。それを見るのが怖いのか、フローネは緊張した表情でそれを受け取り、手元に持っていた施設の管理装置へと差し込んで、来栖たちの背後に巨大なホログラフィックのモニターを出現させた。
モニターには、来栖がノアの地下施設から引っ張り出してきたアースクリア内におけるレベル999の村人、鏡が最後に輩出された時のデータが表示されている。
そこにはレベルと役割と詳細なステータス値を始めとし、鏡が持つ11個のスキルの名称がズラリと並んでいた。
ステータス値だけを見ても、レベル999の村人とは思えない能力の高さに来栖は「ヒュー、何度見ても凄い数値だ」と称賛を送り、フローネとライアンも息を吞んで驚愕の表情を浮かべる。
「なあ……来栖よ」
「なんだい?」
「こいつフィンガーってつくスキル多くない?」
「あ、それ……失礼ながら私も思いました」
だが、フローネとライアンが驚愕したのはステータス値ではなく、謎すぎるそのスキルのラインナップにだった。